第二十一話:アイドルと押しかけ
第二十一話
朝食時、ニュースを見ながらぼーっと箸を進めるのが俺の日課だ。
『今日のゲストは……天導時空ちゃんですっ。あれ? 最近空ちゃん痩せました?』
『そうなんですよー、学園のテストが近くて寝不……』
「……」
無言でリモコンを操作し、チャンネルを変える。さすがにチャンネルを変えてまで知り合いは顔を出してこないようだな。
「ふー」
食事をさっさと終えて食器を洗うことにしよう。
ちょうど食器を洗ったところで外の方から音がした。
ピンポーン
「あ、はーい。今あけまーす」
小走りで短い廊下を走破し、鍵を開ける。男の部屋に無理やり入ってくるやつもおるまいよ。
「どちらさまですか」
「おはようございます。アイドルの天導時空でーすっ」
「間に合ってます」
とびっきりの笑顔を向けられたので俺もそれ相応の笑顔を返し、扉を閉めようとする。しかし、扉が閉まらないっ。
「おじゃましまーすっ」
「くそっ、冗談だろっ……俺は両手だぞっ」
悪態をついても力がこもるわけでもない。笑顔に血管浮き上がらせて片手で扉をこじ開けて足を挟んでくる。
ドアノブが悲鳴を上げ始めたので手を離してしまう。相手は自分の住居じゃないから加減を知らないようだ。
「快く入れてくれてありがとうっ」
「強盗とかと思った」
「もう、やだなーっ。そんなわけないですよっ」
「ぐはっ」
そういって思いっきり鳩尾を殴られた。抉りこむような一撃である。
「い、いきなり何すんだ……」
「ここが夢川君の住んでる所なんですね」
とびっきりの笑顔を張りつけたまま、家の中を闊歩し始める。椅子に腰をかけて天導時がため息をついた。
「まだアイドルモードの方がいいですか?」
「好きにしてくれ」
「そうかよ。ったく、喜ぶと思ってアイドルモードで来てやったのに」
「別にアイドルなんて望んじゃいないよ」
鳩尾を撫でてようやく立ち上がる。くっそー、アイドルのくせして馬鹿力とか何の冗談だよ。
「それで、何しに来たんだ。ここは俺の部屋だぞ」
「学園じゃ話してくれねぇからこっちに来たんだろ」
ぷくっと頬を膨らませた表情は悔しいが、可愛いと認めよう。
「ちゃんと学園の隣人として生活してるぜ?」
くじ引きをして数日、一度も学園は休んじゃいない。
「話しかける度に『トイレ』とか『天導時さんがお前のこと呼んでるぜ―』とか言っているのはどこのどいつだっ」
拳が飛んできたのであわてて避ける。
「だが、しかしてっ……この前のかくれんぼ鬼ごっこで俺と関わらないって約束しただろ? くじ引きまでやって隣に来るとかどういうことだ」
「……いまいち信用できないからだよっ」
「またその話か……お前につきまとわれると迷惑なんだ。クラスの男子からは権利を売ってくれって言われてるんだぞ」
最高金額は五千円なり……いや、一万円を取りだした生徒もいたけどね。
「最近また人気が上がったんだぜ? そんなアイドルの秘密を知ってるんだ。鼻が高いだろ?」
胸を張るアイドル様に俺はため息しか出ない。
「結局はボイスレコーダーが欲しいんだよな?」
「そうだ。さぁ、さっさと渡せ」
右手を突き出されて俺はため息をつくしかない。そこまで大切なものかね。
「取ってくるからちょっと待ってろよ」
「さっさとしてくれよー。テレビでも見てるから」
全く、学園前に疫病神が俺の家に来るとは思いもしなかったぜ。
ボイスレコーダーを取ってきて乱暴に投げる。
「そらよ」
「っと、やっとこれで私も脅迫まがいのストーカーから解放されるんですね」
「どっちがストーカーだ」
アイドルモードの天導時に中指立ててやるとにやっと笑われる。
「ま、これで最後だと思うと可哀想だから今日ぐらい一緒に登校してやるよ」
