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第3話

「久しぶりだな……」


最後に森へ来たのは、いつだっただろうか。


俺が勇者を辞めてから三年。

そのあいだ、ろくでなしみたいな生活を送っていたのだから、たぶん三年ぶりくらいだろう。


三年という時間は、エルフにとっては短いものかもしれない。

だが、人間にとってはかなり長い時間だ。

人間の寿命はだいたい七十年。

つまり、ほぼ五パーセントくらい。


「考えてみれば、もうすぐ俺も三十五か」


村で畑を耕して暮らしていたのが、つい昨日のことのように思える。

だが、それももう十三年も前の話だ。


「故郷の連中は、元気にしてるのかね……」


別に村で重要な役目を担っていたわけではない。

それでも、それなりに力仕事はこなしていた俺だ。


俺が勇者になるために村を出た日、たくさんの人が見送ってくれた。

今頃は、俺の存在なんて皆に忘れられたまま、平和な一日を過ごしているのだろう。


「変な気分だな」


近くの木になっていたリンゴをぷちりともぎ取り、服でごしごしと拭いてから一口かじった。


甘く、それでいて少し酸味のある味が、口いっぱいに広がる。


「それにしても、本当にここにゴブリンなんているのか?」


ゴブリンは森に棲む。


特に、こういう鬱蒼とした森を好む。

道に迷った人間をさらいやすい場所でもあり、食える獣も多く歩き回っているからだ。


それ以外にも、自分たちの根城を隠せるという利点がある。

最弱種である連中にとって、こういう薄暗い森は最高の拠点というわけだ。


森をかき分けながら奥へ進むこと数分。

何かが現れた。


ぴょん。


「ん……」


半ば折れた長い耳。

ぴくぴくと動く三角形の鼻。

頭の上に生えた立派な角。


ホーンラビットだ。


あいつは食材として人気の高いモンスターである。

味も淡白で癖がないため、多くの料理に使われる。

角は装飾品にもよく使われるため、冒険者ギルドが常時買い取っているモンスターの一つでもあった。


「あとで戻れるかもしれないし、その時の酒代くらい稼いでおくか……」


決めたら動くのが俺の信条だ。


視界に見える白い点をそいつに合わせ、ありったけの力で槍を投げた。

一瞬で飛んでいった槍が、そいつの身体を貫く。


「あ……」


だが、槍の大きさが大きすぎたせいだろうか。

ホーンラビットの身体はどこへやら、そこにはぐちゃぐちゃに潰れた肉塊だけが残っていた。


「直接走って捕まえるしかないな……」


そうため息をつきながら、ホーンラビットがいた場所から身体を向け直そうとした、その時。


キギッ。


不快な音が鼓膜を打った。

同時に、藪をかき分けるがさがさという音が聞こえてくる。


視線を向けると、そこにいたのは緑色の肌を持ち、下半身にぼろ布のような布切れを巻いた、腹の出たモンスター。


ゴブリンどもが、俺を見て笑いながら立っていた。

どうやら連中の目には、俺が餌にしか見えていないらしい。


「この槍、見えてねぇのか……」


まともなやつなら、この槍を見ただけで逃げ出しているはずだ。

やはり知能が低い――


「今日の飯はあいつだ、キィッ!」


「ん?」


今、あいつが喋った。

それも、人間の言葉で。


だが、どうやって?

ゴブリンは人間の言葉を話せないモンスター……のはずだが……?


「硬いけど、人間は肉がたくさん取れる、キィッ!」


「俺はメス! メスが食いたい、キィッ!」


「メスならさっき捕まえた、キィッ! そいつを食えばいい、キィッ!」


「それは聞き捨てならない話だな?」


俺が口を開くと、ゴブリンたちは驚いたようにこちらを見た。


「人間がどうして俺たちの言葉を話すんだ、キィッ!」


「初めて見る、俺たちの言葉を話す人間、キィッ!」


「そりゃよかった。俺も初めて見るよ。人間の言葉を話すゴブリンはな」


槍を握り、腰を落として構えた。


ゴブリンは手に持っていた棍棒をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばる。


「どうやら、あの人間は連れていったほうがよさそうだ、キィッ!」


「ゴブリンの言葉を話す人間、キィッ! 捕まえていけば、呪術師が人間の肉をたくさんくれる、キィッ!」


「お前ら、どうしてこうも俺と意見が合うんだ? 俺もお前らの根城を探していたところなんだよ。だがな、俺は捕まって連れていかれるより、自分で訪ねていくほうが好きなんだ」


