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本と魔法とふたりの私  作者: 但野 ひまわり
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14/17

魔法使い Ⅰ

 右、左、右、右、左、左、右、右。左、左、左、右。

 分かれ道に入ってからが長かった。まるでロールプレイングゲームのダンジョンのようにややこしい。熊七郎さんの地図がなければ絶対に迷っていただろう。更に右、左と歩き、最後に真ん中の道を通り抜けると突然森が終わった。

「うわ、この景色……」

 代わりに見えたのは、辺りが真っ白に覆われた銀世界だった。両側はこんもり積もった白い壁があり、誰かが雪かきをしているのか、道が真っすぐ続いている。空からちらちらと何かが降りて来た。

私はその白い物に手をかざしてみた。それはクリスタルで出来ているかのようにきらきらと光り、手に触れると少しひんやりした感触を残して、溶けてしまった。

「ゆ、雪?」

『そうみたいだわね』

 触ると冷たいが、辺りの空気は寒くない。私はそのしんしんと降り積もる世界にしばらく見とれてしまった。

『何また妄想にふけってんのよ。行くわよ』

 ワタさんに促されて道なりに歩く。肩に乗っている藤原さんは、珍しそうに目をきょろきょろさせて真っ白な景色を眺めていた。

『まさか、こんな所に続いてるなんてな』

 森の奥にいる魔法使い。ここはきっと特別な場所だ。それは容易く辿りつかないように、迷路を作っているところからも窺えた。

 私みたいな者が行っても大丈夫なのか、いささか不安になったが、ここで後戻りなんか出来ない。私は雪道を踏みしめ、前に進んだ。

『あそこは何かしら』

 ワタさんが指差す方を見てみると、雪に覆われた幽谷の中に家がひっそりと建っていた。それは丸太を組み合わせて造られた物で、正面に扉と窓が見える。そして同じような建物が左右へ三つ連なり、一つの家になっているようだった。雪が積もる、なだらかな三角の屋根には、幾つもの煙突が見えた。そのうちの一つは、他より一回りも二回りも太くて大きい。建物を眺めていると、突然、すぽんという音と共に、煙突から何かが飛び出して行った。

「何だろ? あれ」

 それは人のようだった。紫色した三角の帽子を被り、箒に跨っている。私たちが驚いた顔を向ける前で、一人、また一人と大空に飛び出して行った。

「本当に魔法使いだ……」

 私はお伽話の中とはいえど、箒に跨る人を前に、感動と興奮で毛穴という毛穴がざわめき立つのを感じた。

『おい、ハタケ。早くしろよ』

私がしばらくその光景に見入っていると、藤原さんに頭をつつかれた。藤原さんはいつの間にか私をハタケと呼んでいた。もう、どうでもよくなった。

 私たちは足を速めて建物に近付いた。人がいるのか中を窺おうとしたところで突如建物に灯りがともった。薄暗い中で光を受けた雪は一層輝きを増し、建物もライトアップされたように光っていた。

「ここに……いるのかな。魔法使い」

 ごくりと唾を飲み込む私の肩を、ワタさんは容赦なくべしっと叩いた。

『何ぐずぐずしてんのよ。いるに決まってるじゃない。もしいなかったら、ワタシが文句言ってやるわ』

 ワタさんの文句の破壊力はなかなかのものである。心強い言葉を貰った私は、期待だけを胸にドアのノブに手を掛けた。

『何だ?』

 不意に何かが聞こえてきた。それは歌のようだった。高らかな声で上下に節をつけ、歌っている。しかし言葉が聞き取れない。

『これは喜びの歌ですね』

 ルビはそう言って、雪が積もる地面に右前足をちょこんとつけた。

 すると、オラクルの文章が浮かび上がった。


 耳を澄ますとどこからか歌声が聞こえて来た。


 物語あるかな 物語あった  運べるかな  運べるよ

 とじたかな  とじたよ   守って    守るよ

 多い少ない  長い短い   出来たよ   出来た

 僕は君に   私はあなたに 届けよ    届け


 楽しそうに歌っているのは分かった。しかしどこが喜びの歌なのかは、さっぱり分からない。

「どういう意味なのかな」

『何なの、この変な歌は』

 首を傾げる私の後ろでは、ワタさんが意味不明の歌に少々ご立腹だった。暫らく耳を傾けていたが、歌が急に止んだ。

 最後まで歌い終わったのかなと思いながら、私は再びドアノブを握った。扉を開けようとした途端、突然扉がこちら側に開いた。

「うわっ」

『うわっ』

 私と扉の向こうにいた相手は、ほぼ同時に声を上げていた。そしてしばらくお互いを見つめ合った。背丈は私の腰の辺り。頭には円錐の形をした布製の帽子を被っている。少年なのか少女なのか分からないそれは、まるで白雪姫に出てくる小人のようだった。

