第三十二話:メイドと距離感
第三十二話
メイドさんと同じ住所、同じ学園、同じ教室、同じ職場だったら仲も深まると働き始めて最初は思った。
「しかし現実はそこまで甘くなかった……」
当然ながら奏様と一緒の時にいちゃいちゃするはずもない。
波恵さんと二人の時は凪さんがいるし、いなかったとしても何かしら波恵さんに他のメイドが用事を言いに来たり、俺が他のメイドさんに呼ばれて駄目だったりする。
「夢川、肩を揉んで」
「仰せのままに」
そして気付けば十月が終わっていた。十一月に入って何かが変わったかと言うと特に何も変わらない。波恵さんと一緒に住んでいるのだからえっちなハプニングの一つでもあるかと思えば……。
「あらあら」
こんな感じで凪さんが邪魔しに来るのである。
いや、凪さんのおっぱ……胸に誤って触ったり顔を埋めたりはするけどさ。波恵さんとはそう言った事が一切なかった。
とにもかくにも、波恵さんがどうやら俺の事を悪くないと思って一緒に住んでいるんだから何かあってもよさそうなもんだ。
素っ裸を見るとか(凪さんが風呂中に俺が突入、もしくは逆はあったが)、トイレに入って鍵を開けるとか(これもまた凪さんの時にやらかしたが)……そんな感じのハプニングはなかった。
「そろそろ一カ月か―」
完全な俺の休憩時間は昼休みが始まり奏様の昼食が終わってからの十分間である。つまり、自分の昼食摂ったら即終了だ。
波恵さんと交代での休みになる為、俺と波恵さんがいちゃいちゃする時間はない。そもそも、一緒の部屋に住んでいるのに別に付き合っているわけでもない為扱いが非常に難しい。
待遇に不満は残るものの一カ月で二十万超えるんだからこれで生活できるんじゃないかと思ったりするけど、それはそれ、これはこれである。
今日も今日とて少しだけ我儘なお嬢様の元へと戻るとご立腹であった。
「ちょっと、夢川。あんた、あたしに許可もらわないで休みに入ったでしょ?」
「途中で波恵さんに会ってそこで交代を言い渡されましたから」
「何よ? あんたの雇い主は波恵っていうの?」
「……すみません」
耐えろ、夢川冬治っ……と考えていたのも今は昔。今では別に何とも無かったりする。毎日毎日小言を言われ続けていた俺を見かねて年上のメイドさん達が色々と奏様の癖とかご機嫌取りの方法を教えてくれたのでどこ吹く風である。
またいつものような小言をもらって終わりかと考えていると今日はそうじゃなかった。
「あんた、波恵の事がそんなに好きなの?」
「はぁ?」
好きだけどさ。大好きだけどさっ。お前、家に帰って『お帰りなさいませご主人様』って言われてからの抱きしめコンボなんてされてみろ。一発で昇天するから。
えっちな事はなかったが、あーんとか健全ないちゃいちゃは意外とやっていたりする。まぁ、付き合っていない人間同士がやるのが健全なのかどうかはわからないけどさ。
たとえ俺が波恵さんの事を好きでもその話題を教室で出してもらいたくはなかった。
「何?」
「夢川執事の分際でメイドの波恵さんが好きだと?」
「駄メイドでも好きになっとけよ」
面倒な事になるだけと言うのもある。何せ、波恵さんがこの場に居ないのだから俺が好きだって言っても意味がないからなぁ。
「お嬢様、好きでなければ一緒に仕事は出来ませんよ。好きな方にお仕えするのも当然の権利です。執事やメイドも主人を選ぶ権利がありますから」
「……本当ね」
「ええ、嘘はついていませんよ」
女たらしはおっちねとクラスの男子どもが騒ぎたてるが勘違いしないでほしい。青空の事は嫌いではないし、彼女は否定されたり一番でなければ気が済まないタイプなのだ。
今日も何とか回避できたなとため息をつく。
「あれ? 皆さんどうかしたんですか」
波恵さんが教室にもう少し早く帰ってきたらどうなっていたんだろうなぁ。
俺はともかく、波恵さんは俺の事をどう思っているのだろう。
その日の放課後、奏様の担当が他のメイドに代わって俺たちは短い休みをもらった。
「デートでもしますか」
「え? いいんですかっ」
突然そんな事を言われてゲーセンでだらだら過ごすというプランがデートへと変わるのだった。
「波恵任せでいいですか?」
「いいですよ」
てっきり映画を見に行ったりするもんだろうと思っていたらゲーセンへ。不細工なウサギの新作が出ていて俺は納得した。
「あれ、お願いできますか」
「……わかりました」
ため息一つ、苦笑いしながら俺はお札を崩してチャレンジするのだった。
後もう少し、頑張ってっ……そんなカップルの声を聞くのが恨めしい。
滅んじまえと心の中で呟きながら俺は百円を投入して不細工なウサギと格闘を始める。
それから三十分が経った。前回よりも手こずらなかったものの魅せるには不器用だったかもしれない。
「はい、取れましたよ」
ギャラリーが殆ど出来なかったのは別にいいとして、波恵さんは心此処に在らずと言った調子でメモ帳に何かを書き込みながらぶつくさ言っている。
「波恵さん?」
「え……あ、取ってくれたんですね」
「あの、一体何を書いていたんですか?」
「えっと、ちょっと……」
「見せられないって事は仕事みたいっすね」
「え、ええ、そうです」
そういってメモ帳をポケットにしまう。やっぱり、デートのことなんかより奏様の事で心が閉められているのだろう。
そんな気持ちになってしまえば、デートを続ける気持ちになるわけもない。
「この後どこかで休憩しませんか?」
「……いや、もうそろそろ休憩も終わりますから奏様の所に戻りましょう」
だからせっかく波恵さんが誘ってくれても何処か嬉しくないのかもしれない。
その後、二人で黙ったまま屋敷へと戻る羽目になった。初めて気まずい雰囲気が流れているような気がするのだった。