そのまま駆け出し、一匹の心臓めがけて槍を突き込んだ。


赤い血が、俺の槍先を伝って地面へぽたぽたと落ちる。


「キェッ! クルンが死んだ!」


「強すぎる人間だ、キィッ!」


槍先にぐったりとぶら下がったゴブリンを、足で蹴り飛ばして外した。


自分たちの実力では勝てないと悟ったのだろう。

残った連中は逃げ出し始めた。


「本気で逃げる気か?」


そうはさせない。


槍を持ち上げ、そのまま逃げる一匹へ向かって投げた。

百発百中の槍は、そいつの頭を貫いた。


隣にいたゴブリンが死んだのを見て、最後の一匹は脚から力が抜けたようにその場へへたり込み、俺を見上げる。


俺はそいつに近づき、しゃがみ込んで目線を合わせた。


「どうする? お前も友達の後を追って黄泉へ行くか?」


「い……いやだ! コクは死にたくない!」


「いい考えだ。友達が死んだら、お前だけでも生き残らないとな」


俺も、そうだったし。


「さあ、案内しろ。お前が暮らしている根城まで」


ゴブリンの根城といったところで、大したものではない。


木を切る力も、丸太を運ぶ力もない連中が建てられる家など、長い枝と葉を使って作った小屋くらいのものだ。


かろうじて見られるものといえば、人間から奪った硬貨や装備で作った装飾品くらい。

それもあまりに粗末で、まともな店なら買い取ってもくれなさそうだった。


「ここだ、キィッ!」


「おお、さすがゴブリン。道を見つけるのだけはうまいな」


俺一人で探していたら、おそらくかなり長い間さまよっていたはずだ。

それほどここは、人間が来るには予想外の場所にあった。


「それじゃあ、俺を見逃してくれるのか?! キィッ!」


「そこまで仲間を売ってでも生きたいのか?」


「どうせあいつらも、俺と同じゴブリンだ、キィッ!」


「あ、そう?」


同じやつなら仕方ない。


ずぶり。


「キェッ?」


槍の穂先が、ゴブリンの頭蓋を貫いて飛び出した。

柄を握って引き抜くと、そいつの頭が地面へ突っ伏す。


「同じやつなら、死んだほうがましだろ」


死体を足で蹴りどけ、俺はゆっくりと根城の中へ入っていった。


「キィッ! 人間が来た!」


ひと騒ぎが起きた。


近くで見張りをしていたゴブリンの一部は、俺が現れたことを四方へ知らせるために走り出し、残りは俺がこれ以上入ってこないよう立ちはだかった。


「止めろ、キィッ!」


逃げていくゴブリンのほとんどは、メスのゴブリンと子ゴブリンたち。

大半のオスのゴブリンは、棍棒や弓を握りしめたまま、俺のほうへ近づいてくる。


「人間、どうやってここまで来た?! キィッ!」


「どのゴブリンかが裏切ったに違いない、キィッ!」


ゴブリンどもが今にも飛びかかってきそうな構えを取っている。

なら、俺もそれに対する答えを返してやるべきだろう。


「今から飛びかかってくるやつは全員、頭に風穴が開くと思え」


俺の言葉を理解したゴブリンたちが、動揺する。

一部は怯えたように後ずさっているのも見えた。


「人間は一匹! キィッ! 俺たちはたくさん! キィッ! 勝てる!」


そう叫びながら飛びかかろうとするゴブリンどもへ、槍を突き入れようとした、その時。


「止まれ、キィッ!」


ゴブリンたちの背後から、不快な声が聞こえた。


そちらへ視線を向けると、一匹のゴブリンが杖をついて立っていた。


頭には羽で作られた冠をかぶり、ほかのゴブリンとは違って腕輪や首飾りのような装飾品を身につけ、さらに赤い服まで着ているやつ。


おそらく、あいつが祭司だろう。


「この人間は大切な客人だ、キィッ! 皆、どけ、キィッ!」


俺を大切な客人と呼んだゴブリンの祭司は、ゆっくりと俺のほうへ近づいてきた。


「まずは中へ入れ、キィッ!」


「お前は少し頭が回るやつみたいだな」


そいつはゆっくりと小屋へ向かい、俺はゴブリンの祭司の後について小屋へ入った。


小屋の中は、息が詰まるほど暑く、湿っていた。

風一つ通らない場所で、どうやって暮らしているのやら。


「食うか? キィッ?」


そいつが器を一つ、俺の前に差し出した。


中には、焼かれていない生肉の欠片がいくつか入っていた。

残念ながら、この肉が何なのかは大体予想がつく。


「同族食いを勧めるとはな」


「これは人間の肉ではない、キィッ。俺はほかのゴブリンとは違って知識がある、キィッ。人間が同じ人間を食わないことは、よく知っている、キィッ」


「じゃあ何の肉だ?」


「ホーンラビットの肉だ、キィッ」


「そりゃいい知らせだな」


幸い、人間ではないことはわかった。


だが、野生の生肉を食うというのは、自分の腹の中を寄生虫どもの無料食堂にするようなものだ。

それをわかったうえで食う義理など、ゴブリン相手にはない。


俺が食べずにいると、そいつは器を自分の前へ引き戻し、肉を一つ口に入れた。


くちゃくちゃという音が、小屋の中に広がる。


「人間、まず聞く、キィッ。俺たちの集落には、なぜ来た、キィッ」


「お前らのところに来た理由? 簡単だ。俺を騙して契約したやつが、自分の巣を管理しろって言うんだよ。だから仕方なく、洞窟を守るやつらを集めなきゃならない状況になったってわけだ」


「洞窟の警備が欲しいのか、キィッ?」


「そうだ。とりあえずゴブリンを警備兼、そこへ来る人間どもの盾にするつもりだ」


俺は、そいつがすぐに怒り出すと思っていた。


自分の同族を盾に使うと言われたのだ。

リーダーである祭司の立場からすれば、クソみたいな状況のはずだからだ。


だが、このゴブリンの反応は、思ったよりも淡々としていた。


「お前が契約したあの御方も、同じ考えなのか、キィッ?」


「俺に任せると言ったんだ。つまり、俺の意見があいつの意見ってことだ」


「ならばわかった、キィッ。我らがあの御方の巣を守ろう、キィッ。だが、我らにも……」


「ああ、何かないのかって? あるさ、当然」


今の状況で、こいつらが切実に欲しがりそうなもの。


俺はそれを持っている。


「命だけは助けて差し上げますよ」

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