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【完結】ドクロ伯爵の優雅な夜の過ごし方  作者: リオール
第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
20/22

9、

 

 黒に近い濃紺な髪色をもつショートヘアの少女は、迷子になっていた。だが何度も転生を繰り返し、だてに長く生きて来たわけではない。どんな時も彼女のセンサーは冴えているのだ。


 それをドランケセンサーと言う。


 迷いに迷った彼女は、最後は女の直感とも言うべきそれで、ドランケの居場所を探し当てたのだ。……まあ本人は、なぜか伯爵邸に戻ってきてしまったわと凹むやら伯爵への理不尽な怒りを抱くやらだったわけだが。

 そして屋敷の外から、食堂の窓の奥に伯爵の姿を認め、そこから文句を言うべく向かった。怒りを表現するには手っ取り早く窓を思いきり、勢いよく開けるのが効果的。だてに長く生きた結果得た教訓なんてそんなもの、とばかりに窓に手をかけてバンッと勢いよく開けた。


 だが窓はなぜか『ガンッ』と音を立て、と同時に『ふごっ!?』という、実に珍妙な音を立てたわけだが、ヘルシアラは気にしない。そんなことより伯爵へ文句垂れるほうが先だとばかりに叫ぶ。


「ちょっとお! アルビエン、あんたもっと分かりやすく場所を説明しなさいよ!!!!」


 こちとら方向音痴なんですからね!

 とは伯爵も「知らないよそんなの」と文句の一つも言いたいところ。

 だが今回ばかりは文句よりも感謝の言葉が勝ったらしい。


「ありがとうヘルシアラ。よくやった!」

「へ?」


 一つ文句を言えば十倍言い返してきそうな伯爵なのに、なぜか感謝の言葉を言われてヘルシアラは目が点。よくやったって何をやったの? と窓枠に手をかけたまま首をかしげる。


「ヘルシアラ、お前なにしてたんだよ」

「あー! ドランケがいる!!」


 呆れたように言うドランケを指さして、少女は大声を上げて指さした。そして窓枠に足をかけ、勢いよく部屋の中へと入る。


「ちょっと、そんなドロドロの靴で足かけるな! 後で拭けよ!?」


 屋敷の掃除責任者であるモンドーが文句を口に乗せるが、ヘルシアラの耳には届かない。


「ドランケー! 無事で良かったあ、助けに行こうとしてたのよ!」


 それが救出して惚れさせよう作戦なの? と目でツッコミ入れるモンドーの視線をキンと跳ね返し、ヘルシアラはドランケに抱きついた。いや、抱きつこうとした。

 だが寸でのところで「おっと危ない」とドランケにヒョイと避けられる。あわれな恋する少女は、つんのめって顔から床に倒れ込む。床へのキスはさぞや痛かろう。「んべっ!?」と変な声が出た。


 そこでいつもなら涙するヘルシアラだが、今日はちと違う。大勢のメンツの中から、一人の巨漢が彼女の体をヒョイと軽々と持ち上げて起こす。「え?」と戸惑う間に、今度は妖艶な黒髪美女が彼女の顔を丁寧に拭いた。


「よしっと。うん、相変わらずヘルシーは可愛いわねえ」

「へ? え? あ、ダンタス? アーベルン? そして……え、エルマシリア!?」

「今頃気付くなんて遅いのよ。久しぶりね、ヘルシー」


 恋する乙女がいつも見るのは想い人のみ。とばかりに、今頃三人の吸血鬼の存在に気付く。


「うわあ、久しぶりだねえ!」


 ピョンと跳ねて、ヘルシアラは抱きついた……エルマシリアの豊満なお胸に。次いでダンタスの筋肉ムキムキな胸元に。それからアーベルンの頭をヨシヨシ。

 吸血鬼ハンターが吸血鬼と仲良くする、実に奇妙な光景が繰り広げられる。


「できればドランケのお胸にも飛び込みたいです」とヘルシアラが言えば、「殺すぞ」とドランケが返す。さっきまでヘルシアラを心配して探しに行こうとしていたくせに、ツンデレヤンデレ炸裂だ。


