第二十九話:アイドルと日々
第二十九話
売れっ子アイドルになったからといってずっと転校生アイドルの人気があると言うわけでもない。決して、妬んでいるわけではない。
「空ちゃん一緒にお昼食べない?」
「あ、うん。いくいく」
「こっちで食べよ」
それでも彼女の周りに人が寄ってくるのはクラスメートとしての人気が単純に高いからだろう。
アイドルはこのクラスでもアイドルになれた……というわけでもなく、実際子のクラスのアイドルは男子全員一致でメイドの波恵さんがアイドルだっ。
「俺もただの転校生から今では人気のあるクラスメートに成っているに違いない。そうだろう、みんな?」
後ろを振り返る。しかして、誰ひとりとして女子生徒は俺に近寄ってくる事はなかった。
ぽんと肩を叩かれて振り返る。
「冬治、飯食う相手がいないなら一緒に食おうぜ。ぼーっとしてると終わっちまうぞ」
「……そうだな」
こうして今日もお昼ご飯は千鶴たんと二人で寂しい昼食をとる……と、思いきやそうでもない。
「冬治君、きたよー」
教室の後ろ扉が開いて入ってきたのは天田亜子だ。痴漢の一件で親しくなった間柄である。なんだか誤解を受けそうな説明だな。
知り合って一週間になるものの、既に俺の心のフレンドリストに登録されていたりする。
「友達百人は無理かな」
「はぁ?」
「子供の頃の夢だっただろ?」
「単純に考えて無理だ」
千鶴たんの言葉に素直に頷く俺ではない。なぁに、話した事がある人を友達だと言い張ればオーケーなはずだ。
「そうだよー、無理はよくないよ。というわけで、私が残りの九十八人分をカバーするよ」
「ちょっと待て。その計算だと九十八人が亜子で、千鶴たんが一人か。後一人は誰だろ」
首をかしげると亜子はとある人物を指差した。
「空ちゃんでしょ」
「んー、天導時か」
あれは友達と言えるのだろうか。
背中からぞくっとするような視線を投げかけられながら俺は昼ご飯を食べたのだった。
放課後は最近よく亜子が教室にやってくるので千鶴、俺というメンバーで帰っている。
「ねぇ、夢川君」
「ん?」
しかし、今日は珍しく誰よりも先に天導時が話しかけてきた。ちなみに千鶴たんは職員室で居眠りの件を怒られている。
「放課後、一緒に行ってもらいたいお店があるんだけど?」
無論、天導時がどういった人物か知っている俺の返事は決まっている。
「駄目だ」
「そっか、ありがと」
「あれ? あたかも俺がいいよって返事したような形で話が進まなかった?」
「あたかもなんて使う人、初めて見たかも」
アイドルの笑顔を振りまいても俺には通用しないぞ。
「冬治君そろそろ帰ろう?」
隣の教室から亜子がやってくる。立ち上がろうとしたら腕を引かれた。
「お?」
「ごめんね、天田さん。今日は夢川君、私と一緒に帰るから」
「え? そうなの?」
天導時ではなく俺に話しかけてくるところを見ると友達って大切だなぁと思う。
「いや……」
「さ、行こう」
引きずり始められて確信する。ああ、機嫌が悪くなってきてるぞ、と。
「悪いな亜子。今日は天導時と一緒に帰るから」
「ううん、気にしないでいいよ。元から約束なんてしてないから。じゃあね、また明日」
「ああ、さよなら」
手を振っている間、俺の腕に絡められた誰かさんの腕は寄生性の蔦のように絞め続けていた。
「なーにが、元から約束なんてしてないから。だっ。まるで私が悪者みたいな言い方しやがって」
現在進行形で機嫌が悪いのは俺の責任ではないと思う。きっと彼女は怒りっぽい性格なのだ。
「くそっ」
すさまじいスピードで蹴りだされた空き缶は何処かの家の窓を確実に割ってしまったようだった。
「別にそんなつもりで言ったわけじゃないだろ」
誰か一般人に聞かれちゃいないかひやひやしている俺は神経質で将来早死にするタイプに違いない。
「ああ? お前、あいつの味方するつもりかよっ」
「落ちつけよ」
吐き捨てるようにそんな事を言う天導時はきっと疲れている。まぁ、これ以上この会話をつづけていても不毛だ。
「それで、今日は一体どうしたっていうんだ」
「何がだ」
機嫌が悪いからと言って黙っていても気まずいだけなので仕方なく話しかければ噛みつかんばかりの表情である。
何と言うか、面倒くさい相手ですな。
「いつもは俺と一緒に帰らない。それがどういった風の吹き回しかと思ってな」
「それについては説明しただろ? 一緒に行ってもらいたい店がある」
「お店ねぇ」
はて、どういったお店なのだろう。ケーキ屋さんか、クレープ屋さんだろうか。
「すさんだ気持ちの人物じゃスイーツのお店に入り辛いんだろうな。ホイップのように白くてフワフワした感じの俺みたいな人と一緒に行かないと……あいたたたっ」
「アホなのはその面だけにしとけっ」
そんなアイドルに連れて行かれたお店は……。
「ゲーセンかよ」
「そうだよ。ゲーセンだよ?」
肩すかしをくらったのもあるし、こんなところに二人でやってきて何をするつもりなのだろう?
