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第三十八話:鈴蘭ちゃんとの想い出

第三十八話

 修学旅行最終日、俺は一人で河川敷を眺めていた。

「……見ていても記憶がよみがえるわけでもないな」

 開始十分で飽きた俺は携帯電話をとりだす。勿論、電話をする先は俺をこの世に生まれさせてくれた両親である。

 数度の呼び出しの後、久しぶりに聞く母親の声が耳に入ってきた。

『もしもし?』

「あ、母ちゃん俺だけど……あのさ、京都で俺が溺れたことある?」

 記憶を呼び戻すにはやっぱり事実を近親者から聞いたほうが早いはずだ。

 しばらくの間、母ちゃんは考えていたようで電話の向こうで頷いたようだった。

『そうねぇ、あるわ。その帰りに車の事故で大変な事になったんだけど』

「事故?」

『ええ、冬治はそのまま入院しちゃって三カ月はベッドの上に居たわ。記憶もおかしくなってたし』

「いわゆる記憶喪失ってやつ?」

 それなら、俺が鈴蘭の事を覚えていないのは道理だ。

 安直ながら記憶喪失かと思って母ちゃんからの返しを待つ。

『うーん、ちょっと違うわね。しきりに謝っていたから』

「一体誰に?」

『鈴蘭ちゃんよ。騙してごめんってうわごとを繰り返していたわ。記憶に関しては無くしたんじゃなくて事故の記憶の方が強くて思い出したくないんじゃないの? あの時はナースさんから教えてもらったからねぇ……』

 つまり、京都での思い出は事故が一番で、鈴蘭の事は二番だったと言う事か。人間は所詮、他人の事より自分の事を優先するんだろうな。

 まぁ、それはいいとしてどの道その時の記憶がないのなら思いだす必要があるのだろう。

「あのさ、どこの病院に行ってたのかわかる? 京都の病院?」

『そうよ』

 その後、住所を教えてもらって俺はその場所へと向かう事にしたのだった。事故の事なら警察でもよかったけれど、河川敷から近かったのは病院だった為に優先した。

「まさか修学旅行が自分の過去を探す旅になるとは思わなかったな」

 これに鈴蘭がついていれば結構いい思い出になったのかもしれない。しかし、あまりいい過去だとは思えない。

 病院に着いて俺の事を覚えている人を探してみた。冷静になってみたら少しおかしな人かもしれないな。

 訝しげな表情をおばさん看護師が浮かべながら事故後の事を話しているとどうやら思いだしたらしい。

「あら、もしかして貴方があの時の子?」

「多分、そうです。あの、俺を見た事があるのなら何かうわごとを繰り返していませんでしたか?」

「うわ言?」

 少しだけ看護師さん(名前は松岡さんらしい)は思いだすような仕草をすると手を叩いた。

「そうそう、思い出したわ。面会で鈴蘭ちゃんって子が来てからうわ言を繰り返すようになったのよ。『ごめんなさい、引っ張ったりして』って。最初は何だろうと思って聞いていたけれどある日気になってねぇ、起きている状態で聞いた事があるの」

 勿論、その時の記憶が今の俺に残っているはずもない。どういう事が起こったのか、全く想像できなかった。

「全く覚えていなかったわ。事故の事もその時は覚えていないようだったし、余程ショックだったんでしょうね」

 それ以上の収穫は得られず、俺は再び河川敷まで戻ってきていた。

「……さて、どうしたもんか」

 流れる小川に反射する陽光……ふと、そんな光景を眺めていると飛び込めば思いだすのではないかと考えた。

「まさかな」

 其処までする必要があるのだろうか。もう、川の中は寒いのだ。そこまでやって思い出さなかった濡れ損である。

 しかし、気付けば上半身裸になっていた。

「ついでに下も脱いどくか」

 パンツはさすがに残しておく。ちょっと風が吹いただけで身体が震えてしまった。

「うう、さみぃ……ええい、こうなったらままよっ」

「冬治くーんっ、早まらないでっ」

 飛び込んだ瞬間、誰かの声が聞こえてきた。

「ぷはっ……ぬがっ」

 足が吊り、びっくりした調子の鈴蘭が俺の視界に入っていた。ついでに言うなら四季先生と千鶴たんの姿も見えた。

 足が吊っていても落ち付いていれば何とかなる。そもそも、其処まで深くはない……と思っていたら鈴蘭が泣きながらこっちにやってくるではないかっ。

「今、助けるからねっ」

「あ、おい……」

 俺の言葉も聞かず、そのまま飛び込んでくる。

 鈴蘭が泳げるはずもなく、着水早々、ぷはっという息を吐いたかと思うと溺れ始めた。

「わぷぷぷっ……」

「馬鹿」

 近づいて鈴蘭を抱きしめる。俺にしがみついてきて、溺れそうになりながら何とか岸へとたどり着いた。

「げほげほげほっ……」

 先に鈴蘭が引っ張り上げられ、次に俺が引っ張り上げられた。思った以上に俺も水を飲んでいたようでその後の記憶はない。



「冬治君、冬治君っ」

 揺さぶられて目を開ける。其処に居たのは幼い鈴蘭だった。

「鈴蘭ちゃん?」

「よかったー、死んだのかと思っちゃった。もう、泳げないのに無理しないで」

 そうだった。俺は……僕は鈴蘭ちゃんの気を引く為に泳げないと嘘をついて溺れているふりをして川に飛び込んだんだ。

 鈴蘭ちゃんが慌てて飛び込んで来たものはいいけど、そのまま溺れちゃってこうやって岸辺に戻ってきたんだ。

 急いで人工呼吸をして助けたはずだ。そこで記憶が無くなって気付いたらこうなったんだ。

 素っ裸の僕は恥ずかしくなってすぐさま服を着た。何故か、鈴蘭ちゃんも服を着てなかったけど……どうやら僕が脱がせたらしい。

 その後、鈴蘭ちゃんの両親がやってきて凄く怒っていた。

 鈴蘭ちゃんとは今日でお別れなんだ。色々と気を引こうと、好きなんだって伝えたかった。

 場面は気付けば変わっていた。

 鈴蘭とのお別れらしい。

「わたしね、冬治君の嘘をつくところが嫌い」

「え?」

 それで別れた。そして車の中、ある程度の場所までさしかかったところで俺は……運転しているお父さんに飛びついていた。

「戻って!」

「あ、おいっ」

 そして、事故が起こった。



 ふわふわした感触はどこにもなく、無機質な白が俺の目に飛び込んでくる。

 汚れた天井を眺めてどれだけの人が逝ったのか。

「ん」

 変な事を考えるのは完全覚醒前にたまにあるのだろう。

「冬治君」

「鈴蘭ちゃん……」

 幼く見えるのは……単純にあまり変わっていないからか。まぁ、ちょっとは変わっているみたいだけどさ。

「鈴蘭ちゃん」

「ん? なぁに、冬治君」

 さて、此処から俺は鈴蘭にどんな話をすればいいのだろう。


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