第十三話:アイドルと駆け引き
第十三話
アイドルとキスしてしまうなんて何と言うラッキー……と言うわけでもなかった。キスをしたのかされたのか、それともただ単に事故っただけの日の放課後に校舎裏へ呼び出されたのだ。
今ではおそらく使用されていない焼却炉以外特に何もなく、人が来る事もない場所らしい。
「しねっ、しねっ」
「やっぱり、こうなるのねー」
かなり遠慮ない足裏スタンプが俺のお尻を襲っている。焼却炉に突っ込まれるよりはましか。
こういうときって男の方が立場弱いんだよなぁ……何せ、泣きそうな顔をしているから甘んじているわけだ。
男のファーストキスもそれなりに勝ちがあると思うんだ。うん、リンゴ二個分くらい。
「はぁ……はぁ……このぐらいで赦してくれるわ」
「そうか、俺も出来れば早く忘れたいからそう言ってもらえると助かるよ」
失言だったと気付くのはいつも後で、だ。
泣きそうだった表情から親の仇を見つけた表情へ早着替えもびっくりのタイムでチェンジした。
「おまえなぁ……アイドルの唇を奪ったんだぞ? 本当だったらファンに刺されていいぐらいなんだ。というか、刺されろ」
「あれはお前も悪いんだから仕方ないだろ。元はと言えば、お前の性格が……」
「るせぇ、性格悪いのがお前に関係あるかっ」
この時点で少し涙を流していた。やれやれ、性格悪いって言うのを突きつけられて泣くとはな。思ったより心が弱い部分があるようだ。
「はいはい、わたしが悪ぅ御座いました」
これ以上泣かれても困るので、というか本当にこの人のファンに刺されそうな雰囲気が出てきたため、謝っておくことにした……形だけ。
「そう思うんならボイスレコーダー貸しやがれ」
差し出される右手に首を振る。涙は既になかった。
「あれがないと今後の学園生活に支障をきたすから無理だ。俺のクラスメートの中に猫かぶった奴がいて危険なんだよっ。アイドルと言う名のとびっきりの猫を被ってるんだ」
「ほぉ……そんなに蹴られたいのか」
面倒なので話を変えることにしよう。このまま尻を蹴り続けられたら俺の尻は真っ二つに割れてしまう。
「なぁ、そんな事より俺を呼びだしたりしていいのか? 変な噂をたてられたらどうする」
「気にすんな。私がお前程度の男を呼びだしたところでちょっとした用事としか思われないだろ」
俺を挑発しているのだろうなぁ、やっぱり、キスのことについて根に持っているようだ。半分は自分の責任なのにな。
「それより、ボイスレコーダーをさっさと渡せ」
「だから、渡せない。渡したらまた転校しないといけなくなるから」
「お前、本当は強請る気だろ?」
「強請る?」
「とぼけんなっ」
結構大きい声で詰め寄ってくる。
「ばっ、声がでけぇよ。それこそお前の怒声を聞いたらファンが何事かって追いかけてくるぜ?」
辺りを見渡し、誰も生徒が見ていないのを確認してほっと胸をなでおろす。
「……あのなぁ、お前アイドルなんだからもうちょっと周りを見渡せるようになれよ」
「はぁ? 何で強請るお前が説教たれてるんだ」
「誤解しているみたいだが俺はお前を強請る気なんて全くない」
「目、あわせろよ。嘘言ってたらわかるから」
そんな事でわかるものかね。
どうせ『これは嘘つきの目だ』といって顔面パンチをお見舞いするつもりなんだろうな。口の悪さはともかく、黙っておけば可愛い女の子とキスが出来たんだ。この程度の不幸は甘んじておこう。
俺は大人しく天導時の言う事を聞くことにしたのだった。
「……」
「……」
相手は真剣そのものだ。しかし、俺の方からしてみたら目の前に女の子の顔があるのは色々とやばい。
この前のキスの情景が脳内で勝手に流れるくらいやばい。
「……嘘はついてないみたいだな」
「信じてくれたようで嬉しいよ」
ふんと鼻を鳴らして俺からようやく顔を離してくれるのだった。やれやれ、新手の拷問勝と思ったよ。
「お前さっき私と目を合わせて照れてただろ?」
「自意識過剰も甚だしいぞ」
「ふん、気付かないとでも思ったのか?」
勝ち誇ったように俺を見てくる天導時はどこか得意げだった。
「さてはお前、私に惚れたな」
「……中学生か」
「そうすれば納得がいく。お前が他の人にばらさないのも二人の特別な秘密だとか言いだすんだろ。たまにそう言うアホなファンがいるんだ」
そうだ、そうに違いないと言いだしたアイドルを無視して俺は背を向ける。これ以上はどうやら時間の無駄のようだ。
元から時間の無駄だなんて思ったら負けだ。
「あ、お前ちょっと待てよっ」
「なんだよ」
肩を掴まれて無理やり振り向かせる。びっくりするほど力が強いもんだから一年の頃、二メートル近くの不良に絡まれた時のことを思い出した……あの時の番長と同じくらい力が強いアイドルってどういう事だよ。
「お前の事、飼ってもいいぞ。犬としてこきつかってやるよ」
アイドルが下卑た笑みなんて浮かべるんじゃありません……そう言う前に俺は天導時の額にチョップを繰り出した。
「いったあっ」
「そう言うところは女の子なのな」
可愛い声を出して額を抑えるアイドルに俺はため息をつく。
「何すんだよっ」
「お仕置きチョップだ」
「お、お前やっぱり私の事をいじめて悦に入る奴なんだな? そうなんだろっ」
わめきだした目の前の相手に俺はもはやため息しか出なかった。
思いこみが激しいやつみたいだし、ここはきっちり自分の勘違いだと教えたほうがいいだろう。
「……なぁ、それなら一つゲームをしないか?」
「ゲーム?」
「おう。お前が鬼で、俺が逃げる。かくれんぼプラスの鬼ごっこ。お前が……そうだなぁ、一時間以内に俺を捕まえたらボイスレコーダー、渡すよ」
「本当だな?」
「ああ、その代わりもう関わってくんな。面倒くさい」
「よし、いいだろう。足は早いんだ」
目を閉じてもらい、五分後に来てもらう事にした。
「ちょうど五分後にはチャイムが鳴るからな。それで追いかけてこいよ」
「わかった」
超ノリノリなアイドルを残して俺は一目散に校門へと駆けだすのであった。