 元気そうなドランケの様子にホッとし、それから吸血鬼三人を見渡して、そこでようやく「あれ?」と首を傾げるヘルシアラ。


「どうしてみんなここに居るの?」

「まあ色々とね……」


 アーベルンが苦笑を返すだけではヘルシアラに事情は伝わらない。だが他の面々も苦笑を浮かべるだけなので、クルッと背後を振り返って……少女はギョッとなった。


「……なぜアルビエンはディアナとラブシーン?」


 なぜか抱きしめ合っている恋人たちの様子に、思わず赤面するヘルシアラ。何度も言うが、彼女は何回も転生しており、かなりの年月を生きている。つまりは精神だけなら立派な大人なのだ。なのにいつまで経ってもウブな少女は思わず手で顔を覆った。


「足元見てみ?」


 ダンタスの言葉に、指の隙間からそっと視線を下ろす。


 伯爵とディアナが抱きしめ合い、キスの嵐が舞う下。アルビエン伯爵の足元に何かが転がっているのが見えて、ヘルシアラは眼前から手を離した。


「んん?」


 足元というか、伯爵が思いきり踏みつけているその「何か」。

 黒い物体のそれが何かよく分からなくて目を細めた直後。


「いいかげん私の上からどけー!!!!」


 その物体が動き、起き上がって叫んだ。

 寸前でヒョイとディアナと共に避ける伯爵。

 二人を怒りで真っ赤になる顔で、睨みつけた男の背には見事な靴の痕。


「あ、お前は!?」


 ドランケをさらった奴! と叫んで、ヘルシアラは腰の剣に手をかけた。

 

「く、この小娘が……よくも私の邪魔を!」


 額に手を当て、ギロリとブルーノリアがヘルシアラを睨む。だがそこはやっぱりだてに長くハンターやってない少女。普通の人間ならば震えあがるそれを真正面から平然と見返し、剣に手をかけたまま対峙する。


「よくもは私の台詞よ! あんたよくも私とドランケのデートを邪魔してくれたわね!」


 あれはデートとは言わん、とドランケの声なき声はヘルシアラに届かない。

 ブルーノリアと少女は、互いに殺気を放ちながら睨み合う。

 だがそれは直後、邪魔が入って終わることとなった。


 ガシッとブルーノリアの肩を、男の手が掴む。


「なんだ!? 邪魔を……」


 するな!

 その言葉は、吐き出されることなくブルーノリアは呑み込んだ。

 ギリギリと痛みすら感じさせるほどの強さで、彼の肩を掴む者。


「アルビエン伯爵、貴様……!」


 うっすらと目を開け、肩に置いた手の持ち主であるところのアルビエン伯爵。

 笑っているようで、その実、氷のように冷たい目をブルーノリアに向けて彼は傍らに立つ。


「キミ、何をしたのか分かっているのかい?」

「ふん、その女は貴様ごときには勿体ない! ……ぐっ!?」


 肩の手を払いのけようと腕を振る……だがけして伯爵の手は放れない。それどころかその強さは増すばかり。痛みで思わずくぐもった悲鳴が上がった。


「そうかそうか、キミは何も分かっていないんだね。僕の大切な、愛するディアナに恐い思いをさせたこと、まったく理解していないと」

「な、何を……」

「ならばキッチリ教えてあげないと。彼女に手を出したらどうなるか」

「なんだと?」

「《《私》》がしっかり教えてあげよう」


 ニコリと微笑む伯爵。

 その背筋がうすら寒くなるような笑みを前に、気の遠くなるような年月を生きてきた吸血鬼は青ざめる。

 おそらくブルーノリアは、生まれて初めての恐怖を味わっていることだろう。


 ご愁傷様。


 心の中で呟いたのは誰か、あるいは全員か。


 だが誰もブルーノリアに同情はしないし、伯爵を止めることもしない。

 彼らにとって色々な意味でディアナは大切な女性。そして伯爵は逆らってはいけない存在。

 その二人に対してやらかしたブルーノリアの味方をする者は、この場には一人としていないのだ。


「ねえ、そいつ何をやらかしたの? 私は一体何を『よくやった』なわけ?」


 一人だけ頭に疑問符だらけのヘルシアラの問いに、答える者も一人も居なかった。


* * *


「あのね、僕ね、三歳でちゅ」


 食堂で紅茶を飲みながら、ディアナ作の美味しいクッキーを頬張る伯爵。

 その背後では、幼い口調で話す存在が一人。


「……俺は今まで生きてきて、幼子(おさなご)が『でちゅ』と言っているのを聞いた事がないぞ」

「俺もだよ、ドランケ」


 顔をしかめてワインを飲むのはドランケ。彼の言葉に激しく同意と頷くは、常に携帯しているプロテインを飲むダンタス。

 その横では「キモイ」と言ってクッキーをつまむエルマシリア。更にその横では我関せず……いや、自分は何も見ない聞かないな無表情でもってタルトを食べるアーベルン。「ああ、やっぱりディアナさんの作ったものは美味しいなあ!」と言ったところで表情を綻ばせる。


