第三十一話:金持ちと消えた二人の場所
第三十一話
金持ちの考えることはよくわからない。
「夢川のおかげで無事に会社を取り返せたわよ」
宝くじのお金が手に入って数日後、二泊三日の修学旅行があった。俺の部屋から忽然と姿を消したままだった青空はその旅行には参加せず、波恵さんも姿を消していたので何が起こったのかは知らない。
起き手紙には『びっくりさせたげる』とだけ残していった。
夕方、修学旅行から帰ってきた俺の目に映った現実は非情であり、辛いものだった。
青空と一緒に食べようかと思っていた生八橋の紙袋を落としてしまうほどの驚きだ。
「……おっかしいなぁ、俺の住んでいるアパートが更地になってるぞ?」
更地だけど、もう次の予定が決まっているようだ。重機が騒音をたてながら元気に働いている。
「どう? 驚いたかしら」
現場監督と思しき男性と話していた青空が俺に気付き、近づいて話しかけてきた。
安全ヘルメットを装着した青空がアナライズ終了済みのBカップをはってみせる。
「驚くわいっ。帰ってきたら家が無くなるなんて誰が想像しているもんかっ」
「何で怒ってるの?」
首をかしげる青空にどうやってこの憤りを説明しようかと悩む。ただいま、と言いたい相手なのにそんな事も言わせてくれないなんて本当にとんでもない事をしでかす厄介さんだ。
「……駄目だ、どんなに頑張ってもうまく伝える自信がない」
「修学旅行で疲れているみたいね。だったら、あたしの屋敷に来るといいわ」
お前のせいだと口にしたかったが、それでも多少は旅行の疲労が残っているので歯噛みしてしまう。
「そろそろ今日の工事も終わるからね。みんなお疲れ様」
おつかれさまっしたーという軽い返事があったのを確認して青空が指を鳴らす。するとどこからか軽自動車がやってきて俺たち二人の前にとまった。
「冬治さん、お久しぶりです」
「あの、波恵さん……これは一体どういう事なんでしょう」
青空に説明を要求したところで微妙にずれた返事しかもらえないのだろう。ならば、波恵さんに説明を求めるのは当然の事である。
しかし、青空はそう思っちゃいなかったようで不満そうな顔を俺に近づけてきた。
「何よ、さっきの説明でわからなかったっていうの? もしかして波恵から説明してもらった方が嬉しいとかそういう事なの?」
「わけのわからない事を言うな。それと、青空の説明じゃいまいちわからなかったぞ……ちなみに、いまいちわからなかったって言葉は百歩譲った表現だからな。実際はぜんぜんわからなかった」
わかったのはアパートが更地だったと言う事だけだ。まさに百聞は一見にしかずである。青空に説明を求めるよりも結果だけを求めるのなら更地を見たほうが早い。
頭とお尻を見せられただけでおっぱいの大きさを想像せよと言われるようなもんだ。
「せっかく人が……」
「まぁまぁ、奏様。ともかく冬治さんに屋敷に来ていただきましょう」
「……それもそうね。波恵、お願い」
俺を押しこんでさも当然のように隣に座る。
「ねぇ、夢川。あんた、あたしに優しくしてくれたわよね」
「……どうだったかな」
すごいスピードでカーブを曲がる波恵さんのドライブテクニックに命の危機を感じながら受け答えをする。心なしか、いつもより距離が近かった。零に近い距離なのだ。
「だからね、あんたにお返しをしようかと思って。夢川、屋敷に住まわせてあげるわよ? あんなぼろっちいアパートなんか、駐車場にした方がみんなの為になるわ」
「……他の住人はどうしたんだよ」
「え? お金を渡して出て行ってもらったに決まっているじゃない」
多分、青空の事だから信じられないような金額を提示して出て行ってもらったのだろう。
「ま、詳しい事は屋敷についてから説明してあげるから」
「そろそろ着きますよ」
目と鼻の先までやってきて徐々にスピードが抑えられていく。
自分がぺちゃんこになる未来は何とか回避できたようで、何とか車から生還する。