「あ、あの……」

『きょえーっ!』

 私が声を掛けようとしたところでその小人は奇声を発し、止める間もなく建物の奥へと走って行った。

「ちょ、今の……誰?」

『何か、変な奴だったな』

『まぁ、あんたも変だけどねぇ』

 ワタさんはさも可笑しそうに、藤原さんの姿を見ながらそう言った。そんなワタさんも十分変な部類に入ることは、分かっていないようだった。藤原さんはワタさんに眉を寄せていたが、言っても無駄だというようにそっぽを向いていた。

「ねぇ、ルビ。さっきの小人はいったい……」

『あれは』

『誰だい?』

 振り返った私の顔を見てルビが口を開きかけた時、私の背後から声がした。驚いて声がした方を見ると、目の前に女性が立っていた。

 背丈は私と同じくらい。紫の外套を身に纏い、ウェーブのかかった髪を肩まで下ろしていた。瞳は青く、日本人のような黄色い肌をしている。その後ろには怯えながら私たちの様子を窺う数人の小人の姿があった。

「あの……」

『人に物を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀じゃないかい?』

 女性は鼻でふんっと息を漏らし、腕を組みながらそう言った。少し怖かったが、言っていることは尤もだと思い、私はすみませんと素直に謝った。

「私、畑山優子って言います」

『ハタケヤマユウコ? 変わった名前だねぇ。私はケルーラ。そしてこの子たちはノンブルさ』

『ノンブル?』

 ノンブルたちは、きゃっきゃとはやし立て、うんうんと頷いている。

『ノンブルは顔が似通ってるので、数字で見分けられるようになってるんですよ』

 ルビの説明に改めて見ると、みんなポンチョのような服を着ていて、その胸には順番に数字が刺繍されてあった。

この子たちが魔法使いなのか、それとも目の前の女性がそうなのか、私は思い切って尋ねてみることにした。

「あのぉ。ケルーラさんが、魔法使いなんですか?」

『あぁ、まぁそうだねぇ』

 何ともすっきりしない返事が返ってきた。

『けっ。こいつが魔法使いじゃなかったら、くたびれ儲けだな』

 ケルーラさんは、口の悪い梟だね、と言って眉を寄せた。

『で、あんたらはここに何をしに来たんだい?』

「魔法の種を探しに来ました」

 ケルーラさんは、ふふんと鼻で笑った後、くるりと後ろを向いた。そしてノンブルたちと円になり、顔を近づけて何やらひそひそ話をし始めた。私が落ち着かなく待っていると話がついたのか、ケルーラさんは再びこちらに向き直った。

『種をあげないでもない』

「やった!」

 これで元の世界に戻ることが出来る。私は思わず喜びの声を上げた。

『但し、条件がある』

 そう言ってケルーラさんは人差し指を上に立てた。

『チャクの実を取って来て欲しい』

「チャクの実? 何ですか、それ」

『チャクの実は、私らが仕事で使う大切なものだ。それがないと、仕事が進まない』

「いいですけど、もしかして、断崖絶壁にあるとか、海底都市にあるとか言いませんよね?」

 無理難題を言われるかと予想したが、ケルーラさんからそんなことするかと睨まれた。

『チャクの実は、ここから二十分ほど歩いたところに生えているチャクの木の枝に実っている』

 それなら大丈夫だろう。私が任せて下さいと胸を叩くと、ケルーラさんは、しかし、と言葉を続けた。

『最近、得体の知れない奴が邪魔をしててね。なかなかチャクの実を取れやしない。ノンブルたちが怖がって取りにも行かせられないのさ』

 見るとノンブルたちは揃って首を縦に振っている。

「邪魔者……。ワタさん、何か嫌な予感がしますね」

 私が話を振るとワタさんは、面倒事はごめんだわね、とぶつぶつ言い始めた。

『おかしな梟がこっちに寝返ったと分かって、とんでもない嫌がらせをして来るんじゃないかしら』

『おかしな梟とは何だよ』

 藤原さんがキッと睨むと、ワタさんは、何よ、と睨み返す。

「ちょ、ちょっと、こんな所で喧嘩なんて止めて下さいよ」

 私が止めに入ると、影と梟はそれぞれぷいっとお互いから顔を背けた。

 ケルーラさんが、あんたも苦労するわねと言わんばかりの顔を向けて来た。同情された私は愛想笑いで返しておいた。

「ともかく、私は何があっても前に進みます。さぁ、行きますよ」

 影と梟の間では、未だ争いは燻ぶっているようだったが、いつまでも構ってられない。

『その間、私たちはお土産を頂いとくとするよ』

「あっ、それは……」

 ケルーラさんはザボエラさんのお弁当を私の手から取り上げた。それはお土産じゃないですよ、と言い掛けたが、ここで機嫌を損ねたら魔法の種をくれないかもしれない。私は泣く泣く楽しみにしていたザボエラさんのお弁当に別れを告げた。

