第三十六話:メイドと執事の立場と関係
第三十六話
波恵さんとちょっと空気が変わったとしてもそれはそれ。彼女はこの程度の事で仕事上のミスを犯すはずがないし、逆を言えば無理やり住まわせたくせして所詮俺の事で問題が起こってもあまり気にする人でもないと言う事か。
もしくは、彼女にとって刺したる問題のない事だと思っているのかもしれないな。
勿論、俺も今では奏様の執事である為に自分の昼休みしか考えちゃあいない。
「……はぁ、そもそも俺達の関係は何なんだろうな」
黄昏るにはまだ時間が早い。調理パン一個を腹に入れて俺の今日の昼食は終わりを告げた。
「あらあら、いけませんね」
「あ、えっと……問題でも発生しましたか」
いくら昼休みとはいえ、仕事中である。慌てて居住まいを正してから凪さんを真正面に見据える。
「もう、本当に染まってしまって……ちょっとわからないほうが可愛かったんですけどね」
凪さんは困ったものだとため息をついて俺との間を詰めてくる。
「波恵さんに迷惑はかけられませんから」
「波恵と何かあったのでしょう?」
「……些細な事です。波恵さんなら気にしてないですよ」
考えること自体が間違っているのだろうし、言った後にこれでは何かあったのだと言ったも同然だと気付く。ついでに言うなら凪さんは波恵さんの母親である。
「やっぱり……波恵もきっと気にしていますよ」
「波恵さんはいつも通りです」
仕事中の会話はもともとなかったし目を逸らされることがちょっと増えたかな。仕事が終わってからのお帰りなさい、ただいまのやり取りも冷たくなった気もするけど……ちゃんとある。ハグはなくなったし、食事中の会話も心なしか無くなった気もするけど些細な事のはずだ。
「……多分、いつも通りです」
離婚が一歩ずつ着実に近づいてきている夫婦みたいな感じだけどまだまだ大丈夫なはずだ。
「早く手を打つべきですよ」
「手を打つって……どうすればいいんですか」
本当に困ったものだとため息をつかれた。
「自分と波恵についての関係を改めて考えていたのでしょう?」
「それは最初からまぁ、気になっていましたけど」
「あれだけお膳立てしていたのにもかかわらず、冬治さんは波恵に対して一切のちょっかいを出していませんからね。紳士というしかありません」
拍手されてついつい照れてしまう。
「い、いや、褒められるとは思いませんでした」
「褒めてませんよ」
「え?」
じゃあ一体俺はどうすればいいんだ。
「今がどんな状態で冬治さんがどんな行動をとればいいのか……それは言えません。もし、波恵とのよりを戻してもまたこのような事はあるでしょうからね。言わば試練ですよ」
「試練?」
「はい。だから冬治さん、波恵の事を考えられないのならこのまま身を引いたほうがいいですよ。貴方にとって波恵が一体どんな存在なのか見つめ直すいい機会です」
話はこれで終了だと彼女は笑顔を俺に向けた。
「それと……」
「まだあるんですか?」
「はい。とっくに冬治さんの休憩時間は終わっていますよ」
「えっ」
絶句して腕時計を確認する。三分前に起動する携帯電話のタイマーは何故か電源が切れて鳴らなかったようだ。
「話の最中で鳴られると困るので遠隔操作で電源は切っておきました。青空グループの総力を結集して一週間で仕上げてもらいました」
「無駄にすごいっすね」
その後、俺は波恵さんに散々頭を下げ、凪さんに奏様と波恵さんの前で叱られるのであった。
「波恵さん」
散々奏様からおしかりをもらった後に俺は勇気を出した。
「はい、何ですか」
「あの、この前は……変に空気を悪くしてしまってすみません」
「あの事ですか。少しだけ戸惑いましたけど……冬治さんがこうやって言ってくれるのならもう気にしません」
奏様はやっぱり波恵さんの中では一番ですかと言いそうになって俺はやめてしまっていた。これを聞いたら確実に空気が悪くなってしまうだろう。
俺にとっては多少の消化不良、しかし、波恵さんにとっては俺からこう言ってもらえた事が凄く嬉しかったようでその日から一週間、彼女の期限は非常に良くなった。
改めて俺は自分と波恵さんがどういった関係の上に成り立っている同居なのか考えることにしたのだった。
関係をはっきりさせなければ今の同居は意味を失ってしまうだろうし、お互いにとって利益にならない事なのだろう。




