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第九話:アイドルの邪魔道

第九話

 アイドルが猫缶を蹴っ飛ばしたと言う事実を知ってから新しい週が始まった。まだまだ九月二周目だから暑い。

「いやー、心が澄み渡る青空だねぇ」

 先週見かけたアイドルの裏の顔……あれは夢だったんだと自分なりに日常に戻りつつある。うん、夢だ夢だ。白昼夢を見たに違いない。

 俺が余計な事を言わなかったからか、アイドルの方から絡んでくる事はなかった。実際は忙しくて学園に来なかっただけのようだけどさ。

 対アイドル用の最終兵器も準備していたのに少しだけ肩すかしをくらった。

「まぁ、使わないほうが幸せか」

 いい一週間が始まりそうだ……そう思っていた矢先、信じられない光景が俺の視界に入りこんできた。

「あれ……アイドルじゃねぇか?」

 件のアイドルが誰かの家の前に立っていた。今の時間帯に人はいない。どうやらここの通りは人通りが少ないらしい。そして、朝と夕方は人が全く通らない。

「……せいっ」

 チャイムを押した……と思ったら、思いっきり拳を叩きつけていた。

 そして、いっきに走り出す。

「ぴ、ピンポンダッシュ?」

 チャイムは思いっきり凹んでいたりする。というか、傍から見ても壊れているようにしか見えない。

「……此処に居たら犯人にされそうだな」

 真犯人は他に居るんだと言っても信じてもらえないだろう。

 誰かに姿を見られる前に俺は学園へ向かって走り出していたのだった。

 チャイムを壊された家主に追跡される事もなく、俺は学園へとたどり着いた。そして、教室へ入るとアイドルの周りにはいつものようにそれなりの人だかりが出来ている。

「天導時さんが転校してきてあまり経ってないのにすごく馴染んでるよね」

「そうかな? このクラス、すごく居心地いいから」

「さすがアイドルだねっ。みんなの気持ちを掴むのがうまいんだ」

「そんなわけないじゃんっ」

 ここまでくれば天導時空はクラスの中心的な人物間違いなしである。レールに乗っていい感じの学園生活を送る事が出来るだろう。

 そして、俺の扱いと言えば……。

「えっと、あの転校生は名前なんだったけ」

「……喉まではでかかってるんだよねぇ」

 こんな感じである。

「おはよう冬治」

「……」

「おい、無視すんなってば」

 ヘッドロックをかけられて確かにあたる胸の感触が脳を少しだけ幸せにしてくれる。

「あそこは、本来俺がいるべき場所だった」

 俺の言葉に一瞬あっけにとられた千鶴は次に呆れていた。

「お前まだそんな事言ってたのか」

「でも、俺はもう諦めたよ。成長したんだ……これからは強請りの時代だっ」

「そりゃいいけど、アイドル相手に強請れるのかよ? 弱みでも握るのか?」

 握った弱みは実は逆鱗でした……そんなオチ。

「い、いや、弱みを握るのは良くないよ。うん、平和的にいこう」

「なんだそりゃ」

 しかし、たかだかアイドルと言うだけの生徒から馬鹿にされるのも悔しい。

 せめて一矢報いたかったので黒板にピンポンダッシュのことについて書いておこうかなと思ったりする。

 白いチョークを握ったところですごく強い力で俺の手首を握りしめる人がいた。

「なんだ、千鶴……じゃなかった」

「あ、ごめーん。夢川君だっけ? ちょっと話があるんだ」

「なんだかんだ言っても冬治も男なんだな、アイドルと仲良くなってやがったのか」

「そんなわけあるか、千鶴たん、助けて」

 右手で千鶴を掴もうとしたが、それより先に天導時の手が動く。

「ほら、こっちに来てよっ。ごめんね、みんなすぐに戻ってくるから」

 はじけるような笑顔の向こうに見える殺気が怖かった。

「ちょ、まじぱねぇってばっ……ヴぁーっ」

 引きずられるように連れていかれるのではなく、持ち上げられて連れさらわれた。おいおい、マジかよ……。

 抵抗したらどうなるか試してみよう、そんな気力は一切なかった。

 自分の運命がどうなるか養豚場の豚は考えたりしないだろう。そこが人間と豚の違いだ。俺はしっかりと今後の対策を練っている。

 天導時に連れてこられたのは校舎裏でもなく、屋上でもなければ体育館倉庫でもなかった。

 職員室から少し離れた廊下である。

「今朝見た事は忘れろ」

「えー」

 職員室前なら下手な事も出来ないだろう……そう思っていた俺の足に鋭いキックが降り注ぐ。

「あたっ」

「忘れろ」

「く、この程度の脅しで俺は……」

「じゃあ、これは?」

 軽く押されて俺は倒れないように前に動かそうとする。

「そりゃ」

「のわっ」

 一気に体を引かれて俺はそのまま覆いかぶさる感じで天導時を下に敷いていた。

「お前、私が今叫んだらどうなるかわかってるんだろうな?」

 にやっと笑われ、俺はただのアイドルと言う認識を捨てざるを得なかった。慌てて逃げようとする俺を戦闘アイドルは逃がしちゃくれない。

「せめて四肢の一部でも」

「させるかっ」

 しかし、足とか腕とか絡まれていて動くことすら叶わなかった。

「ま、マジかよっ」

「売り出し中のアイドルを押し倒したんだ。覚悟は出来てるんだろ。お前のいい分を聞くセンセーなんざいないよ」

「くそっ、どうせ覆いかぶさるんだったらもっとボインがよかった」

「……いい度胸じゃねぇか」

 ネクタイを引っ張られて俺は危うくキスしそうになる……と思ったら、次の瞬間には唇を合わせていた。

「んぷっ!?」

「げほっ、てめぇ、何しやがるんだっ」

 そしてそのまま放り投げられた。背中を嫌と言うほど廊下にぶつけて肺の中の空気が一気に吐き出される。

「……本当にお前、抹殺されてぇみたいだな」

「た、ただじゃ済まないのはそっちも同じだろ」

 俺がポケットから取り出すのはボイスレコーダー。

 必要になると思い買ってポケットに突っ込んでおいた。一部始終の会話は既に入っている。

「それ、寄こせっ」

 伸ばされた手をすりぬけて俺は逃亡を決め込む。

 何だか、逃げてばっかりだよな。


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