第三十五話:奏と想い出
第三十五話
俺と青空の間に深い溝が出来たと思っているのは俺だけだった。
「冬治―っ。好きよーっ」
信じ込んだら一途な人間だったらしく、生八橋を投げつけた次の日には学園に来るなり全校放送でそんな事を言いやがった。
月に一回ある希望者のスピーチである。いなければ生徒会長の話か、学園長の話になるために誰かしら自薦他薦で人が出るもしくは問題を起こした生徒が出される。
だから青空が全校生徒の前に立っても違和感を覚える人間はいなかった。
しかし、そんなスピーチをし始めれば話は別である。
周りははやし立て、先生達は歯ぎしりをしていたとのことである……どうやら、大人の方はお金で抑え込んだようだな。
「それでは話を振られた二年B組夢川冬治君。前に出てきてもらえますか?」
まぁ、この話を聞いたのは青空が告白した次の日……つまり、当日俺は家が無くなって引っ越しとか色々としていたので休みだったわけだ。
千鶴たんから話を聞いてため息しか出なかった。
「いつの間にお前青空のハートを射止めたんだよ。やったな、逆玉の輿ってやつじゃないのか?」
「そう言うわけにもいかないんだよ」
「冬治、おはよっ」
俺がいなかったので解答は保留……つまり、たとえ昨日の場が白けても俺が来れば再燃するのである。
青空が到着してすぐに教室前と後ろに人があふれ、クラスメートたちが注目していた。
「あたしは冬治の事が好き。だから、付き合って」
「嫌だ。俺はお前みたいなやつは嫌いだよ」
少しだけ可哀想だなと思いつつ、真っ向から否定してやった。これだけはっきりと断らなければ駄目だと言うのは改めて生八橋の後の事を波恵さんから聞いたからでもある。
「どうして? あたしと一緒に暮らした毎日は一体何だったって言うの? ちゃんと説明してよ」
「あ、馬鹿……こんなところでそんな事を言うなっ」
口を押さえてももう、遅い。
成り行きに興味があったら生徒諸君は完全に今ので青空側の人間になってしまった。
「きたねぇぞ夢川ッ」
「同居していたのに奏ちゃんの告白を蹴るなんて遊んでたって事なのね」
「わたし、青空君の事少しはいい人かなーって思ったのにショックっ」
「違うんだよーっ」
男尊女卑の時代があったそうだが、今では逆だ。触って居ないのに痴漢扱いされ、ちょっと挨拶したのにセクハラと訴えられる。
「まぁ、今回の場合はどう考えても俺が悪いんだけどな」
「じゃあ、大人しく告白を受け入れればいいだろう」
千鶴の言葉にみんながそうだそうだの大合唱。
「……待ってくれ。こうなっちまったら仕方がない。俺はな、お前らから女々しいと思われるプラスの、青空からも何それと言われたくないから黙っていたけど思い出とか大切にするほうなんだよっ」
何それと言う声が早速聞こえてきた。
「つい最近、青空のお父さんの会社が誰かに乗っ取られたそうなんだよ」
「で?」
「路頭に迷ったあたしを冬治が優しく保護してくれたの。もう、無一文だと知っていたのにね」
「そこ、何となく話はあっているけど脱線しそうだからやめてくれ。で、だ……俺としては青空と一緒に暮らしていく中で青空の滅茶苦茶な金銭感覚も殆ど一般人になったと思っていたんだよ。正直、一緒に生活して楽しかったし、こいつの彼氏になれたらいいなとも思った」
ひゅーとはやし立てる連中を無視して俺は続ける。
「修学旅行前にいきなり姿を消した。すぐに帰ってくるって信じてたよ。戻ってきたらまた一緒に暮らせると思ってた……でも、そうじゃなかったんだ。戻ってきたら俺と青空のちょっとした生活の舞台だった俺のアパートが更地になってた。それで、駐車場にするんだとよ」
シーンとなったクラスに俺は訴えかける。
「やっぱり、青空はお金持ちなんだよ。俺自身だって言っている事が小さい事だと理解している……だけどな、青空の彼氏になってたびたびこんなことがあったら俺は間違いなく青空の事を傷つけちまう。そんな事なら最初から付き合わないほうがいいってもんだ」
そんな困難も二人で乗り越えて見せる? はいはい、言いたい奴は勝手に言ってろ。俺は御免だ。
メイドの波恵さんはよくそこまで言いましたとぱちぱち手を叩いていた。
「そう言う理由で青空、俺はお前の事が好きだけど付き合いたいとは思わない」
さっきまで散々青空の味方をしていた連中は今では黙って事の成り行きを見守っている。
「そう、なの……でも、冬治の気持ちは伝わったわ。それなら、チャンスをくれないかしら」
「チャンス?」
「ええ、チャンスよ。仏さまだって三度チャンスをくれるでしょう?」
「それは我慢の話じゃないのか?」
「冬治はそんなにキレやすいの?」
「ああ、日光に当てすぎた輪ゴムのようにぷつぷつキレる性格だ」
「嘘言わないでよ。あたしがどんな我がまま言っても聞いてくれたじゃない」
甘えるように胸元に飛び込もうとした青空をあと一歩のところで押しとどめる。
「それで、お前の提案って何だよ」
「これまでは冬治の部屋で生活してたでしょ? それを今度はあたしが住居を提供するの。思い出の場所を壊したのには謝るわ。また一緒に思い出を作ってほしいの」
なかなかの返しだとギャラリーが騒いでいる。
今気がついた。おい、見世物じゃねぇぞ。
「駄目、じゃないわよね?」
「……わかったよ」
周りからの圧力、そしてなにより青空からの上目遣いに俺は白旗をあげてしまったのだった。
「あのね、冬治」
「なんだよ」
「まずは奏って呼んでほしいの」
もじもじとそんな事を言う青空を可愛いと思ってしまった俺はもう駄目なのかもしれないな。