さすがにここまでくれば人が多いので天導時の口調と声音が変わる。帽子をかぶってサングラスをし、マスクをする。
「……何だそれ」
「変装だよ?」
「そうかい」
ばれるだろうとつっこみたかった。それこそ、言ったらキレてばれそうなので黙って天導時に引っ張られて行く。
「それで、俺と一緒に来て何するつもりだよ」
プリクラでも撮るのだろうか。転校したてなら俺も話のタネに撮っていたかもしれないな。今はちょっと難しい。
個室で二人きりだなんていつ襲われるかたまったもんじゃない。
「あれ」
「あれ?」
指差す先には不細工なウサギのぬいぐるみが景品になっているクレーンゲームがあった。
「あの子、取ってほしいの。取ってくれたらツーショット撮ってあげるよ?」
「うわーい、なんて魅力的な提案なんだろう」
「じゃあ、いいのね?」
「全力で否定させていただきます。がんば、天導時。じゃあ、俺はこれで……」
帰ろうとする俺の後頭部をひっつかむ。
耳元に口を寄せられてぼそっと呟かれる。
「金○一個つぶすぞっ」
「アイドルがそんな事言っちゃいけない」
「嘘付け。お前、私の事をアイドルだなんて思っちゃいないだろ」
「じゃあ、女の子がそんな事を言っちゃいけない」
「……私の事を一応は女だって思ってるんだな」
「まぁ、そりゃそうだろう」
「この前、メイドには取ってやったそうじゃねぇか。女の子には優しくするってやつか? ん?」
まるで鬼の首をとったかのようにいう天導時に俺は呆れてしまう。
「勘違いするな。俺はメイドさんには優しくするだけだ。女だからと言って優しくされると思うなよ? 波恵さんは俺に対して優しいからこっちも優しくするだけだ」
「……つまり、お前に優しくするんなら取ってくれるってことだよな?」
「まぁ、そうだな」
何だか変なやり取りをしている気がする。
「わかった、優しくする。お前が取ったらな。これでいいんだろ?」
いまいちどこら辺が優しくなるのかわからない。しかし、取ってあげたほうがいいんだろう。
百円を入れてとりあえずアームの強度を確認する。
「何だこのプレッシャーはっ……」
お金を投入して背後からものすごい重圧を感じるのだ。
その重圧は俺を押しつぶそうとしているのか、両肩に無言でのしかかる。
「くっ、この程度の重圧で負けるわけにはっ」
「……いいからさっさとやれよ」
「はい」
最近のアームにしては其処まで弱いと言うわけでもなく二回で取れた。
「ほれ」
何の感慨も浮かばず(波恵さんに渡すときは超デレデレしていた自負がある)手渡す。
だからだろうなぁ。
「ありがとう、冬治君」
「え?」
てっきりアイドルモードかと思っていた天導時の表情はそうでもなく、俺にとって普通の凶悪そうな天導時の方だった。
まるで睨みつけるように俺を見ながらも、喜びや照れが勝っているようで言葉にし難い表情だ。
「お、お礼言ってやったんだから何か言えよっ」
「わ、悪い」
決して俺が悪いわけでもないのにここはそう言っておかないといけない気がした。
それから二人で何かをするわけでもなく足早にゲーセンを後にしようとした。まぁ、理由はお互いに恥ずかしかったのかもしれない。
「そこのお二人さーん」
「ん?」
出ようとしたところで店員さんに声をかけられた。
サングラスにマスク、ゲーセンのハッピを身に着けていた。
「怪しい……」
「だな」
これは無視したほうがいいのではないかと思い、出口に向かうが他の店員に遮られた。
「そんなに悪い話ではございませんとも。ええ、ただ単にこの占いゲームをプレイしてもらいたいだけです」
「はぁ?」
占いゲームなんてしたことないので天導時と顔を見合わせてしまう。
「とりあえず今日このゲーセンにやってきたカップルに強制的にやってもらっています。ええ、どんな手を使ってでも。縄でぐるぐるとか」
「もう本当に手段を選んでませんね」
俺のつぶやきを無視して店員は縄を準備してくる。ここまでされたら言う事を聞くしかない。
「いいわよ」
「え? いいのかよ」
「占い別に嫌いじゃないし」
「物わかりのいい彼女さんで助かった―」
ほっと胸をなでおろす店員さんを見ながら俺は耳元に口を寄せる。彼女とみられていいのかと聞きたかった。
「おい、天導時」
「ひっ。い、いきなり耳元で声を出すなばかっ」
耳を真っ赤に染めて犬歯むき出しの天導時……か、可愛い。じゃ、なくてだっ。
「わ、悪い……」
「いちゃいちゃしているところ悪いんですけど時間がないんで早くしてくださいね」
本当、我儘な人だ。こんなゲーセンつぶれちまえ。
縄をもって後ろで待機されているので仕方なく占いをする。
三十問ぐらいの質問をお互い別の画面で選んでいき相性を判断するようだ。
そして、五分程度の時間が過ぎて結果が出た。
「六十パーセントか」
微妙だな。
何となく、この結果に怒るんじゃないかと怖々天導時の方を見るとそうでもないようで黙って結果の紙を眺めていた。
男の方には凄く簡素な事しか書かれていないようだが女の方には色々と書かれているようだ。
「六割ってことは半分言っているよね」
「え? ああそうだな」
「……まずは相手の事を舌の名前で読んでみましょうか。冬治、いや、冬治君? うーん……」
天導時の住んでいるマンションまでやってきてもこんな感じだった。
「……女の子って本当、占い好きだよな」
結果も大切だけれどさ、こういうのって好きな男とやってこそ意味があるだろうに。完璧主義者なのだろうか。




