第三十三話:アイドルと変わりそうな感じ
第三十三話
放課後、天導時に呼ばれる事が多くなった。
呼ばれる、とは言ってもちょっとだけ話をするような間柄で五分程度だ。その後はいつものように千鶴、亜子と一緒に下校する。
「今度ね、ちょっと冬治君にお願いしちゃうかも」
「お願い?」
「うん、お仕事関係なんだけどね。内容はどこでばれるかわからないから詳しく話せないけど……大丈夫?」
「え、あ、ああ……別にいいぜ」
手を握りしめて言われてちょっと照れてしまう。これまでだったら力にものを言わせて(手をとって握力に物を言わせるとかな)首を縦に頷かせようとするのに一緒にゲーセンに行ってから少し変わってしまったようだった。
「えっと、本当にいいの? いつやるのかとか聞かなくていい?」
そして、向こうも優しく再確認してくれる。いつもは言わせたもん勝ちの性格をしているのでびっくりしてしまう。
何かの罠かと思ってしまうぐらいだ。
「じゃ、じゃあ、いつやるんだよ」
「うーん、期末に支障を出さないよう出来るだけ早くにお願いしますって言っておきたいな。あ、テレビで流したりしないから安心してね」
「そっか、それならいいよ」
休日の前の日、そう言って俺たちはちょっとした会話を終わらせたのだった。
そして俺の休日になったわけだ。
家に居ても特に面白い事がない……というのは建前で家の中でじーっとできない性格なので外に出てしまう。
「ここ一カ月外に出っぱなしだな」
さすがに外食を続けられるほどお金が入っているわけではない(青空辺りに言えば出してくれそうだが)ので昼時には家に帰っている。
今日もゲーセンが近くに在る駅前にやってきた。
「っと」
「きゃっ」
曲がればゲーセンと言うところで誰かに当たる。
どうやら女の人だったようで俺の方は何とも無かったが相手は尻もちをついていた。
「大丈夫か?」
そこで初めて相手を見たが、すっごい美人。
十人中九人が間違いなく目をひん剥くぐらいの美人だ。
「え、ええ。あの、助けてくれますか?」
そしてどこか波恵さんを思わせるような優しい声音だった。いちころりである。男回路をくすぐる攻撃に平静を装いながら心の中ではピンチだ。
相手を支えて起こすと微笑まれる。
「優しいんですね」
「……いや、俺が悪いんですから。じゃ、俺はこれで」
そのほほ笑みが何故だかあくどい顔の天導時に似ていたので直感的に関わらないほうがいいかなと結論付けてしまう。
しかし、逃げようとしたその腕に相手が抱きつくようにして止めにかかってきた。
「あの、ちょっといいですか?」
「何でしょう」
「私、天導時海って言います。天導時空ちゃんって知ってますか? アイドルをやっててここの近くの学園に通ってます」
なるほど、道理でどこか似ているわけである。
納得したところで笑っておいた。
「はい、知ってますよ」
「そうですか。よかったぁ。じゃあ、ちょっと喫茶店にでも行きませんか? 私が払いますから」
「いえ、そんな……」
「こっちですよ。美味しい場所、知ってます」
強引なのは天導時の家の血筋なのかと思いたくなるような強硬ぶり。気付けば椅子に座らされておそらくコーヒーの銘柄と思われるイングリッシュ・ブレックファスト? を頼まれた。
アップルパイとコーヒーが運ばれてくるのを待っている間、改めて相手の姿を見る。
凄い美人さんである。
「えっと、何か?」
「あ、いや……凄い美人だなって」
「お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないっすよ」
思ったより早くアップルパイと紅茶が運ばれてくる。てっきりコーヒーだと思った銘柄は紅茶だったようである。
アップルパイを突っつきながら紅茶を飲んでいると海さんから微笑まれた。
「あの、空ちゃんは学園でどうでしょう?」
「どうでしょう、とは?」
「変な事をしたりしていませんか?」
「変な事?」
とぼけてみるけど、当然ながら想像できる。口調の悪さ、態度の悪さ……つまり、地の方が出ていないのかと聞いてるのだろう。
しかし、こちらも天導時……ややこしいので空と約束している手前、彼女の関係者と言えど簡単に口を割るわけにはいかない。
「していないのならいいんですよ」
「そうですか」
「はい」
この時点で既に俺の心の中はどきどきなんざしていなかった。どうも、怪しい。昔から美人には気をつけろと言うし、そもそも角でぶつかるなんて出来過ぎている。
