第12話 姉の呪いの進行。必要となる特級魔石と、深まる大宮ダンジョンの闇
大宮ダンジョン第三階層での凄惨かつ効率的な「乱獲」を終え、太田佑はギルドの貸与したドローンのカメラに向かって、深く頭を下げた。
「あ、あの……! 今日はこれで終わりにします。いっぱい魔石が拾えたので、お姉ちゃんの薬、ちゃんと買えそうです……。見てくれた皆さん、ありがとうございました……!」
狐面の下からわざとらしく震える声を絞り出し、佑は配信の終了ボタンを押した。
プツン、という音と共にドローンの赤いランプが消え、世界中に繋がっていたネットワークが遮断される。
だが、配信が終了した後の黒い画面に向かって、視聴者たちの熱狂は冷めるどころかさらに加速していた。
『お疲れ太田ニキ! 最高のホラーショーだったぜ!』
『「拾えた」じゃなくて「収穫」したんだろwww』
『あんな効率的なハメ殺し見せられたら、もう他のエリート探索者のゴリ押し魔法配信なんて見れないわ』
『同接八万人突破してたぞ……! これ絶対、明日のニュースでもトップだろ』
『お姉ちゃん思いのサイコパス、マジで推せる』
無自覚な底辺テイマーを演じる佑の思惑通り、彼の陰湿で洗練された戦術は、平和な日常に退屈していた大衆の脳髄を完全に焼き切っていた。
「(……さて、今日の興行はこれくらいで十分だろう。過度な露出は身の破滅を招くからな)」
佑は狐面を外し、リュックに大量の魔石を詰め込んだ。
足元の影からは、満腹になってご機嫌な管狐が「チィッ」と鳴いて顔を出し、すぐまた影の奥へと溶けていく。
空間固定の絶対防壁である『塗り壁』も、限界まで魔物の運動エネルギーを吸収し、次なる進化への眠りについていた。
佑は足早にダンジョンを後にし、地上へと向かうポータルをくぐった。
*
関東探索者ギルド本部、地下の特別研究室。
佑がリュックの中身を机の上にぶちまけると、ガラガラと音を立てて数百個もの低級〜中級魔石の山が築かれた。
「あははははっ! 素晴らしいわ佑くん! たった数時間でこれほどの量を……! ギルドの中隊クラスが一日がかりで集めるノルマを、たった一人で、しかも無傷でこなすなんて!」
白衣の受付嬢・雨宮結衣は、魔石の山に頬擦りせんばかりの勢いで歓喜の声を上げた。
彼女の目の下のクマは興奮で赤く染まり、狂気的な知への渇望がその瞳にギラギラと輝いている。
「これらはすべて換金してくれ。……それと、約束通り、一番高価な『霊薬』の抽出液を頼む」
「ええ、もちろんよ。特別研究室の予算で最高品質のものを手配してあるわ」
雨宮は上機嫌で銀色のジェラルミンケースを取り出し、中から淡い金色の液体が入った小瓶を佑に手渡した。
佑はそれを丁寧に受け取ると、鋭い視線を雨宮へと向ける。
「……牝狐。あの『黒死の騎士』のデータは取れたか」
その言葉に、雨宮の表情からスッと笑みが消え、研究者としてのシリアスな顔つきに変わった。
彼女は手元のタブレットを操作し、空間の魔力波長を示す複雑なグラフを空中に投影する。
「ええ。あなたの『塗り壁』が接触した瞬間のデータ、バッチリ取らせてもらったわ。……でも、状況はあまり良くないわね」
「どういうことだ」
「あの黒死の騎士は、大宮ダンジョンの深層――第十階層以降に封印されているはずのAランクボスよ。それが第三階層に出現した原因は、単なる空間バグじゃない」
雨宮は爪を噛みながら、忌々しげに画面を睨みつけた。
「ダンジョンそのものの構造が、内側から崩壊し始めているのよ。深層の瘴気が浅層へと漏れ出し、空間の境界線を溶かしている。……シルバーウィングの馬鹿どもが使った『狂乱の香』の異常な魔力濃度が、その崩壊のトリガーを引いてしまったのね」
「(……ダンジョン自体の崩壊、だと)」
「ええ。次にあの騎士が浅層に現れる時は、数秒で消えるような空間バグじゃ済まないわ。……本格的な『モンスターハウスの浮上』が起きるかもしれない」
その言葉の裏にある絶望的な予測を、佑の戦国武将としての頭脳は瞬時に理解した。
もし深層の化け物どもが浅層に、あるいは地上に溢れ出せば、大宮の街は血の海と化す。
「……上層部には報告しないのか」
「したところで、無能なエリートたちは『あり得ない』と笑うだけよ。彼らはシステムの安全神話を盲信しているから」
雨宮は冷たく吐き捨てた後、再び妖艶な笑みを浮かべて佑を見た。
「だから、私にはあなたが必要なの。ダンジョンのシステムすら破壊する、本物のイレギュラーであるあなたがね」
