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後から入って扉を閉めると、何も言わずに腕を広げて待ちます。疲れ切った顔で振り返る圭祐さんは、恥ずかしそうに目を泳がせながらも近づいてきて、強く抱きしめてくれて、髪に頬を埋めてきました。
「お前が巻き込まれなくて、本当に良かった」
安堵のその言葉は、教師として不謹慎なものかもしれないけれど、掛けてもらえた言葉の意味が、抱き締められる関係が、嬉しくて愛おしくて、このまま時間が止まってしまえばいいのにと思わせます。
幸せすぎてちょっと涙声になりながらも、強く抱きしめ返してちょっと小言です。
だって、ちょっと会っていなかっただけなのに、ずいぶんと頬がこけているのです。絶対、食事も睡眠も足りていないのでしょうから。
「ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと寝ないとダメですよ。どうしても寝れないのなら、膝枕でもしましょうか」
「物凄くしてもらいたいが、道場ではダメだな。いつか俺の部屋に来た時にでもお願いしようか。いや、大丈夫だよ。こうして元気をもらったんだから、まだ頑張れる」
だからでしょう。聞こえやしないかと頭の片隅で考えてしまうのに、吐息が漏れ出るほどの激しいキスを求められて、素直に溺れてしまったのです。
どれくらいの時間をそうしていたのか、脱力して立っていられなくなってソファーに座らされ、それでも離れ難くて寄りかかります。そうしながらも考えてしまったのは、圭祐さんがそれほどまでに疲弊していたのかという事。普段の彼なら、ここまでの行為には至らないでしょうから。
だからこそ、私が支えなければいけません。無理やりにでも心を落ち着かせ、こちらの話をします。
「聞いていないと思いますが、翔真君と真理佳ちゃんは本当の兄妹ではないそうです。そして、両親の承諾を得て付き合う事になったとさっき聞きました。さすがに学校でばれる様な事はしないでしょうが、微妙な関係になってしまいます」
そこまで話すと、「やっとか」なんて呟きます。やはり気にはなっていたのでしょう。いえ、ある程度は事情を知っていたのかもしれません。
「そうすると、島崎さんが問題となるのは知っていますよね。私と木下さん、佐々木さんや神崎君で二人を守るので、圭祐さんはクラス全体に目を向けてくださいますか」
「ははっ。どっちが教師だか判らんな」
そう前置きして、圭祐さんがそもそもの経緯を初めて話してくれました。
今年から担任を持つことは決まっていたが、出来る事ならば沙織の担任になって時間を共有したかった。そんな中で翔真の件が持ち上がり、優秀だった生徒を放逐する事に異議を唱え、コースを下げる事で在学を認める事となった。
だから悪い言い方をすれば、その事態を利用させてもらった。
翔真を立ち直らせるには家族の支えが必要だと、真理佳を同じクラスにする事を提案した。また、その真理佳を支える存在として木下と沙織を集めた。
そこに担任として関わる事を直談判すると、学年主任から条件が提案された。
翔真に対する、須藤と島崎に関しての悪いうわさが後を絶たず、水面下で物事が動くと把握しきれない事も有って、表面化させてしまおうと言う流れになった。毎年行われているアンケート等で名前は出て来るものの、被害者が訴え出てこないために処罰が出来ないでいたのだ。
そんな訳で、当面は三竦みを狙って被害を抑えるとともに、動きが有れば詳しく調査を行う。
だから、始めから沙織たちに半分くらい依存してクラスが成り立っていた。
そこまで話すと、「情けない先生ですまないな」と謝罪を口にします。
「たしかにズルい先生ではありますが、彼女として信頼して頼ってくれたのであれば、謝らないでください。ありがとうで良いんですよ?」
「いや。それでも昨年の事も有るし、沙織だって被害者だっただろ」
「何の事でしょう。わたしは彼女でいて良いかを聞いているんですけど?」
「ありがとう。本当に俺にはもったいない程の伴侶だよ、沙織は」
「は、伴侶ですか。それなら、もっと頼ってくれていいのだし、甘えても良いんですよ」
再び口づけを交わして受付の方に戻ると、ニヤニヤしながら館長が話しかけてきます。やっぱり聞こえてしまっていたのでしょうか。
「橘、部活の再開は難しいようだから、夏休み中は勉強もひっくるめて見てやる。授業料は、小学生への指導サポートでチャラにしてやるから、時間の許す限り道場に出てこい。圭祐も、ストレス発散に顔を出すようにするんだぞ。汚さなければ、いつでも奥の部屋を貸してやるから」
暗に釘を刺された感じはしますが、お互いの赤い顔を見合わせていると、そんな二人に館長が「程々にな」と呆れ顔を向けてくるので、かなり恥ずかしかったです。




