第二十八話:メイドと執事
第二十八話
年頃の娘さんと同居している状態だと言うのに、朝起こしてくれるのがその人のお母さんだから凄く気まずい。
そもそも、年頃の娘さんとはこれと言って特別な仲じゃない。
「あらあら冬治さん、起床時間ですよ」
「むにゃ……ん?」
パジャマで寝ていたと思ったら執事服を着ている。一体何が起こったのか寝ぼけ眼には辛い現実だった。
脱ぎ散らかされてすらいないパジャマに気がついたのはここに戻ってきてからだ。
「おはようございます、冬治さん」
「あ、波恵さん……おはよう……ございます」
隣で下着姿の波恵さんを見てしまった。何と言う、ナイスバデ……。
「見とれている暇があったら冬治君、朝ごはんを準備してください」
「あ、はい」
凪さんから叱られてすごすごと寝室を後にする。いぇすのう枕なんて本当に飾りだったな。ベッドの上で涙を流しているに違いない。
朝食はトーストとスクランブルエッグという簡単なもので済ませ、波恵さんとともに長い廊下を歩く。
「これから奏様の部屋へ向かいます」
「青空の部屋ですか」
「奏様、ですよ」
「……すみません」
同い年を様付けなんてこれでいいのか現代日本……これから更に格差は広がっていくからもしかしたら未来じゃ良くあることかもなぁ。
くだらない事を考えながら扉の前に立つ。身だしなみを再確認し、ノックをする。
「学園の皆さまにも丁寧語で接してくださいね」
「……わかりました」
ノックの返事があるまでそんな短いやり取りを行う。
「どうぞ」
「失礼します」
波恵さんと共に中に入る。其処にはすでに学園へ行く準備が出来た奏様がたっていた。
「さ、行くわよ」
「はい」
「わかりました」
右に波恵さん、左に俺をひきつれて廊下を歩く。屋敷を出るとすぐに黒塗りの車がやってきて俺たち三人を乗せる。実に無駄のない動きだ。
鞄も波恵さんが管理していて本日の授業の時間割もバッチリである。
「今日から夢川をこき使えると言うわけね」
にやにやした表情で俺を見る奏様。
「……はい」
「返事が遅いわよ」
「すみません」
「ふふん、どうしてくれようかしら」
これはもしかしてクラスの前で裸踊りでもさせられるんじゃないかと考えてしまう。そこまで恨まれるようなことはしてないから大丈夫だとは思うが……。
しかし、俺はそんな事より別の事を懸念しておくべきだった。
「しまった、俺は執事服じゃないかっ」
波恵さんと俺、そして青空……ではなく、奏様にはすごい視線が向けられていたりする。
「うう、公開処刑だ……」
「よくお似合いですよ」
「そうよ、似合ってるから胸を張りなさい」
執事のイメージっておじいちゃんなんだよなぁ……青空、ではなく奏様の御屋敷にも数人いたけどさ。俺がやってると凄くちぐはぐだ。
文句を言っていても仕方がないのでそのまま教室に突入する。
「みんなおはよう」
奏様が入ってもいつもの反応。何人かがちらっとこっちをみて次にはいってくるはずの波恵さんに視線を向ける準備をする。
「……」
「波恵さ……何? あいつ夢川じゃないのか?」
「とうとう金で釣られたのか?」
今日は波恵さんより先に俺が教室へと入っている。男子生徒全員が驚いた顔を俺へと向けていた。
「みんなに新しい執事を紹介するわ。夢川冬治よ」
「笑顔ですよ、笑顔」
「ぐぬぬ……どうもみなさん初めまして、奏様の執事となった夢川冬治です」
男子連中からの馬鹿にしたような視線が飛んでくるかと思えばそうでもなかった。
「なんだ、夢川の奴金持ち狙いだったのか」
「執事になって籠絡するつもりなのか……」
「これで波恵さんを狙うライバルが一人減ったな」
男子の反応はそれっきり。解散して各々席に着いてしまう。
「え? 嘘……夢川君が執事服だっ」
「へぇ、これが執事かぁ……」
「何だか釣り合い取れてるよね」
「ねぇねぇ、お帰りなさいませ、お嬢様って言ってくれない?」
意外と女子から好印象。心の中で幸せな気分に浸っていると波恵さんが前に出てくる。
「すみません皆さん。只今冬治さんは職務中ですので……」
「波恵、別にいいわよ。冬治、みんなにお帰りなさいませお嬢様って言ってあげなさい」
何やら機嫌のいい奏様がそんな事を言うので波恵さんも下がってしまった。目をキラキラさせた女子に内心冷や汗をかきながら声が裏返らないように気をつける。
「……お帰りなさいませ、お嬢様」
「……」
何の反応もないので引かれているのだろうか?
そう思って辺りを見渡したら千鶴たんまで黙ってこっちを見ていた。しかし、俺が見ている事に気付いたら近づいてくる。
「冬治」
「な、何でしょう千鶴さん」
千鶴たんと気軽に呼べる日が再び来るのだろうか……。
「……お帰りなさいませ、千鶴さまって言ってくれ」
「えーと?」
「許可するわ」
腕組みして頷いている奏様をみて心の中でため息をつく。
「お帰りなさいませ、千鶴さま」
「……っ」
顔を真っ赤にした千鶴は胸を押さえてそのまま教室を出て行った。
「な、何だったんだ?」
「ねぇねぇ、わたしもやってー」
「あ、わたしもっ」
よくわからない状況になりつつあった。まさか執事がここまで受けるなんて一体だれが予想していたのだろう。
女子に言い寄られてピンチになりつつあった俺の前に波恵さんが壁になってくれる。
「すみません皆さん。冬治さんは仕事中ですから……さすがにこれ以上は抑えていただけると助かります」
「そっかぁ」
「それなら仕方がないね」
後日、女子の一人が俺に教えてくれた事がある。何でも、この時の波恵さんは鬼のような形相をしていたらしい。
その日はどうやら物珍しさからかパンダみたいな扱いを受けた。そりゃそうか、執事の姿をして学園に来るやつなんていないからな。
『二年B組夢川冬治君。至急、職員室まで来てください。繰り返します……』
そして、とうとう昼休みに呼び出されたのだった。
「ついに来たか……」
四季先生の声だったから間違いなく注意してくるのは彼女だ。助けを求めて雇い主様を見てみるも、彼女は波恵さんを立たせて昼食に舌鼓を打っているだけだった。
「冬治さん、大丈夫ですよ」
「……本当ですか」
波恵さんの言葉も憂鬱になりつつある俺には何の効果ももっちゃいない。
廊下を歩くとき、ずっと周りからの視線を感じている。職員室の前には四季先生が立っていた。
「夢川君、学園に執事服で来るってどういう事なの?」
「……やっぱり駄目ですよねぇ」
「駄目に決まってますっ」
案の定、怒られました。
「でも、夢川君にも色々と事情があると思うから……『お帰りなさいませ、小春お嬢様』と言ってくれたら許しますっ」
顔を真っ赤にしてそんな事を言う。心の中で俺は呆れてしまった。
「……恥ずかしいので耳打ちでいいですか?」
「う、うん」
「じゃあ……」
「あ、ちょっと待って。心の準備が……」
すーはーすーはーと深呼吸を繰り返す。
「うん、いいよ」
「……お帰りなさいませ、小春お嬢様」
「くはっ……」
胸を押さえて顔を真っ赤にし、職員室に引っ込んでしまった。
「……俺、帰っていいんだろうか」
まさかこんなことになるとは……今からでも契約破棄できないだろうか。




