第四十一話:空対亜子
第四十一話
期末テストが始まるまで、俺の家では勉強会が行われていた。一時間程度しかない。とはいえ、積み重ねればそれなりの時間になる為(休み時間は勿論、朝早く来て勉強してもらった)、俺を含めて期末の心配は誰もしていない。
そして、努力が結果になる期末テスト……千鶴たんのことを馬鹿にしていた俺と、空、亜子は驚いている。
「正直、馬鹿だと思ってたよっ」
「何でこの学園に入れたのかわからないが今なら納得できるかな」
「眠れる獅子とは彼女の事か」
三者三様のコメントは燦然と輝く百点を見せつける千鶴たんへと向けられている。
「どうよ、おれもやればできるんだよ」
「翻訳するとマンツーマンでは危ない。おれを教えるときは三人つけろってことか」
「まぐれ」
「だねぇ」
誰ひとりとして彼女の努力を認めていない……と言うより、認めたくないのかもしれない。
学園のクリスマスパーティーの方も学園生のボランティアにより(半強制的な)かなり進んでいる。結構本格的なものでダンス部主催のダンスもあるそうな。
期末も終わり、後は冬休みを待つばかりだとなったある日、珍しく俺一人で帰ろうとしていたら空が駆け寄ってきた。
「なんだ?」
「ん、お前が一緒に帰りたそうにしてたから来てやったんだよ」
相変わらず口の悪いアイドルである。
「はいはい」
「ほら、とっとと帰るぜ」
ぐいっと腕を引かれてため息をつく。
「なぁ、空」
「んだよ」
「口調どうにかしたほうがいいんじゃないのか? そろそろクリスマスのライブだか何だかあるんだろ?」
ばれたら大変だろうに……俺の不安をよそに、悪そうな笑みを浮かべている。
「ああ、気にすんな。冬治が心配するような事じゃねぇよ。お前は心配し過ぎだな」
「慎重にだな……」
「はいはい、ほら、久しぶりに一緒に帰るんだ。どっか連れてけよ」
引きずられて下駄箱に着く。やれやれ、言っても聞かないやつだな
「お?」
下駄箱を開けると白い封筒が靴の上に乗っていた。
つまみあげるとハートマークのシールで封がしてある。
「もしかしなくてもこれはラブレター……あっ」
確認しようとすると横からそれがさらわれた。
「わ、わりぃ、これ……私のだわ」
「え? お前が俺に?」
「そうじゃねぇ、そうじゃねぇよっ……悪い、用事が出来たっ。先に帰ってろっ」
顔を真っ青にして泣きそうな顔をしていた。いつだったかアパートの前におばちゃんたちが待ち構えていた時よりも悲壮感がある。
「一体どうしたんだ」
月並み程度の言葉が口から自然と出てくる。
悪いかと思いつつ、空の後を追ってしまう。待ち伏せされてドロップキックを喰らいそうな気もしたが杞憂に終わった。
「……やっぱり、あなただったのね」
辿り着いた場所は校舎裏……もう殆ど暗くて校庭のライトも殆ど当たっちゃいなかった。
「驚いたよー……まさかあたしってばよりにもよって空ちゃんの下駄箱に放り込んじゃってた?」
おどけた調子で返事をしたのは天田亜子のようだ。ここからでは顔を確認するのは難しいが声と体格で亜子だと判断できる。
勿論、それと対峙しているのは空だ。こっちは間違えようがない。
アイドルモードの空はすぐにわかるほど存在感があるからなぁ……説明にもなって居ないな。
やぁやぁ、君達一体どうしたんだいと出ていけるような雰囲気じゃなかった。一見すると仲よさそう……でもないな。普通の二人がここまで険悪になるような内容があの手紙には書いてあったという事になる。
「本当はここに冬治君が来てくれるはずだったんだけどなぁ……」
亜子が俺の名前を出した。そこまで俺は鈍くないし、亜子が俺に好意を寄せていたのは知っていたりする……であった次の日に言われていた気もするし。
「今日は私が、冬治と帰ってたからどうせ来なかった」
「そうなの? だったらなんで一緒に帰ってないの? あとさ、アイドルしなくても別にいいよ? あたし、空ちゃんの裏の顔知ってるから……裏じゃないね、本当の顔か」
別に馬鹿にしている様子もなく、亜子は空に告げたのだった。
それに対して空が激情しているのはよくわかった。
いよいよ暗くなり、表情なんて読めやしない。
聞こえてくるのは怒りの感情を抑え込んだ空の声だ。
「……もしかして冬治が喋ったのか」
「ううん、違うよ? 冬治君を信じられないって酷くない? もし、本人が聞いてたら傷つくよ」
聞いてます。あと、怒ってはいません。何故なら、空は疑り深い人間だから……もう慣れた。
この前なんて俺の部屋の冷蔵庫に入っているプリンを食べたのに怒ったんだぜ? 『あれは私が勉強会終わって食べようと思ってたやつだっ。どうせお前が食ったんだろっ』ってな。あれには恐れ入ったぜ。
「……べ、別に私は冬治を疑ったわけじゃねぇ」
「疑ってるよ」
とりあえず劣勢なのは空だ。それは間違いない。
「それで、空ちゃんはここに何をしに来たの?」
「お前、冬治に告白するつもりなんだろ。だったら、待ってくれ」
「待ってくれ? 何で?」
至極もっともな意見だった。俺が亜子だったとしてもそう答えるだろう。
「理由は……言えない。だけど、待ってほしいんだよ」
「それちょっと我儘過ぎない?」
ちょっとじゃないです。凄く、我がままです。
「天田は知らないみたいだけど……多分、冬治も知らないけど私は我がままなんだ」
それは知ってる。
「それじゃ、ちょっとだけ質問しようかな……あのさ、いつまで待てばいいの?」
「クリスマスまで。イブの午後……五時に終わる」
終わる? 何かやるんだろうか……というところでピンと来た。ああ、多分ライブだ。夜やるのかと思えば昼間にやるのか。
「そっか、じゃあ……待つ条件として一つだけ聞いてもらうけどいい?」
「わかった。仕方がないけど聞く」
どう考えても譲歩してもらってるだろうと突っ込むしかない。
「アイドル、やめてよ」
口調はどう考えても冗談だった。おそらく、亜子はもっと簡単な条件を改めて着きつけるつもりだったんだろう。
「わかった」
「え?」
その呆けた声を聞けば条件が冗談だったと言う事に誰だって気付く。
「私はっ、私は冬治とっ……」
それ以上その場に居ることはできず、俺は校門まで走っていった。
亜子か、空……どっちかが来るのを待つつもりだ。
「あれ? 冬治君?」
「亜子か」
予想に反してやってきたのは亜子だった。
「一緒に帰ろ?」
「そうだな」
普段だっていつも一緒に帰っている。いつもは会話が絶えないのに今日は静かだった。
「クリスマス、覚悟しておいてね」
「……何の事だよ」
危うく頷きそうになったのであわててしらばっくれる。
視線が痛かったものの、おそらくごまかせたと思う。




