第14話 ざまぁの幕引き。策に溺れた愚者たちを妖怪の囮として使い潰す
大宮ダンジョン第四階層。アンバーの魔力結晶が放つ不気味なオレンジ色の光の中、赤黒い『絶対魔力封じの結界』に閉じ込められた空間は、完全な死地と化していた。
ズシンッ、ズシンッ……!
通路の奥から、中層を徘徊する『アイアン・ボア』や『ロック・リザード』といった装甲獣たちの重い足音が、地鳴りのように迫り来る。
彼らは魔法を弾き返す強固な外殻を持ち、その突進は分厚い鋼鉄の扉すら容易く紙屑に変える。
そんな化け物たちが、『魔獣寄せの香石』の匂いに狂い、血走った目を剥いて殺到してきていた。
「ひっ……! あ、あああああっ! 来る! 来るなあああっ!」
シルバーウィングのリーダーである赤い鎧の男は、岩壁に背を向けたまま、半狂乱になって絶叫した。
彼の右足は、通路のあちこちに張り巡らされた『土蜘蛛』の極細の粘糸に完全に絡め取られ、一歩も動くことができない。
仲間の魔術師たちも同様に、手足を強靭な糸に拘束され、蜘蛛の巣にかかった羽虫のように無様に藻掻いていた。
「な、なんで……! 魔力を封じる結界の中で、なんでトラップが作動してんだよ! てめぇ、どんな不正を使いやがった!?」
血走った目で喚き散らす男を見下ろし、太田佑は狐面の下で、底知れぬほど冷たい笑みを浮かべた。
「……不正、とは心外ですね。俺の使役する者たちは、システムに依存した脆弱な魔法などではありません。己の血肉と魔石を糧とし、純粋な『物理法則』としてこの空間に顕現する存在。……ただの魔力遮断で、俺の兵法が封じられるとでも思ったのですか」
佑の言葉は、氷の刃のように冷徹だった。
戦国時代を生き抜いた太田資正の魂からすれば、システムという盤面に甘えきった彼らの策など、児戯に等しい。
「(……とはいえ、このままでは装甲獣の群れがこちらにも向かってくる。防壁を用意せねばな)」
佑は足元の影に意識を向けた。
魔力封じの結界内であっても、己の影に潜む妖怪たちとの霊的なパスは切れていない。
「いでよ、塗り壁。愚者たちの背後を塞ぎ、我が陣地を完成させろ」
ズズンッ……!
男たちの背後、結界の境界線ギリギリの空間に、黒い水彩画のインクが滲み出したかと思うと、苔むした巨大な岩の板――『塗り壁』が音もなくせり上がった。
「なっ……!? 壁!? なんでこんなものが……っ!」
「これで、貴方たちの退路は完全に断たれました。結界の解除キーを持っているとはいえ、後ろは岩壁、手足は蜘蛛の糸。……まさに袋のネズミですね」
佑は解体用ナイフを逆手に構え、嘲るように肩をすくめた。
そして、男の耳元に顔を寄せ、極めて冷酷な声で囁く。
「戦場では、背後にも気を配るべきだったな。……俺の背中ではなく、己自身の背後にな」
その言葉が引き金となったかのように、通路の奥から先頭のアイアン・ボアが、猛烈なスピードで結界内へと突入してきた。
『ブゴォォォォォォッ!!』
金属質の剛毛に覆われた体長三メートルの巨大な猪。
その血走った眼球は、魔獣寄せの香石を懐に隠し持っているシルバーウィングの面々を、一直線に捉えていた。
「ひぃぃぃっ! や、やめてくれ! 来ないでくれぇぇっ!」
男たちが悲鳴を上げる。
佑は、土蜘蛛の糸を巧みに操り、自身へと向かってくるわずかな殺気を逸らしながら、ひらりと後方へと跳躍した。
彼が狙うのは、あくまで装甲獣とシルバーウィングを衝突させ、漁夫の利を得ることだ。
「さあ、ざまぁの幕引きと行こうか。貴方たちは、俺の代わりに存分に囮としての役目を果たしてください」
佑がドローンのカメラに向かって、わざとらしく「あわわわっ! 逃げなきゃ!」と叫びながら岩陰に身を隠す。
その直後、アイアン・ボアの巨大な牙が、赤い鎧の男へと容赦なく振り下ろされた。
ガガァァァンッ!!