「……買い被るな。俺の目的は、あくまで姉ちゃんの呪いを解く特級魔石を手に入れることだけだ」
佑は冷たく言い放ち、霊薬の小瓶を懐にしまうと、研究室を後にした。
*
探索者専用の総合病院。
消毒液の冷たい匂いが漂う廊下を抜け、佑は姉・太田凛の病室の扉を静かに開けた。
窓から差し込む夕日が、水彩画のオレンジ色のように病室を淡く染めている。
だが、ベッドの上に横たわる凛の姿を見た瞬間、佑の心臓は冷たい手で鷲掴みにされたように凍りついた。
「姉ちゃん……っ!」
佑は思わず駆け寄り、凛の細い手を握りしめた。
数日前に見舞いに来た時よりも、状況は明らかに悪化していた。
凛の首筋から鎖骨にかけて這い回っていた、茨のタトゥーのような赤黒い痣。
それが今は、まるで意思を持った毒草のように、彼女の頬や腕にまで深く、色濃く侵食していたのだ。
浅く、苦しそうな呼吸を繰り返す凛の肌は透けるように白く、生命の灯火が今にも消え入りそうに揺らいでいる。
「……佑、なの……?」
微かな声。凛が薄く目を開け、焦点の定まらない瞳で弟を見つめた。
「うん、僕だよ。……これ、ギルドでもらってきた特効薬だ。すぐに先生に打ってもらうからね」
「ごめん、ね……。佑に、迷惑ばかり……」
「そんなこと言わないで! 姉ちゃんは僕のたった一人の家族なんだから……!」
佑は震える手でナースコールを押し、駆けつけた医師に雨宮から受け取った霊薬を託した。
点滴を通じて金色の液体が凛の体内へと流れ込むと、茨の痣はわずかにその色を薄め、凛の呼吸もいくらか穏やかになった。
だが、病室の外に佑を呼び出した担当医の表情は、極めて暗かった。
「……太田くん。残酷なことを言うようだが、あの霊薬は一時的な『延命措置』に過ぎない」
「そんな……! あれは、ギルドの最高品質の薬のはずじゃ……!」
「お姉さんを蝕んでいる呪いは、大宮ダンジョン深層の未知の西洋モンスターが放った極めて悪質なものだ。術者の魔力とリンクしており、霊薬の力すら徐々に学習して抗体を作ってしまうんだよ」
医師は重い溜息をつき、佑の肩に手を置いた。
「完全に呪いを浄化するには、呪いの発生源である深層ボス――『黒死の騎士』を討伐し、その体内にある『特級魔石』を直接触媒にするしかない。……だが、Aランクのボスなど、今の日本のトップギルドが総力を結集しても勝てるかどうか……」
医師の言葉は、そこから先は佑の耳には入っていなかった。
病室の窓越しに、眠る姉の横顔を見つめる。
かつてトップ探索者として輝いていた自慢の姉。自分を庇って呪いを受け、こんな冷たいベッドで命をすり減らしている。
ドクン、と。
佑の奥底で、戦国時代を生き抜いた太田資正の魂が、激しい怒りと共に咆哮を上げた。
「(……システムがどうした。格上がどうした。俺の大切なものを脅かす輩は、西洋の化け物だろうが神だろうが、一匹残らずこの手ですり潰す)」
佑は無意識のうちに、自身の拳から血が滲むほど強く握りしめていた。
気弱な弟の仮面の下で、妖将としての剥き出しの殺意がドロリと溢れ出す。
「(……時間が無い。浅層で小銭を稼いでいる暇は無くなったということか。……待っていろ、黒死の騎士。貴様の首を、必ずこの手で刎ねてやる)」
*
病院を後にした佑は、人気のない路地裏でスマートフォンを取り出し、雨宮のプライベート回線へと暗号化されたメッセージを送った。
『予定を変更する。明日から、大宮ダンジョンの中層エリア――第四階層以降の攻略を開始する。必要なゲートの通過許可と、中層の地形データをすべて送れ』
すぐに、雨宮から狂喜に満ちた返信が届く。
『ええ、喜んで! でも気をつけて佑くん。中層は、魔法耐性を持った装甲獣がうろつく激戦区。そして何より……あなたの動画を見たエリート探索者たちが、あなたの『秘密』を暴こうと血眼になって網を張っているわ』
『(……有象無象のハエどもが。俺の進軍を阻むというなら、まとめてキルゾーンの餌にしてやるまでだ)』
佑は冷たく液晶画面を閉じると、足元の影を見下ろした。
彼が浅層で回収した大量の魔石のエネルギー。その大半を注ぎ込み、影の最深部で大切に温め続けていた『第三の卵』。
ドクン、ドクンと。
影の中で、強烈な霊力を放つ何かが、孵化の時を待ちわびて脈打っている。
「……出番は近いぞ。たっぷり喰って、最高の『罠』を見せてくれよ」
底辺テイマーの静かなる狂気は、姉を救うための執念と結びつき、ついに凶悪な魔法獣が蠢く中層エリアへとその牙を剥こうとしていた。




