Ⅱ
私たちが魔法使いの家に戻ると、ケルーラさんは驚いた顔で迎えてくれた。きっと頼りない私を見て、無理なんじゃないかと思っていたのだろう。私はいい意味でその期待を裏切れたことに胸を張った。
『本当に取って来ちまったのかい。大したもんだね』
ノンブルたちも驚きの表情で一斉に頷いている。私は取って来たチャクの実をケルーラさんに渡した。
『これでようやく仕事が出来る』
ケルーラさんが後ろへ放り投げると、ノンブルたちは、きゃぁきゃぁ騒ぎながらその実を受け取った。
「魔法の種、頂けるんですよね?」
『あぁ。チャクの実はもう少し数が欲しい所だったが、お土産の美味さに許してあげるよ。ついておいで』
私のお腹をいっぱいにすることはなかったが、ザボエラさんのお弁当は、魔法使いの機嫌を満たしてくれたようだった。私は改めてザボエラさんに感謝した。
ケルーラさんはふふんと鼻で笑うと、親指で奥を指差し歩き出した。私たちも続くノンブルたちの後ろを歩いた。部屋を出ると廊下が真っすぐ奥に続いている。ケルーラさんは、途中にある緑の扉の前で止まった。そして鍵を差し込み、扉を開けた。
『ようこそ。私たちの仕事場へ』
ケルーラさんは、にっと笑いながら扉を開けた。そこはどこかの工場かと思わせるほど、大きな部屋が広がっていた。外からは普通の家でしかなかったのに、上へ続く螺旋階段も見える。中央には、両手を遥かに超える大きさの壺が、その口を天井まで伸ばしていた。
恐らく外から見た一際大きな煙突が、この壺のような物に続いているのだろう。そしてその周りでは、私のそばにいる子たちとは別のノンブルたちが忙しそうに動いていた。
『さぁ、突っ立ってないで入ったらどうだい』
私たちはケルーラさんに促されて中に入った。その光景を驚きながら眺めていると、近くのノンブルたちは、チャクの実を掲げながらきゃぁとはしゃいだように声を上げ、走って行った。途端に部屋の中に歓喜の叫びがこだました。ノンブルたちは部屋の隅にある機械のような物にチャクの実を入れると、近くについてあるレバーを回した。すると、機械から飛び出している筒のような先端から、白い液体が出て来た。
『チャクの実から出る液体は、物をくっつける性質があるんだ。私たちの仕事には無くてはならないもんさ』
「あの……ここは、いったい」
驚きながら尋ねる私に、ケルーラさんは腰に手を当てながら自慢気に答えた。
『ここは物語を作る場所さ』
「物語を作る場所?」
部屋中に歌が響きだした。それは、ここに訪れた時に聴いたあの歌である。ノンブルたちは言葉を口ずさみ、節をつけて嬉しそうに歌っている。
『この子たちはこの仕事をするのが大好きなんだ。チャクの実が手に入ったことで再び仕事に取り掛かれる。それを表す喜びの歌さ』
そしてケルーラさんは『見てごらん』と言った。彼女が指差す所には、紙一枚一枚に持っているステッキをかざしているノンブルたちがいる。そのステッキは、細い管によって中央の大きな壺に繋がっていた。
『中央の壺には、生き物の中に生まれた感情、出来事、想いなどが集まって来るんだ。そしてそれを紙に吹き込む』
ケルーラさんに従って見ると、今度はさっき絞り出したチャクの液で、その紙を何枚も束ねているノンブルたちがいた。
『そして枚数を重ねた物は、一つの物語として生まれる』
「色が違うのには何か意味があるんですか」
良く見てみると、束によって紙は赤や緑、黄色や水色、と様々だ。
『物語は一つじゃない。人の数以上に物語はあるんだ』
それを聞いて、私は感心の息を漏らすばかりだった。
『そして外装で物語を守り、みんなの所へ届けるのさ』
一際頑丈そうな紙で包まれた物語は、ベルトコンベアーに乗せられて二階へ上って行った。そのまま私たちが二階へ上がってみると、箒に跨ったノンブルたちが物語を届けるため、背中に荷物を背負い、幾つもある煙突から飛び出していた。
『ちょっと、あんたたちの仕事はどうでもいいんだわよ。魔法の種、種が欲しいんだってば』
ワタさんの質問に、ケルーラさんは分かっているとだけ言って、私の方に向き直った。
『私たちはたくさんの物語を紡ぎ、人々へ届ける。それは傍から見れば、魔法を使っているように見えるようだね。だから私たちは魔法使いと呼ばれている』
えっ。そうなの? と私は思わず言葉を漏らした。
「箒に跨って空を飛んでたし、普通の魔法使いかと思った」
『何も物を動かしたり、何かを燃え上がらせたりするだけが魔法じゃないさ』
「じゃぁ、魔法の種って言うのは」
ケルーラさんは、ふふんと鼻で笑うと私に何かを手渡した。
「これは?」
『この部屋を出て、真っすぐ突き当たりの赤い扉まで行きな。その中に魔法の種はある』
想像していた魔法使いとはちがっていたが、いよいよ魔法の種が手に入る。
私はケルーラさんにお礼を言って、部屋を後にした。