「ぎゃあああああっ!!」
男の絶叫がアンバーの空間に響き渡る。
赤い鎧がひしゃげ、アイアン・ボアの突進の余波で、男の身体は背後の『塗り壁』へと激しく叩きつけられた。
絶対的な固定力を持つ塗り壁は、その衝撃を完全に反射し、男の肺から強制的に空気を絞り出す。
『ギャァァッ! 助けて、リーダー!』
『嫌だ、食われたくない、嫌だあああっ!』
続いてなだれ込んできたロック・リザードたちが、拘束されて身動きの取れない魔術師たちへと群がり、そのローブを引き裂きにかかる。
魔力封じの結界内では、彼らの得意とする炎や雷の魔法は一切使えない。
ただの肉の塊となったエリートたちは、圧倒的な物理的暴力の前に、無残に蹂躙されていく。
『うわぁぁぁ……エグい、マジでエグすぎる……』
『因果応報とはいえ、見てられないレベルだろこれ……』
『でもこいつら、太田ニキをモンスターの餌にしようとしてたんだぜ? 自業自得だろ』
『結界張って、香炉持って、自分から囮になってくれるとか、最高のエンターテイナーだな!』
『太田ニキ、岩陰でプルプル震えてるフリしながら、絶対笑ってるだろwww』
配信のコメント欄は、恐怖とドン引き、そして強烈な「ざまぁ」のカタルシスで完全に狂乱状態に陥っていた。
エリート面をして底辺を見下していた者たちが、己の浅ましい罠に溺れ、泥水と血反吐を吐きながら命乞いをする。
その様子を、安全圏から冷ややかに見下ろす底辺テイマー。
この圧倒的な逆転劇こそが、世界中の視聴者を惹きつけてやまない「太田佑のハメ殺し配信」の真骨頂であった。
「(……さて。ネズミどもが適度に装甲獣の体力を削ってくれた頃合いか)」
狐面の下で冷徹に戦況を分析していた佑は、男たちの悲鳴が虫の息へと変わったのを見計らい、静かに岩陰から立ち上がった。
シルバーウィングの面々は、鎧やローブをズタズタにされ、全身打撲で気を失っている。
セーフティフィルターギリギリの凄惨な光景だが、命までは奪われていないようだ。
「(戦場において、敵の武器を奪うのは定石。……結界の解除キーは、あいつの腰のポーチか)」
佑は、獲物に群がって隙だらけになっている装甲獣たちの背後へと、音もなく忍び寄る。
魔法耐性を持つ強固な装甲も、関節の隙間や、目、口内といった生体的な急所までは覆い尽くせていない。
シュルルッ!
佑の指先の動きに連動し、土蜘蛛の極細の粘糸が、アイアン・ボアの前足に幾重にも絡みつく。
『ブゴォッ!?』
体勢を崩し、前のめりに倒れ込む巨体。
その瞬間、佑はシネマティックなスローモーションのように、空を舞うような跳躍を見せた。
狐面の白い影が、アンバーの光の中を滑らかに横切る。
ズバァッ!