「僕もそれ食べちゃい!」


 声の主が指さすは、ヘルシアラが今まさに食べようとしているマシュマロ。うわあ……という顔で、ヘルシアラは思いきり顔をしかめた。


「どうすんのよ、これ」

「そのうち正常に戻るさ」

「戻るの?」

「多分ね」


 伯爵に問えば、実に頼りない返事が返って来た。

 えええ……という少女の反応は無視して、伯爵は背後を振り返った。


「ディアナ、そんなのは放って置いて、一緒にお茶しよう」

「え、でも……」


 戸惑うディアナの目線の先には、幼い子供……ではなく、精神だけが童心に戻ったブルーノリア。

「お腹しゅいたの!」と口調はすっかり子供。だが見た目はただの大人。

 美形だけにそのギャップが気味悪さを増幅させる。


「伯爵の、記憶操作の能力は恐ろしいな」

「大丈夫だよ、必要な時しか使わないから」


 巨体を震わせるダンタスに、伯爵はニコリと微笑みかけた。その大きな背中に冷たいものが流れたとか。


 伯爵の記憶操作能力によって、すっかり子供になってしまったブルーノリア。


「そのうち元に戻るようにしているさ。でも……」

「でも?」


 そこで一旦言葉を切る伯爵に、ドランケが訝し気な目を向ける。

 対して伯爵は肩をすくめる。


「もう二度と、僕やディアナに手出しすることはないだろう」


 そう言って、またニコリと微笑んで優雅に紅茶を口にした。

 それを見て、吸血鬼四人は何も言わずにクッキーへと手を伸ばすのだった。


* * *

 

