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第十六話:メイドと母と

第十六話

 放課後、駅前近くのゲーセンに通う事が出来るようになったのは転校してきた利点かもしれない。

 ここの戦場では多くの猛者たちがお金を落としていくようで、対戦形式のエリアからは様々な声があがってくる。

「はめとか卑怯だろ」

「おいおい、この程度の技でハメとか……」

「リアルパンチっ」

「表出ろやこらっ」

「上等だっ」

 中学の頃、そっち方面で多大な出費をした俺は今ではプライズをとる方にやる気がむいていたりする。

 こっちにはカップルもいたりして彼氏に対して『ねぇーあれとってよぉ』『無理』といったほほえましい光景も見る事が出来るしな……チャレンジしている人を見るとおちろーおちろーと心の中で呟いている自分が悲しいぜ。

「……むー」

 そんなことを考えつつ、両替しているとどこかで聞いたような声が耳に入ってくる。

「波恵さん?」

「え? あ、冬治さん」

 アームががっちりとぬいぐるみをホールドしたかのように見えたが、持ちあがらずただ揺れるだけだ。

「ああーまた駄目だった」

「これ狙っているんですか」

 ぶっさいくなうさぎさんがしかめ面をしているぬいぐるみだった。こちらを見てくる視線は何かを訴えているようにしか見えない。

 四苦八苦……生きる苦しみとかを教えてくれそうな顔だ。愛別離苦も含まれているに違いない。

「ええ、恥ずかしながらぬいぐるみが大好きなもので」

 そういえば部屋に沢山置いてあったかな。

「……しかし、そろそろ奏様と待ち合わせの時間なので心苦しいですがここまでですね」

 名残惜しそうにぬいぐるみを見てためいきをついた。

「では、また学園で」

「ああ、はい」

 しょんぼりと肩を降ろして歩いて行く彼女の後姿を見て思う。

「……ゲーセンにメイドさんが居ても周りの人は気にしないのだろうか」

 それはともかく、俺が今からやるべきことは一つだ。

「ここはひとつ、やる気を見せますかね」

 とろうと思っていたものもなかったのでぶっさいくなうさぎのぬいぐるみを標的に俺の戦いが始まったのだった。

「……思った以上にアームが弱いな。んじゃ、ここをこーしてっと」

 試行錯誤の末に(どっちかというとお金を大量投入して)なんとかゲットする。正直、どっかに売られているのを買った方が早いし、経済的にも良かったかもしれないな。

 さすがに学園では渡せなかったので直接渡しに行くことにしたのだった。

 でっかい門をどうすればいいのかわからなかったのでインターホンを押してみることにした。

『どなたですか?』

「波恵さんの友達です。夢川冬治って言います」

『夢川さまですね。少々、お待ちください』

 それから数分待たされて一人のメイドさんがやってきた。その顔はどこか波恵さんに似ていた。

「お待たせしました」

「あ、はい」

「どうぞこちらへ」

 あっさりと通してもらったけれど、こんなものでいいのだろうか?

 俺が案内されたのは波恵さんの部屋で男を此処に放置していいのだろうかと疑問に思う。

「波恵は直に戻ってくると思いますのでここでお待ちください」

 凄く事務的な声を出して

「あの、もしかして波恵さんのお姉さんですか?」

「は?」

 ここで波恵さんのお姉さん? と思われる人はこれまでと違った調子の声を出した。

「あれ? 違ってましたか。じゃあ、従姉妹……だったりしますか?」

 じっと俺の顔を窺うようにして拭きだした。

「……これは失礼しました。どうやら本気で仰っているようですね」

「え? そ、そりゃあまぁ……もしかして妹さんだったんですか? 雰囲気が大人っぽかったので」

「いえいえ、構いませんよ。妹ではありません、波恵はわたしの娘です」

「えっと……」

 女性に張り手を喰らったような感じがしたのだった。

「ま、マジですか」

「本当ですよ。親子でしたら似ているのも納得していただけるかと」

「……そのー、すみません」

「この歳にもなって男性から若いと言われるのは嬉しいものです」

 少しだけはしゃいだ声を出してからこほんと咳をする。

「……どうやら、帰ってきたようですね。仕事中ですし、申し訳ありませんがもうお話しできません」

「あ、いえ……こっちこそお仕事中にすみません」

「わたしの名前は海原凪です。夢川様、波恵と仲良くしてあげてくださいね」

 それだけ言うと出て行ってしまった。

 凪さんが出て行って数分後、波恵さんが部屋に入ってきて俺に頭を下げる。

「母とあったようですね」

「は、はい。えっと、部屋の中に入れさせてもらいましたよ」

「それは構いませんよ。何でも、渡したいものがあるとか言ってましたけど?」

「これです」

 ぬいぐるみを手渡すとちょっと興奮したように俺の手を握ってくれた。

「ありがとうございますっ。まさか取ってくれるなんて思ってもみませんでしたっ」

「そこまで喜んでもらえたのならよかったです。え、えーっと、俺はこれで」

 何となく、嫌な予感がしたので俺は立ち上がる。

「え? もう帰るんですか?」

「これを渡しに来ただけですから」

 そそくさと廊下に逃げ出した俺は廊下のすぐ前に立っていた凪さんにぶつかりそうになった。

「あらあら」

 右手を口につけてそんな事を口にする凪さんを見てため息をつく。

「あのー?」

「失礼しました」

 事務的な口調でそれだけ言うとあっという間に姿が見えなくなった。

 今後、波恵さんの部屋に行くときは気を付けたほうがよさそうだ。


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