第二十二話:許嫁と記憶の狭間
第二十二話
テストも終わり、今日から三日間学園祭になったわけだ。能天気に学園生活を送るほとんどの学園生徒達……しかし、俺の気持ちは晴れていなかった。
「……はぁ」
「よぉ、どうしたそんなしけた面して。もしかして赤い点数に襲われたのか?」
仲間が増えたと言わんばかりの表情である。全く、千鶴たんときたら寝る子は育つばりにテスト中寝てたからな。隣人としては非常に気になって仕方がない存在だった。
「そっちはちゃんと勉強してたから気にしてない。満点は無理だけど八割は言ったと思うぜ」
千鶴たんにそういうと笑みがひきつっていた。はて、何か変な事を言っただろうか?
「そ、そうかそうか、そらぁよかったじゃないか。じゃあ、あれか? 学園祭を一人で周るのがさびしいのか。それならおれが一緒に……」
「いや、いるぜ。ちょっと遅れてるけどさ」
俺の言葉が終わるのを待っていたかのように教室の後ろ扉が開いた。
「冬治くーんっ、お待たせ」
「五分遅刻だぞ」
「ごめんね、四季先生に用事を言いつけられちゃって」
「そうか、それなら仕方がないな。ま、明日もあるしゆっくり周ろうぜ」
「えへへ、ありがと冬治君っ」
「き、貴様らぁっ……」
「ん? 千鶴……どうしたんだ?」
「どうしたの千鶴ちゃん?」
顔色の悪い千鶴が腕を震えさせていた。気分がすぐれないのだろうか? それなら保健室に連れて行ってあげたほうがいいだろう。
「千鶴たん? 大丈夫か?」
「バカップルなんざ、ほろんじまえーっ。うわーん、ばかーっ」
軽く肩に手を置いただけなのに必要以上に振りはらわれてそのまま走っていってしまった。途中、ぽっちゃり系男子を吹き飛ばしたのを見るとかなりの破壊力を持っているようだな。
「何だったんだろうね?」
首をかしげる鈴蘭に俺も首をかしげるしかない。
「何だったんだろうな? というか、バカップルなんてどこに居るんだ」
「さぁ? わたしたちは許嫁だからね。とりあえず学園祭周ろうか」
「そうだな」
千鶴たんのことも気になるが、それよりも気になる事がある。
「この前のプールの事なんだよな……」
一緒に歩いている鈴蘭の手をじっと眺める。あの手を取ったとき、何処かで見た事のある……ただし、脳内では全く覚えていない映像が一瞬流れた。
懐かしくて、怖くて、嫌な感じがした。それでも、大切な記憶だった気がする。
あれからずっとその事を考えているのだ。気になって仕方がない。
「えいっ」
「お?」
「駄目かな?」
「……別にいいけど」
手をつないでいるところを学園内であまり見られたくはない。しかし、鈴蘭のアホそうな……訂正、向日葵のような笑顔を無碍にすることはできない。
「ねぇ、冬治君?」
「ん?」
「最近なんだか元気がないよね。何だかずっと考え事をしているみたいだし」
「んー、そうか?」
「そうだよ。もしかしてわたし、何か変な事をしたかな?」
「……」
鈴蘭が変なことねぇ……。
「うわわっ、ごめん。お風呂で寝ぼけて素っ裸で出て来ちゃったよっ」
「牛乳注いであげるっ……っと、わっ。ご、ごめーん、手元が狂っちゃったっ。すぐにズボンを脱がせてあげるからっ」
「えへへー、どう? すごくせくしーな下着でしょ? 谷間で男を誘惑するんだって……え? 問題の谷間がない……? 本当だっ、盲点だったよっ」
何だろう、これらに対して普通に対処してきてしまったぞ。
「ラッキースケベ的な内容が多そうなのに俺の心がぴくりとも動かない程、考え込んでたのかな」
「そうだよ、何しても反応ないんだもん。わたしには話せない事なのかな?」
不安そうな鈴蘭の顔を眺めて苦笑してしまう。周りの生徒たちは楽しそうに廊下を歩いている。
「……一緒に周る相手が考え事してちゃ楽しくないよな。屋上にでも行くか」
「うん」
俺が先導する事もなく、鈴蘭が後ろをついてくる事もない。
俺の隣に鈴蘭が歩いているだけだ。
「ついてくるって英語で言うとFollow meだっけ?」
「そうだな」
「もう一度訳すると私の後に憑いてきて……だよね」
「日本語って難しいよな。発音じゃ意味が伝わらない時もあるから」
「お墓でフォローミーっていったら凄く人が増えたんだっ。ニッポンジン難しいねっ」
この前ボブが怖がっていた理由がなんとなく、わかる気がするよ。
何だかよくわからないやりとりをしているあいだに屋上へとたどり着いた俺たちは鍵が閉められていた事に気づく。
「開かないな」
「開かないね。どうする?」
「……ま、別に人がいないところが良かっただけだからここでいいや」
「そ、そっか……じゃあ」
そういって目を閉じ、唇を上に向けてくる鈴蘭。
「ん? 何してるんだ?」
「え? 違うの?」
目を見開き、これでもかと言うほど驚いた表情で俺の事を見ていた。
「何がだ」
「最近冬治君が考えている事って一緒に生活している間にえ、えっちな気持ちになって凄く悩んでいるんじゃないかと……だから人の居ない場所に来てえっちな事をするとばかり……」
顔を真っ赤にして人差し指を突き合わせている鈴蘭に俺は言う。
「実はな、プールで鈴蘭を水の中に引っ張ろうとしたとき変な感覚って言うか、記憶のようなものが頭をふっとよぎったんだ」
「冬治君……」
悲壮感を顔に湛えた鈴蘭が顔を伏せてしまった。しまった、もしかして鈴蘭にとって聞かない方がいい言葉だったのか?
「……スル―が一番つらいよっ」
「え?」
「何か言ってよっ。おばかさんとか、何言ってんだとかさっ」
涙目になりながら両腕を振り回す鈴蘭に頬を掻いて苦笑するしかない。
「すまん、その……スル―する優しさが鈴蘭には必要かと思って」
「突っ込んであげる優しさも必要だよっ」
「今後は気をつけるよ。似たような言葉を言ったらてんどんかよっと突っ込むから」
「本当だね? じゃあ、もう一回……こほん、最近冬治君がむらむらしているんじゃないかって、キスもまだだけど……それ以上の事、ここでならしてあげてもいいよ?」
「それで、この前写真を見せてくれただろ? あの時の事を詳しく教えて欲しいんだ」
シリアス満載の表情で俺は鈴蘭を見据えるのだった。
「てんどんだよっ……冬治君のばかーっ」
しかし、鈴蘭は俺の質問に答える事は無く階段を駆け下りて行ってしまったのだった。
「……え? 単なる口約束だと思ってたのに。あそこまで怒るか?」
始めて鈴蘭の怒った表情をみた気がする。うーん、何と言うか……怒ってもちっとも怖くないな。




