設定破綻、視点混乱に気づかないで、用語だけを難解にしても逆効果
設定破綻や視点混乱に気づかないまま、言葉だけを難解にするのは完全な逆効果です。
文学的に見せようとして語彙を硬くし、比喩を重ね、文章を回りくどくしても、土台が崩れていれば評価は上がりません。
むしろ選考では、
「中身が弱いことを文体で隠そうとしている」
「基礎ができていないのに背伸びしている」
と、より厳しく見られます。
設定破綻とは、世界のルールが一貫していないことです。
視点混乱とは、「誰が見て、誰が感じているのか」が曖昧になることです。
この二つは、文章が平易であっても即座に見抜かれます。
逆に言えば、語彙を難しくすれば誤魔化せるような欠点ではありません。
特に危険なのは、
「分かりにくい=高度だ」
と誤解してしまうことです。
難解な言葉が続くと、選者は内容を読み取ろうとする前に、構造の欠陥を探し始めます。
これは文学賞狙いとして最悪の流れです。
文学賞で評価される作品は、意外なほど文章が素直です。
語彙は必要十分で、文は長くない。
その代わり、設定と視点が最後まで崩れない。
だからこそ、心理描写や状況描写がまっすぐ届きます。
設定と視点は、文体よりも先に整えるべきものです。
そこに問題がある限り、どれほど言葉を飾っても加点にはなりません。
むしろ減点が増えるだけです。
文学賞狙いにおいて、難しい言葉は武器ではありません。
整った構造だけが武器になります。
設定破綻、視点混乱に気づかない電子書籍作家の作品の使い道は、筋を無視して語彙を増やすのにしか利用価値がありません。




