1、
少年は振り返る。
思えばつまらない人生だった、と。
人と人狼のハーフとして生まれた自分は、どっちつかずの半端者。人として生きるには、成長しないその容姿はあまりに異質。満月の夜には狼に変化する時点で、自分は人間とは言えない。
かと言って、完全な人狼でもない。
人間の母の血が邪魔をし、自由に狼に変化できない。それは人狼にとって、異質すぎる存在を意味していた。
更に成長が止まり、彼はずっと子供のまま。
人狼は大人になってこその最強。
いつまでも子供のままで、そして自由に狼になれない彼は、やはり人狼からも疎まれていた。
姿は少年、けれど寿命は人狼な彼は、この世に生まれ出でてから既に50年を生きる。
人間の母はとうに亡くなった。
母が亡くなった直後、父は行方をくらました。
それまで自分を守ってくれていた存在を、少年は一夜にして失ったのである。
とはいえ姿は子供、それをうまく利用すれば周囲は彼を助けてくれる。見知らぬ土地、少年を知らぬ者の場所へ行けば、必ず彼を保護してくれる者が現れた。
だが次第に、成長をしない彼に奇異の目を向けるようになる。
それが畏怖へと変わるのに、それほどの時間は要しない。人間の時間はあっという間に過ぎていくから。
最後には化け物とののしられ、追い出されたり危害を加えられることになる。それはどこへ行っても、同じ。
ならばと少年は一カ所に留まらないことにした。
どんなに気に入った場所でも、長くて一年。
そうして少年は、誰とも仲良くなることも愛されることも愛することもなく、ただ生きるために旅を続ける。
そして生まれて百年が経過しようかとしたその時、彼は再会を果たすのだ。
「父上……」
人狼の父親に。
人狼の里で、少年は父親に再会した。
別れて半世紀以上が過ぎていようとも、その姿をけして忘れたことはない。姿は子供でも精神はすっかり大人になった彼は、けれどやっぱり親との再会は嬉しいものだ。
だが、少年と同じように父親も喜ぶかと言えば、そうではなかった。自分と同じ思いを共有することは難しいことだと、少年は知らなかった。
「私を父と呼ぶな、この出来損ないめ」
「──!!」
言われたことをすぐには理解できず、言葉を失う少年。
ふと周囲を見れば、父のそばには複数の人狼が目を光らせていた。
「父上?」
「呼ぶなと言ったであろう! 私は、お前もアレのことも忘れたいのだ!」
アレ……それはつまり、父がかつて愛した母のことであろう。
あんなにも愛し合っていた二人。共に自分たちの世界を捨て一緒になったというのに。母の死を、あれほどに悲しんでいたのに。
だというのに、父は簡単に切り捨てるのかとショックを受ける。
父は人狼の里に戻り、長となっていた。すっかり人狼の世界に戻った父は、母や自分との記憶を封じ込め、無かったものにしようとしている。
それがあまりに悲しくて寂しくて辛くて……悔しくて。
どうか共にあれなくてもいい、自分のことはいいから母のことは忘れないで欲しい。
ただそう叫んだ。
叫んで、気付けば自分は地面に横たわっていた。
(ああ、俺は死ぬのか──)
父の手によって、八つ裂きにされた。殺されはしなかったものの、もう死神は目の前に迫っている。
思えばつまらない人生だった。ただ生きるためだけに、生きた。
(ここで死んでも、なんら悔いはないさ)
むしろせいせいする。
そう思って見上げた空には、満月が浮かぶ。どこか遠くで聞こえるのは、人狼の遠吠えか狼のそれか。
もう自分には関係ない。死にかけの身では、狼に変化することもできないのだから。
そう思って目を閉じた。
だが死神ではない足音が聞こえるのは、その直後。
ガサリと地面を踏みしめる音がする。
「おや、こんなところに人狼の子供がいるね」
俺は人狼ではない、完全な人狼ではないのだ。そして見せかけだけの子供。
そんなことを言ったところでどうなるか分からないし、言っても意味はない。そもそも父に喉笛を噛み砕かれて、話すこともできない。
ただ虚ろな目でその人物を見上げた。地面に横たわった自身の体は、もう動かない。目だけが最後。
そしてその目は満月より眩しい金の輝きをとらえる。その眩しさに、思わず少年は目を細めた。
「キミの名前は?」
「……」
「ああ、喉が潰れているんだね。ちょっと待って」