「……ったく、行くなら早く行くぞ。もうちょっとで遅刻だ」
「へいへい」
よっこらせと立ち上がった天導時を見ておっさんかよと思ってしまう。
狭い廊下を俺が先導するような形で抜けようとし、俺は足をとめた。
「いきなり止まんなよ」
「……しっ、どうやら数人が家の前に居るみたいだな」
「え?」
「大方、お前のファンだろ。ここに入ってたのを誰かに見られたんだよ」
「……まずいな」
あっという間に眉根が八の字になった天導時を見て自業自得だろと言いそうになった。この状況だと、間違いなく俺も巻き込まれる。文句を言えば天導時がキレて騒いで一発で終わりだ。
「……天導時、お前ベランダから下に降りろ」
「は? お、おい、ここ二階だろ?」
「安心しろよ……というか、この前は屋根からどうやっておりたんだ」
「あの時は非常事態だったからだ」
「それなら今回も同じだろうに……ほら、こっちだ」
天導時の手をとって来た道を戻る。そして、狭いベランダへ静かに出る。こっちには人がいないようで静かだった。
天導時の鞄を放り投げて地面を指差す。
「ほら」
「無理だろっ」
「……まぁ、そう言うと思って火事が起こった時に必要となるであろう縄を使おう」
「あるならさっさと出せよ」
先に降りてもらって俺は手を振る。
「一緒に行くと問題だろうから俺はちょっと遅れて行く」
「……ふん、お礼なんて言わないぞ」
返事をせずにそのままベランダ側の施錠を終える。
「あ、出てきた」
「空ちゃんがいるの?」
近所のおばちゃんたちが数人集まっていた。
「え? 天導時空ですか?」
「ええ、そうよ。あなたの部屋に入っていくのを見たって通りすがりのメイドさんがいってたの」
「ああ、そのメイドさんが成りきってただけですよ。今度は忍者になって裏から出て行きました。こんな男の部屋に来るわけないでしょ。金持ちの家にならともかくとして」
俺の言葉に他のおばちゃんたちも何とか納得してくれたようだった。
「……やれやれ、アイドルと知り合いになってもプラスにならないって本当、友達関係は損得勘定じゃやってられないよなぁ」
ボイスレコーダーも渡しちまったし、これからどうなるんだろうなぁ。
ぎりぎりセーフというか、先生と同時に教室に入った俺は新しい定位置へと腰を下ろす。
「おはよう、夢川君」
「おはよう」
ここ数日で初めてのあいさつを交わし、前を見る。
「では朝のホームルームを始めますね」
四季先生の声が響き、少しだけ私語が減った。完全に無くならないのが四季先生なんだよなぁ。
先生の声をぼーっと聞いていたら手に何かが当たる。
「ん?」
机の上に紙が置かれていた。
『あれから大丈夫だった?』
その下に後で話すと返事をし、四季先生の方を見ようとするとまたもや紙が視界に入ってくる。
『待てない』
『待ってろって』
「駄目っ」
いきなり立ち上がった天導時に周りがびっくりしていた。
「て、天導時さん?」
「え、あ……き、気分がすぐれないので保健室に行ってきます。夢川君ついてきて」
「あ、おいっ」
そのまま引きずられるようにして教室を出る。
てっきり、廊下で仕掛けてくるかと思えば天導時はそのまま保健室へと向かった。俺もその背中を追って保健室へと入る。
「この時間はまだ先生居ないぜ」
朝礼に出ているはずだ。
「わかってる。だから来た……気分も悪くなったから」
「そうかい……ま、朝の事ならごまかせたよ。安心しろよ」
明らかに安堵した表情を浮かべたのでつい笑ってしまうと今度は怒った顔になった。
「あっそう、お礼なんて言わないかんなっ……寝るっ、出てけっ」
「はいはい」
枕を投げつけられて入ってきたばかりの保健室を追い出されるのだった。