「こっちよ」
「……そういえば青空の部屋に入った事はない、はずだよな」
そんな事を考えながらふらふらの足取りで屋敷を歩く。軽くカップラーメンが一個出来そうな分数が経ってようやく辿り着いた。
荒い運転の疲労は取れたものの、精神的な疲れはずっと溜まってきている。
「ここよ」
部屋を開けると想像通り、大きな部屋が俺を迎えてくれる。
「……なるほどね。これならアパートの一室だと狭すぎるか」
「そうね、引っ越された先の部屋は窮屈だったわ。夢川の部屋は不思議とそうでもなかったけど」
そういって立派なベッドのふちに腰掛けて俺を手招きする。布団よりやっぱりベッドが似合うなぁ……。
波恵さんも部屋に入ってきて入口に付近に待機する。そして数分後、お茶がメイドさんによって運ばれてきてようやく話を始める気になったらしい。
「まず、礼を言うわ。ありがとう」
頭を下げていないのはご愛敬か。
「何のだよ」
「何って、住む場所を提供してくれた事とか、色々よ。夢川のおかげであたしは大丈夫だったから」
心底うれしそうな表情を俺に向けてくれているものの、何だか違うような気がした。
「好きな金額、言いなさいよ。そうしたら払ってあげられるから。でも、そうなったらずっと一緒に居てもらうからね」
「はぁ?」
こいつは何を言っているのだろう。波恵さんに顔を向けても静かに微笑まれて首を振られるだけだった。
「夢川、あんたならあたしの彼氏にふさわしいの。将来的に青空グループを引き継ぐことになるんだし間違いなく束縛するわ。だから、夢川の将来をお金で買ってあげる。いくらなら売ってくれる?」
青空は何を言っているのだろう。
「なぁ、青空」
「何? 金額決まったの? 言い値で本当に買うから遠慮なんて要らないわ」
「お前、俺と一緒に生活して楽しかったか?」
「ええ、勿論よ。だからこんな提案をしているんじゃないの」
嘘は間違いなくついていない。そんなまっすぐな表情だった。
「打算的にしろ、何にしろあんたは私の事を助けてくれた。一般人にとっては大金らしい四億だって渡してくれたわよね」
「……なるほど、俺のお節介はお前の目にそう映ったのか。だからあっさりとアパートをつぶせたんだな。女々しいとか思われてもいいが……俺はお前と過ごせたアパートが大切なものだったって今気付いたよ」
「何言ってるの?」
「本当にわかっちゃいないんだな……青空、目をつぶってくれないか」
「口づけするのね。ま、いいわよ」
さっさと目を閉じた青空をベッドに残して立ち上がる。本当は思いっきりぶちたかったがそれはさすがにやり過ぎだろう。
扉の近くに居た波恵さんは俺に頭を下げた。
「失礼します」
「……すみません、冬治さん。でも、はっきり言わなければ伝わりませんよ」
「……それもそうですね」
紙袋の中から一緒に食べようと買ってきたお土産をとりだす。
「あ、これ京都のお土産です」
「ありがとうございます」
「青空、お前なんて生八橋とキスでもしてろ、ばーか」
俺の怒りの一撃は見事に狙った場所に直撃。
「へぶっ」
唇を突き出して生八橋を受けた青空は目を白黒させていたのだった。
屋敷から走り出ていて仕方なく携帯電話をとりだす。
「あ、もしもし父ちゃん? 住む場所無くなってたんだけど……え? 黒服に追われているからそれどころじゃない?」
一体、何が起こっているのだろうか。
仕方がないので俺は次の住居が決まるまで親戚の黒葛原さん宅へお邪魔することになったのだった。
「うーん? 何で夢川は生八橋なんて投げたのかしら? 最近の愛の告白の種類…なのかしら。あ、そうか。京都に修学旅行に行っていたんだからあたしのために食べさせてくれようとしたんだわっ。そうね、そうに違いないわ。それで、やっぱり恥ずかしくなって逃げたのね……これがツンデレってやつね」
「……冬治さん、はっきり言わないと誤解したままですよ」




