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第4話

「まったく、厄介なことになったものだ……」


ホセン大公国の首都、ホセフォルカ。


この世のすべての富を握っていると言っても過言ではないホセン家の首都らしく、普通の都市では夢にも見られないような煉瓦の道が、街のあらゆる方角へ長く伸びている。


そして、その中心。


誰もが一目見れば畏敬の念を抱くほど巨大な城が、風にはためく旗を掲げ、堂々とそびえ立っていた。


「どうすればいいと思う?」


その周囲には、各官僚たちの屋敷が建ち並んでいる。


平民はもちろん、市民でさえ夢の中でしか袖を通せないような華やかな礼服やドレス、さまざまな装飾品を身につけた者たちが行き交う官僚区。


その一角にある、青い屋根の屋敷。

その執務室に、二人の男がいた。


一人は、この屋敷の主人と思われる男。

きれいに切りそろえた髪と、整えられた髭を持つ男だった。


もう一人は、片眼鏡をかけ、白い髪を後ろで長く束ね、丈の長いジャケットを身にまとった若い男。


二人が話し合っている内容は、一つだった。


「冒険者たちに、ゴブリン退治の依頼を出してはいかがでしょうか?」


彼が治める領地、トレル。

そしてトレルの周囲に広がるトレルの森に現れるゴブリンの件である。


「冒険者に任せるのは悪くない。だが……ゴブリンを狩るためだけに、あの遠い山奥まで行こうとする冒険者がいるかどうか」


依頼を受け、モンスターを狩る職業。

それが冒険者だ。


彼らがトレルまで行ってゴブリンを討伐してくれるなら、それに越したことはない。


だが、残念なことに、ゴブリンはかなり弱いモンスターだった。

そのため、報酬もかなり安い。


もちろん、報酬を上げれば済む話ではある。

しかし、たかがゴブリン退治に高い金を払えるほど、彼の懐は潤っていなかった。


実に頭の痛い話だった。


一日に何度も、村長の名義で村からゴブリン討伐の要請が届いている。

ちょうど政治に力を入れなければならない時期だというのに、よりにもよってゴブリンが現れ、絶えず神経を逆撫でしてくる。


今の状況は、彼にとって実に腹立たしいものだった。


「フレドリック騎士を送るのはいかがでしょう?」


「フレドリックは駄目だ。ただでさえ私を狙う者が多いというのに、フレドリックが離れたとなれば、噂を聞いた連中が間違いなく暗殺者を送ってくる」


片眼鏡の男は、腕を組んだまま考え込んだ。


「何かいい手は……いい手はないものか……」


そう悩んでいた時、片眼鏡の男がにやりと笑った。


「では、こういうのはいかがでしょう?」


「何だ?」


「勇者を利用するのです」


「勇者を……?」


勇者という言葉に、貴族の男は腕を組んだまま考え込んだ。


「ロフェル男爵様も当然ご存じでしょうが、勇者という者たちは民を助け、魔王を討つための人間です。そういう者たちは名誉で飯を食っている連中。彼らに依頼すれば、少ない金でも引き受けてくれるはずです」