声から男性だとは分かるも、深くかぶったフードのせいでよく見えない。ただ垂れる長い金の髪がサラリと少年の頬を撫でた。
男が手を伸ばし、少年の額や頬、喉に触れる。
「あ……」
それだけで癒される。少年の傷はあっという間に完治した。
「これは一体……」
「キミの名前は?」
驚きながらも、動く体にまかせてゆっくり起き上がれば、また男が同じ質問をしてきた。
「モンドー」
「そうかモンドー。私と一緒に来るかい?」
そう言って、男はフードを脱いだ。
そこに見えた男の美しさに、モンドーは息を呑む。
まるで神のようだと思う彼の前に、男は手を差し出した。
「私はアルビエン・グロッサム。宜しくモンドー」
手をとるのが当然というように、悠然とアルビエンと名乗った男は微笑んだ。
吸い寄せられるように、モンドーは男の手をとる。
アルビエン伯爵と人狼モンドーは、こうして出会った。
* * *
人狼の少年の年齢を聞いて驚く様子もなく、アルビエンと名乗った男は「僕もキミと大して変わらない年齢さ」と事も無げに言う。聞けばモンドーより数年年下というではないか。
「人狼なのか?」
「違うよ」
「吸血鬼?」
「違う」
「化け物?」
「……うーん、どうだろ」
そこは否定しないのかと思うものの、モンドーは何も言わない。ただ無表情を貫くだけだ。
そんな人狼少年を興味深げに見るアルビエン。──まだ彼は伯爵でもなんでもなく、ただのアルビエンだ。
「僕に興味なさそうだね」
「どうでもいいよ」
どうでもいい、ということに慣れてしまった少年は、本当にどうでもよさげに抑揚のない声で言う。
「僕はキミに興味あるんだけどねえ」
「俺にそういう趣味はない」
人狼の言葉に、アルビエンは一瞬目を見開き、直後笑う。
「あっはっは、そういう意味で言ったんじゃないよ! ……キミは面白いな」
そこで初めて人狼の表情に変化が現れる。驚いたような目をアルビエンに向けたのだ。
「俺が面白いだって?」
そんなこと、言ったやつは初めてだ。言外にそう言って、少年は胡散臭いものを見るような目を向ける。
「ああ、キミは面白い。とてもね。ますます興味がわく」
「物好きなやつだな」
「どうだろう、僕と一緒に旅をしないか?」
「旅を?」
そんなもの、散々してきた。親を失い、ずっと一人であちこちの町を渡り歩いた。一カ所にとどまることのできない、成長しない身で、ありとあらゆる場所を行った。
そんな自分が旅ごときで触手が動くと思っているのか。
そう暗に言うも、アルビエンは気にしない。
「楽しいよ。馬車に乗って船に乗って、あちこちを……それこそ数多の国を行くんだ」
「……ふうん」
モンドーの旅は所詮国の規模でいえば小さな範囲だ。正体がバレなければそれでいいと、巡った国の数で言えば極少数。船に乗って遠い場所へは行ったことがない。
興味がないわけではないが、ここでノルのはしゃくに障ると、敢えてぶっきらぼうにそっぽを向く。
だが男にはそんな少年の複雑な心境もバレている。笑顔をうっすら浮かべる顔を見て、更に少年の顔はムスッと不機嫌そうになった。
「よし、じゃあ決まりだね。行こうか」
「なに勝手に決めてるんだよ」
「楽しみだろ?」
「……知らねえよ」
ぶっきらぼうに言えば、クスクス笑いながらアルビエンは言う。
「いつか父親と再会したら言えばいいよ」
バッと驚きの表情を浮かべてアルビエンを見るモンドーに、彼は言う。
「俺はこんなにも幸せに生きているぞ、と。お前なんかいなくても、俺は幸せだと」
「……俺が幸せになんか……」
「なれるさ。幸せになる権利は、誰もがもっている」
それを証明してあげよう。
そう言って手を差し伸べるアルビエンの手を、今度は迷うことなくモンドーはとる。
「色々と僕のこと助けてくれると嬉しいな」
「やだね」
うそぶく少年にクスクス笑う男。
人狼少年はまだ知らない、この時の彼は何も知らない。
これから何百年ものあいだ、アルビエンと共に行動することを。有能な従者となることを。
まさかドクロを見守る立場になることを、この時の彼はまだ知らない。
そして未だ彼が知ることのない真実。
アルビエン・グロッサム伯爵は一体どこで生まれてどこから来たのかということ。
彼の年齢が、実はモンドーよりもずっとずっと上であることを。
世界の始まりからある命であることを。
この先もモンドーが知ることはない。