 吸血鬼騒動が起きてあっという間に鎮火。それから日が過ぎて……またもやってきた満月の夜。


「おおお、すっげえ! かっけー!」ダンタスが巨体を揺らして感動の声を上げる。

「へえ、面白いですね。凄いや」少年吸血鬼アーベルンが、物珍し気に覗き込む。

「うわ、気持ち悪い」嫌そうに顔をしかめるのはエルマシリア。


「どうにもエルマシリアの言い方はカチンとくるね」


 前回の満月の夜には、ヘルシアラに「グロ」と言われた時より苦々しい声で伯爵は──ドクロ伯爵は言った。

 そう、吸血鬼三人の前には、満月を背景にテーブルに置かれたドクロ伯爵が居るのだ。

 話を聞いた三人は興味津々で、次の満月まで大人しくしているから見せてくれ、と伯爵邸にとどまった。

 そしてやってきました満月の夜。その瞬間は見せたくないからと部屋の外で待機させ、いいよとモンドーが言ったところで部屋になだれ込んで来た三人。


 そして出た言葉が先のものである。

 まるで珍獣を見るようなその目つきに、なんともいたたまれない気持ちになる伯爵。


「なんだってこんな姿になるように?」


 昔から伯爵を知っている三人は、けれどドクロ伯爵を知らない。つまり伯爵がドクロになる呪いをかけられたのは、それだけ最近ということ。


「なんでだってさ、ドランケ」


 三人と距離をとって離れた椅子に座るドランケは、モンドーの問いに苦々しい顔をする。


「ドランケが何か知っているの?」


 アーベルンの問いに答えず、フイと横を向くドランケ。それが答え。


「なるほどねえ、ドランケが何かしたのね?」

「うるせえよ」

「何しでかしたのよ? ディアナはこの件に怒っているって話だけど?」

「……ふんっ」


 拗ねたように鼻を鳴らして、ドランケは立ち上がった。


「どこに行くんだよ?」

「酒場でも行くさ」

「よし、俺も行く!」

「付いてくんな」


 喜々として付いて来ようとするダンタスに軽く蹴りを入れて、けれどそれ以上の拒絶はせずに二人して出て行く。

 それを見送ってから、アーベルンは「じゃ、僕も何か食べに行こうかな」と出て行った。


 吸血鬼三人が出て行き、残るはドクロ伯爵とモンドー。そして……


「その呪い、ひょっとしてディアナにかけるつもりだったの、あいつ?」

「ま、そういうことだね」


 察しのいいエルマシリアに、ドクロ伯爵は答える。体があれば肩をすくめたことだろう。


「それって本来は人間にかける呪いよね。次の満月が来たら体は朽ち果て、頭蓋骨だけを残して死ぬっていう。ディアナを気に入っているドランケが、どうしてディアナに?」

「ちょっとばかし問題があって、ディアナを殺さなきゃいけない状況になったんだよ」

「どんな状況よ、それは」

「すぐにではなく、次の満月までにと時間稼ぎな呪いをかけようとしたんだろうが、僕がディアナをかばって呪いを受けた。不老不死の僕はこうしてドクロになっても生き、満月の夜が終われば元に戻るという異常な状況が出来上がったわけさ」

「ディアナは、いたくご立腹の様子ね」


 エルマシリアの脳裏に思い出されるは、自分はドクロ伯爵を見たくないからと、自宅へ帰って行くディアナの後ろ姿。


「ドランケがディアナに事情を話してくれるなと言うからさ。言ったら彼女は自分を責めるだろう」

「でしょうね」

「ドランケは自分の責任としたいんだ。一応ディアナの怒りを収めるために、解呪方法を探しているようだが……まあ僕はこれも悪くないと思っているんだけど」

「意識飛ばして覗きし放題だもんね」

「覗きと言うなかれ、これは僕の高尚な趣味……いや、遠方の視察もできるんだから実益を兼ねているんだよ」

「物は言いようねえ」


 苦笑して、エルマシリアは立ち上がった。


「まあいいわ。まったく、くだらないことにブルーノリアも呼んでくれたものね。仲間の裁きとか大袈裟なこと言って、まさかドランケが相手だったとは」

「無知ほど恐ろしく、そして無敵なことはないさ」


 ドランケの言葉に、フッと美女は笑う。


「ディアナを吸血して、始祖に匹敵する強さを得る、ねえ。ディアナの血ならばそれも可能でしょうよ。でも……」


 そこで一旦言葉を切って、満月を見上げる。


「その最強の始祖一族が彼女のそばに居ては、絶対に敵うはずもないというのにね」

「彼は知らないのかい?」

「ええ。あの子はまだ若い吸血鬼だから」


 長くを生きてきたと自負するブルーノリアを、けれどエルマシリアは若いと言う。

 その言葉だけで彼女が生きた年月の長さが分かるというもの。

 吸血鬼始祖の存在を知っている時点で、彼女がどれほどの時を生きてきたのか……それは人間の想像を遥かに超えるものであろう。


 長くを生きる彼女は、それでも知らないことがある。


「ま、あなたにとっては私ですら若者なんでしょうけど」


 言われてドクロがフッと笑う気配がした。

 不老不死の伯爵が、一体どれだけの年月を生きているのか。

 どのような親をもち、どこで()まれて()きて。

 なぜ不老不死なのか。


 伯爵はけして語らず、女吸血鬼も知りたいと思わない。

 そんなことはどうでもいいから。長くを生きる彼らにとって、それはとても些末なことでしかないから。


「じゃ、そろそろ行くわ」

「おや、もうここへは戻らないのかい?」

「さあどうかしら? 知りたければ意識飛ばして追いかけてくれば?」

「それは遠慮しよう」


 言って伯爵は意識を飛ばす。領土内のどこかへと、彼は今日も覗きではなく視察をするのだ。

 それを見やってから側に立つモンドーにニコリと微笑み、無表情な人狼に背を向け女吸血鬼は出て行った。


 ドクロ伯爵は今日も夢を見る。世界のどこかへと意識を飛ばして夢を見る。


 ドランケとダンタスが酒場に入ろうとしている様。

 それを追いかけるヘルシアラ。

 アーベルンは、湯気の上がる美味そうな匂いの店へ。

 エルマシリアはいずこかへと消えた。


 フッと意識を向ければ、家の窓辺で本を読むディアナの姿が見える。

 何かを感じたのか、ディアナは窓の外に目を向けて微笑んだ。


 吸血鬼と人間、人狼に不老不死と。

 優雅ではない夜が終わる。


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