「だが……ここに勇者がいなければ話にならん」


「勇者ならおります」


「本当か!?」


「はい。今朝、兵士が噂を持ってきました。勇者フレイアがホセフォルカに入った、と」


その言葉に、男爵は机を叩き、勢いよく立ち上がった。


「ゼペット。今すぐ勇者フレイアを屋敷へ連れてこい!」


数多くの冒険者が集まる冒険者ギルド。


その中で、人々は静かにある一団を見つめていた。


彼らは、かなり有名な勇者パーティーだった。


がしゃり、がしゃり。


ウェーブのかかった赤い髪。

目元に泣きぼくろを持つ、色気のある顔立ちの女魔法使い。

紅炎のズレイ。


女神の化身と呼ばれる、美しく慈悲深い神官。

神の使徒オセリン。


この二人はかなり有名な冒険者だったため、多くの者が知っていた。


だが、一人。


全身を鉄鎧で覆い、腰には剣、背には盾を背負った騎士、フレイア。


フレイアについては、世間にあまり知られていなかった。

顔を知る者はおろか、男なのか女なのかを知る者さえいない。


邪魔となる人間とモンスターを片っ端から殺戮し、魔王を討つためにひたすら前へ進み続ける勇者。


人々は、そんな彼女をこう呼んだ。


『神の粉砕者』


「いらっしゃいませぇ……」


カウンターに立ち、明るく笑う少女、エイミーが彼らに挨拶した。


フレイア一行がホセフォルカに来るという噂は聞いていた。

だが、正確にいつ来るのかまではわからなかったため、彼女はどうか自分の勤務時間だけは避けてくれと、必死に祈りながら働いていたのだ。


――天も薄情だわ……どうしてよりによって私の時間に……。


今にも涙がこぼれそうだったが、彼女はどうにかそれを堪え、仕事を始めた。


「ようこそお越しくださいました、勇者フレイア様! それから、ズレイ様とオセリン様!」


「ここがホセフォルカの冒険者ギルドかぁ? 金持ちの街なのに、ほかの場所とあんまり変わらないんだね?」


「そ、それは……冒険者ギルドは富を誇示する場所ではありませんので! ですから木造で……」


彼女が無理やり笑顔を作って答えると、神官であるオセリンが微笑みながら言った。


「答えなくて大丈夫ですよ。私たちも、そのくらいはわかっていますから」


――どっちに合わせればいいのよ……?


エイミーはぎこちなく笑った。


「ご依頼をお受けになるご予定ですか? それとも、お部屋を……」


「空き部屋はありますか? あるなら部屋を借りたいのですが」


「はい、もちろんです! お部屋三つに、入浴と食事つきで、お一人様四シルバー。合計で十二シルバーになります!」


「けっこう高いね?」


「そ、それは……私も決められた通りにお伝えしているだけでして……」


「お姉さーん、そう言わずに少し安く――」


ちゃりん。


硬貨が転がる音が、エイミーの耳に響いた。


話していたズレイは、フレイアを見て深くため息をついた。


「少しでも安く泊まらなきゃでしょ。こうやって毎回、定価ばっかり払ってたら、あたしたちだって食べていけないんだからね?」


駄々をこねるように話すズレイを無視して、フレイアが横にある階段を上がっていく。


すると、オセリンがズレイの肩を軽く叩いた。


「もう諦めてください」


「お金の管理をしてるのはあたしなんだよ! このままじゃ、次の街まで行く資金が足りなくなったらどうするのさぁ!」


「その時は、ここで依頼を受ければいいでしょう!」


そうして二人は言い合いながら、部屋へと上がっていった。


しばらくして物音が静まると、エイミーは深く息を吐いた。

それから、冒険者ギルドの中は再びざわめき始めた。


「寿命が十年縮んだ……」


彼女は胸を撫で下ろした。


自分の言葉が原因で、フレイアが剣を抜き、首を刎ねるのではないかと心配していた。

だが、どうやら遠くまで広まっている悪名とは、少し違う人物らしい。


「いつ出ていくのかしら……」


いつまでも不安を抱えて暮らすわけにはいかない。


エイミーがため息をつき、彼らが早く出発してくれるよう祈っていた、その時。


ちりん、ちりん。


扉が開き、一人の男が中へ入ってきた。


身につけているタキシードを見る限り、どうやら彼は冒険者ではなく、どこかの貴族に仕える従者のようだった。


「いらっしゃいませ」


彼女が営業用の笑みを浮かべて挨拶すると、男はゆっくりと彼女のもとへ歩いてきた。


「勇者フレイア様は、まだ到着されていませんか?」


「フレイア様でしたら……つい先ほど、お部屋へ上がられましたが」


その言葉に、男はぱっと明るく笑った。


「それはよかった! 申し訳ありませんが、フレイア様をお呼びいただけますか? いえ、むしろ私が部屋まで伺ってお話ししたいのですが、一度お尋ねいただけませんでしょうか?」