逆手に持った解体用ナイフが、アイアン・ボアの首の後ろ、装甲の継ぎ目である頸椎の隙間へと、一切の抵抗なく吸い込まれた。
ミリ単位の狂いもない、外科手術のような精密な刺突。
神経を完全に断ち切られた装甲獣は、悲鳴を上げる間もなく光の粒子となって霧散した。
「(一匹。……次だ)」
休む間もなく、佑は着地の反動を利用して身を翻す。
仲間の死に気づいて振り返ったロック・リザードの顎下へと潜り込み、その柔らかな喉元を深々と切り裂く。
吹き出す血飛沫を狐面ギリギリで躱し、死体を蹴り台にしてさらに後続の敵へと躍りかかる。
それは、もはや戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的で、そして芸術的なまでの『舞』であった。
魔力を一切使わず、ただ生体力学と物理法則のみを駆使した、純粋な殺戮の剣術。
結界によって魔法を封じられているはずの空間で、佑だけが、水彩画の筆を振るうように自由に命を刈り取っていく。
『………………は?』
『えっ、ちょ、魔法使えないんだよな!?』
『なんでアイアン・ボアの装甲を、あんなペティナイフみたいなので貫通してんだよ!!』
『装甲斬ってるんじゃない! 関節の隙間にミリ単位で刃をねじ込んでるんだ!』
『土蜘蛛の糸で動きを制限してからの、確定急所攻撃……!』
『魔力封じの結界が、太田ニキにとっては何のデバフにもなってないwww』
『むしろ、エリート共の魔法が飛んでこない分、安全に狩りできてるだろこれwww』
視聴者たちは、佑の圧倒的な強さと、その戦術の異常なまでの完成度に、ただただ圧倒されていた。
数分前まで地獄絵図だった空間は、今や佑という一人の『妖将』による、独壇場の処刑場と化している。
わずか五分。
結界内に侵入した十数体の装甲獣は、一匹残らず光の粒子となり、大量の中級魔石へと変わった。
「ふぅ……。こ、怖かったぁ……。なんか、急にモンスターが倒れちゃった……」
佑は血糊のついたナイフを隠すようにして、狐面を押さえながらわざとらしく安堵の声を上げる。
ドローンのカメラに向かってペコペコと頭を下げながら、彼は気絶している赤い鎧の男の腰から、魔力封じの結界の解除キーをちゃっかりと抜き取った。
カチッ、という音と共に、赤黒い結界が音を立てて砕け散る。
「(……さて、この愚者たちの処遇だが。ここで息の根を止めるのは容易いが、それではあまりにも芸がない)」
佑は気絶している男たちを見下ろし、狐面の下で冷酷に思考を巡らせた。
彼らはすでに社会的な地位を失い、今回の件でさらに多額の借金(違法アイテムの購入費)を抱えているはずだ。
生かして絶望の底で這い蹲らせる方が、戦国の世の習いとしては正しい『ざまぁ』の作法である。
「(それに、この配信の映像が残っていれば、彼らはギルドへの殺人未遂で完全に豚箱行きだろう。……ご苦労だったな、囮ども)」
佑は彼らを放置し、散らばった中級魔石を手早く回収し始めた。
影の中から顔を出した管狐が、嬉しそうにいくつかの魔石を丸呑みしていく。
『太田ニキ、連中を放置してアイテム回収www』
『まあ生きてるみたいだし、あとはギルドの救助隊に任せとけ』
『殺人未遂の証拠は全世界に生配信されたからな。こいつらの人生は完全に終了だ』
『これにて、シルバーウィング編、完全勝利!』
コメント欄が祝祭のムードに包まれる中、佑の胸の奥で、システムを通じた無機質な声が響いた。
【対象妖怪:土蜘蛛(小型)】
【実戦データの蓄積と、装甲獣の魔石エネルギーの吸収を確認しました。】
【霊格が上昇。粘糸の強度限界値が解放され、より強固な『捕縛陣』の構築が可能となります。】
「(……ほう。糸の強度が上がったか。中層の魔石は、やはり質が良い)」
佑は満足げに頷き、狐面の奥の瞳を、さらに深層へと続く暗闇へと向けた。
「あの、皆さん……。なんとか助かりました。……でも、お姉ちゃんの薬を買うには、もっと魔石を集めないと……。だから、もうちょっとだけ、奥に行ってみます……」
震える声でそう宣言する佑に、視聴者たちは熱狂的な声援と、投げ銭の雨を降らせた。
気弱な青年の仮面を被った戦国の亡霊は、確実に力をつけ、大宮ダンジョンの深淵へとその歩みを進めていく。
そして同時刻。
この圧倒的なハメ殺しの生配信を、関東探索者ギルド本部の最上階から食い入るように見つめている『ある人物』たちの影が、静かに動き出そうとしていた。




