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アルビエン・グロッサム伯爵でもドクロ伯爵でもなく

 

 世界の始まりの時、神々は世界を愛した。全ての生命の幸せを願った。

 数億年の時が流れた時には、その願いは虚しいものへと変貌し、神々は悲しみに打ちひしがれた。

 神は世界に絶望したのだ。

 どのような生き物でも、私利私欲のために悪事に手を染める者が現れる世界に、神々は涙する。

 全生命の幸せを願うのに、けれどそうはならない現実。


 神は万能で、けれど無能。

 手出ししたところで一時的な救済にはなれど、永遠の救済とはならないことを神々は知る。


 けれど生命は、なおも神に祈りを捧げた。

 己の私利私欲を求め、歪んだ欲望をぶちまける。望み、口にし、神に願う。

 全生命の中で、人間という恐ろしい存在が産まれた瞬間、神々の絶望は大きくなった。

 それはあまりに自分勝手がすぎる存在。どんどん成長し、進化を遂げるたびにどす黒い存在へと変貌する。


 見ていられなかった。あまりに見苦しかった。


 これ以上は無理だと言い出したのはどの神だったか。

 だが一つその言葉が上がれば、次々と賛同の言葉がのぼる。


 そして神々は決めたのだ。もう地上から姿を消そうと。

 地球上の生命が見ることのできない世界に姿をくらまし、ひっそりとその行く末を見届けようと決める。

 そこはもう生命の声が神には届かない空間。

 隔絶された世界。

 そこからただ神は眠るように、世界に生きる全生命を見守るのだ。まるで夢を見るかのように。手出しすることなく、見続ける。


「さあ行こうか」


 どの神かが声を上げ、次々と神が続く。


 けれど最後の一人が立ち止まった。


「来ないのかい?」


 最後から二番目の神が振り返り、声をかける。


「行かない」


 最後の神は首を横に振った。


「もう、世界を救うことはできないよ」

「それでもいい。私はただこの目で見続けたい」


 見守るのではない、守ることはもう出来ないと最後の神も知っている。

 でも見続けることはできる。


「見るだけなら、このままでも出来る」


「そばで見たい」と最後の神は言う。「そうか」と最後から二番目の神は頷いた。


「ならばしばしの別れだ」

「ああ、ほんの少しの、ね」


 神にとって永遠は一瞬。最後の神は、その一瞬を身近で見届けることを選んだ。

 そして最後から二番目の神も姿を消し、最後の神は世界でたった一人になる。


「寂しいねえ」


 振り返れば、汚れ切った命溢れる世界が目の前に。


「寂しいね」


 もう一度言って、神は姿を変えた。

 金髪碧眼の美しい人間の姿へと変貌を遂げる。

 神としてではなく、人として地上へと降り立った。


「なんだ貴様は!? どこから来た!?」


 突然地上へ降りてきた男に、恐怖で顔を引きつらせた人間が声をかける。

 振り返った『元神(もと・かみ)』はニコリと微笑んだ。


「僕はアルビエン。アルビエン・グロッサム」


 姿は人間なのに、その身にまとう神々しさに、人間が言葉を失う前で、アルビエン・グロッサムはニコリと微笑んだ。


* * *


 フッと目を開けば、夕焼けが眩しい時刻となっていることに気付く。真っ赤に染まった空の美しさに、アルビエン伯爵は目を細めた。「美しいな」と口にしようとしたが、「だからいつになったら見つけるのって聞いてるのよ!」という愛しい恋人の怒鳴り声で思わず体を起こした。


 庭園のガーデンチェアに横たわっていたようで、寝起きでクセのついた髪を触るも寝癖がピンと跳ねる。直すのを諦めた伯爵の目線の先には、怒っているディアナと困り顔のドランケがテーブルを挟んで座っている。


「早くアルの呪いをとく方法を見つけなさいよ!」

「だから俺なりに頑張ってるって言ってるだろ!?」

「俺なりにって何よ!? 必死さが足りないわ!」


 どうやらディアナがまたドクロの呪いについてドランケを責めているらしい。

 自分は気にしてないって言ってるのになあ、と伯爵は苦笑して横を向く。


 そこでは庭木の手入れをしているモンドーと、綺麗に咲いた花の香りを楽しむヘルシアラ。


「うーん、この枝を切り落としたらバランスが悪くなるなあ。でも虫がついちゃってるんだよなあ……」

「薬を散布したら?」

「この木に撒いたら、ヘルシアラお気に入りのその花が枯れちゃうけど?」

「それは困る」

「じゃあやっぱ切るか。でもバランスがなあ……」

「うーん」

「うーん」


 共に頭を悩ませる二人が微笑ましい。


 すっかり庭師なモンドー。誰が彼を人狼だと思うだろう。

 初めて会った時、自分のほうが年下だと伝え、それをモンドーは信じている。さすがにこの世界の始まりから存在するなんて言えないし、言ったところでモンドーは信じないだろう。ちょっとばかし年下と言っておくほうが、付き合いやすいというもの。

 最も伯爵と付き合いの長い相棒には、これからも側にいてもらわないとねと伯爵は微笑む。


「何を笑っているの?」


 フワリといい香りに包まれて、「ディアナ」と名を呼べば「なあに?」と返ってくる。


「この世界は美しいね」


 気付けば日は沈み、夕焼けは消えて月が上り始めていた。


「そうね、美しいわ」

「これからどうなろうと、僕はキミを守るよ」


 キミたちだけは守ってみせる。

 言外の言葉がディアナに届いたかは分からない。だがディアナはキョトンとした後、フッと柔らかな笑みを向けてくれた。


 この世界を守ることはもう出来ない。人間として生きた時間が長すぎて、もう自分にそんな能力はないし、そもそも救うことは無意味と諦めたのだ。

 それでもこの手の届く範囲でのことならば、守ることはできる。


 大切な存在を前に笑みを浮かべて、空に浮かぶ星々を見上げる。


「だからどうか──」


 かつての同胞たちよ、安らかにあれ。

 この世界を愛し絶望した仲間達を、伯爵は今も愛している。会えないことを寂しいとも思う。

 それゆえ余計に側に居る者達の存在を愛しく思う。


 老いることも死ぬこともない伯爵にとって、長い時を共に過ごせる存在はただ大切で愛しいのだ。


「おい、今夜って満月じゃないのか?」


 ふと気付いたような声でドランケが言う。


「あら本当だわ。なら私は退散することにしましょ。またね、アル」

「ああ、また明日」


 頬に口づけてディアナが去る。


「なら俺は夕飯でも……」

「吸血は駄目よ、ドランケ!」

「しねえよ。ワイン飲みに行くだけだ」

「なら私も一緒に行く!」


 賑やかにドランケとヘルシアラも去って行く。


「じゃ、宜しくモンドー」

「あいよ」


 伯爵とモンドーはいつもの伯爵の部屋へ。

 すっかり満月が夜空の真上に陣取る頃、伯爵の姿は変わる。


「やあ、ドクロ伯爵」

「どうも、ウルフ・モンドー」


 言って伯爵は意識を飛ばす。

 別の世界で眠る同胞たちのように、夢見るように世界を見る。愛しい存在達を見る。


 今夜も、ドクロ伯爵は優雅な夜を過ごす。


   ~fin.~

これにて完結です。


お読みいただきありがとうございました!

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