空と関係があるのは間違いがないのだろう。地が酷い性格だと言う事を知っていてばらしていないってことは彼女側の人間である。
おそらく、この人を使って俺がばらさないか試しているんだと思う。
「じゃあ、空ちゃんの事をどう思っていますか」
「どう、とは?」
「好きなようにとってもらって構いません。凄いアイドルだなぁとか、たとえば少しでも気があるとか……」
さて、これが俺に対する挑戦、もしくはからかったり怒ったりするための調査なら持ち上げてやったほうがいいんだろうな。
ちょっと変わった遊びとして受け取ったほうがいいのだろう。
「……そうですね、正直な話、天導時……ええと、空と呼びますね。空の事を特別なアイドルだと思いませんし、俺はあいつがアイドルを辞めるべきだって思います」
俺の発言に相手は眉根をピクリと動かした。
「それはまた、どうして?」
「あれがファンとかにばれて受け入れられなければ一発で終わりです。でも、まだ全国的にすごく売れているわけじゃないです。いつか弱みを握って何かを要求する奴だっているでしょうから」
俺の言葉に海さんはしばらく黙って唇を指でなぞっていた。
「……空ちゃんはああ言った性格だから友達をたくさん作ろうとしていたんですよ」
「え?」
「アイドルになれば友達がたくさんできる、と。事実、彼女の周りに人は多く集まっているでしょう?」
確かにクラスメートたちは空の周りに集まっている。この際、波恵さんが一番人気だというのは黙っておこう。
「冬治さんは彼女が自分を偽っていると?」
「そうとは言っていません。俺はあいつがびくびくしてなくちゃいけないから辞めたほうがいいって言っているんですよ。ああ見えて臆病みたいですから」
身内を臆病だと言われたのが余程頭に来たらしい。唇の端をひきつらせながら海さんは言葉を続ける。
「じゃ、じゃあ……冬治さんが彼女の弱みを握ったらどうしますか」
「最近、空と一緒にゲーセンに行ってちょっとした事があったんですよ。それからあいつの事を何と無く、可愛いなって思いました。アイドルしているときじゃなくて、地の方です。俺にとって地の方が印象強いんでそっちのイメージがすぐに頭に出てきますけど、猫かぶっている時の空も空なんです。だから、俺がもし弱みを握ったとしても何もしないと思います。弱みを握って怒ったりする顔、見たくないですから。アイドルだからわらってりゃいいんですよ」
何か要求したら後が怖そうだ。要求した次の日には女の子になってしまうかもしれないしな。
「……」
「えーと、海さん?」
「え、あ……すみません。気分がすぐれないので帰ります。お金、置いておきますから」
そういって一万円札をぽんとテーブルの隅に置いて出て行ってしまった。
「ふむ、どうやら勝ったみたいだな。きっとどこかで天導時の奴が聞いてはずかしくなっちまったんだろう」
すっかり冷めてしまった紅茶を啜りながら考える。
ま、明日何らかのアクションを起こしてきてもとぼけておくかな。
次の日の朝、何だか顔に悪戯された気がして目が覚めた。
「……んなわけないか。一人だし」
「おはよ、冬治」
「んおっ」
どこか頬を赤らめた天導時がベッドの淵に腰掛けていた。
「と言う事はやっぱり何かしたんだな」
「え? まさかお前……おきてやがったのかっ」
「起きちゃいなかったけど今のお前の言い方で確信した。言え、一体俺に何をしたんだっ。つーか、どうやって入りやがった」
「ギャーギャーうるせぇな。合い鍵作っただけだよ」
合鍵作ったらそりゃうるさくもなるわいっ。
もう行っても駄目なようなのでため息をついて起きあがる。悪戯の方もどうせしょぼいものなのだろう。
「朝ごはんは食べたのか?」
「は? い、いや、まだだ」
「そうか、それなら食べてくか?」
「……冬治がそこまでいうんならもらってやる」
素直じゃないなと口に出す事もあるまい。どうせ言っても怒るのだ。
「ちょっと待っててくれ。すぐに作るから」
部屋に天導時を残して手早く朝食を作る。
「出来たぞー」
「……すー」
十分程度して部屋に行くと布団をかぶって寝てしまっていた。
「思わず襲ってしまいたくなるような顔してるな……って、俺は天導時に対してなんて事を……言ったんだ?」
天導時の寝顔にキスしたくなってしまった自分に気がついて何度も否定するのだった。