「フレイア様にお伝えすること自体は難しくありませんが……どちらからお越しだとお伝えすればよろしいでしょうか?」


「ああ、ロフェル・デ・トレペテス男爵様からの伝言だとお伝えください」


「ロフェル・デ・トレペテス様といえば……」


彼女は目を丸くした。


ロフェル・デ・トレペテス男爵。


今年起きた戦争で、城を占領する功を立てた戦争の英雄である。


「わ……わかりました」


エイミーはすぐさま、彼らのいる部屋へ向かって駆け出した。


深夜。


誰もが眠りにつく時間だというのに、屋敷の明かりは消えていなかった。


客人を迎える応接室。

その中で、五人がソファに座り、話を交わしていた。


「トレル……」


オセリンが小さな声で呟いた。


トレルは、北部ホセン大公国の中でも北の端にある村。

彼らが向かう方向とは、真逆に位置する村だった。


「あたしは反対」


ズレイが脚を組んで座り、不満げにロフェルを見た。


「方向が同じなの? 違うでしょ。じゃあ、お金をたくさんくれるの? それも違うじゃん。これ、完全に時間の無駄だよ?」


「ズレイ」


オセリンが口を塞ごうとしたが、彼女はその手を押しのけた。


「何? 事実でしょ? この依頼、あたしたちに何の得もないんだから」


「それは……そうですが……」


オセリンは反論できず、口を閉ざした。


彼女もわかっていた。

今この依頼を受けることは、時間を捨てることに等しい。


依頼の内容も、弱い弱いゴブリンを狩るだけ。

ズレイの言う通り、報酬が多いわけでもない。


しかも、向かう方向まで違う。


彼らにとって、この依頼は当然、断るべき依頼だった。


だが。


「お願いいたします、勇者フレイア殿」


目の前にいる貴族が、頭を下げて頼んでいた。


あの鼻持ちならない貴族という生き物が、民のために頭を下げる。

そんなことは、ほとんどないと言っていいほど珍しい。


――やはり、民を思う戦争の英雄なのですね……。


オセリンは彼を見て、感心した。


「いくら頼まれても、駄目なものは駄目。トレルに行ったら、あたしたちは完全に――」


「受ける」


ズレイの言葉を遮り、フレイアが口を開いた。


その瞬間に聞こえた声に、ロフェルは目を丸くして見つめた。


ロフェルが驚いた理由は、彼女が依頼を受けたことだけではない。

兜の中から聞こえてきた声のせいでもあった。


兜の奥から流れ出たその声は、低めの女の声だったのだ。


ロフェルは動揺した顔を必死に隠し、笑みを浮かべた。


「ちょ……ちょっと、フレイア! これは本当に駄目だって! これを受けちゃったら、あたしたちは――」


「私は勇者だ。ほかの人は知らない。けれど私は、危険に晒されている人々を見捨てて進むことはできない」


「そりゃそうだけど……真逆だよ? 真逆まで行って、また戻ってこなきゃいけないんだよ? そうしてる間に、ほかの連中に魔王を取られるかもしれないんだって!」


「それなら仕方ない。惜しいことをした、というだけだ」


「こ、この……!」


何か言い返そうとしたズレイは、結局、深くため息をついた。


「知らない。好きにして。あとであたしのせいにしないでよ」


その様子に、オセリンが小さく笑った。


「やっぱりズレイは、フレイアには勝てませんね」


「当然でしょ。こんな氷のお姫様、誰が勝てるっていうの? あたしの炎魔法でも溶かせない子なんだから」


「あ……ありがとうございます、勇者フレイア殿」


その言葉に、フレイアは頷いた。


すると、隣にいたズレイがロフェルへ言った。


「いいよ、この依頼は受ける。でも、あたしたちも要求するものは要求させてもらう。トレルまで行く馬車代、食費、宿代。全部そっちで負担して」


「それはご心配なく。明日、私から手紙を書き、皆様が金の心配をせず依頼が終わるまで滞在できるよう、村長に伝えておきます」


「当然そうしてもらわなきゃね!」


「ありがとうございます、ロフェル男爵様」


「感謝など。むしろ感謝すべきは私のほうです」


話が終わると、フレイアが席を立った。


「皆様、お疲れでしょう。今夜はこちらでお休みになってはいかがですか? 食事はもちろん、屋敷の浴室も使えるよう準備させます」


「じゃあ、ここで休んで――」


ズレイが承諾しようとしたのを、フレイアが腕を掴んで止め、首を横に振った。


「私たちは大丈夫です。では、これで……」


「あ、なんでぇ!? あたしはお風呂に入りたいんだけど! お風呂、お風呂!」


オセリンが言い終えると、駄々をこねるズレイをフレイアが掴み、そのまま外へ引きずっていった。

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