 チャクの木は、家からまっすぐ一本道を行った所にあるとケルーラさんは教えてくれた。家の反対側に出ると、まだ誰も足跡をつけていない銀色の景色が広がっていた。私はその幻想的な光景に胸が高鳴った。真綿のような雪の上を歩くと、さくっ、さくっと音がする。ワタさんは、すれ違う木を揺すって枝葉に積もった雪を落としながら、藤原さんは私の肩で居眠りをしながら一緒に雪道を進んだ。ルビは雪が冷たくないせいか、体を丸くすることなく、背筋を伸ばしてゆったり歩いていた。暫らく歩き進めたところで私の足に異変が起こり始めた。なんせ、生粋の運動不足である。雪と言う負荷が掛かった道を十五分も歩いていると、当然ふくらはぎに張りが生じて来る。足取りも重たくなる。歩くことが億劫になる。と言う負のトライアングルが私を襲い始めた。悪魔が私の耳元で、ちょっと休みましょうよと囁き出す。そんな私に、ワタさんが怪訝な視線を送って来た。

『畑山。もしかして、もう疲れたとか言わないでしょうね』

 はい、その通りです。と思わず言ってしまいそうになった。私がそんなことないですよと苦笑いで返すと、ワタさんは疑いの眼差しを向けて来た。

『畑山さん、大丈夫ですか。もう少しですから頑張って下さい』

 ルビはいつでも私のことを気遣ってくれる。私はもう少しという言葉を励みに、自分の足を前に、前に踏み出した。

『何か、見えて来たぞ』

 藤原さんの声に顔を上げると、銀世界の中に、ぽつんと静かに佇む大木があった。遥か長い歴史を生きてきたのだろうか、と思わせるほど、幾年もの年月を重ねた体をどっしりと地に下ろし、上に伸びる長さは天に届くほどである。

「凄い……」

 近づいてみると、その大きさに圧倒される。私たちは、しばらくその迫力に見入ってしまっていた。

「あれが、チャクの実なのかな」

 見上げると、両手を広げる枝葉には、真っ赤な果実が幾つも実っていた。

「でもどうやって取れば……」

 しかしその実は、木登り名人にお願いしなければならないほど、高い枝に生っている。

「そうだ。ワタさんお得意の影を伸ばしてもらって、ちょちょちょいと取って来て下さいよ」

 私がお願いすると、ワタさんは影使いの荒い奴ねぇと言って渋々自身の体を伸ばし始めてくれた。

 すると、辺りに霧が立ち込め始めた。

「な、何?」

『みなさん、気をつけて下さい!』

 突然現れた濃密な霧は、ルビが叫ぶ間もなくたちまち私たちを呑み込んだ。そして周りが次第に真っ黒な闇へと替わっていく。影も、案内猫も、梟も、何の姿も見えなくなってしまった。

「ちょっとー! みんなー!」

 叫んでいるつもりだが、自分の声も聞こえない。もちろん、返事もない。私は自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。右を向いているのか、左を向いているのかさえ分からない。途端に悔しさが込み上げて来た。

(せっかくここまで来たのに、これでお終いなのか。ちゃんと最後まで進みたかった。読んでみたかった。

藤原さんが梟なら、私は何になるのだろう。せめて生き物がいいな……)

 などと諦めムードに陥りそうになった時、胸の辺りがぼうっと光り出した。

「うわっ。何?」

 そしてそれは瞬く間に一筋の光となって、まっすぐ左を差し始めた。私は藁をも掴む思いでその光を頼りに走った。すぐに息が上がり始めたが、そんなことお構いなしに必死に走った。今までこんなに真剣に走ったことないんじゃないかというぐらい、走った。そして私の筋肉という筋肉が限界に近づいた時、光がみるみる広がり闇を一掃し始めたのである。そしてその光の中から見慣れた顔が現れた。

『畑山!』

『畑山さん!』

『ハタケ!』

 それは自分勝手な影、誠実な案内猫、口の悪い梟だった。

「ワタさん、ルビ、藤原さん」

 ルビは私の姿を見て、ほっとしたように息を吐く。ワタさんは私の頭をべしっと叩く。そして藤原さんは私の肩に飛び乗った。しかしその後ろに見たくない顔があった。

『残念だねぇ。もう少しで迷える読者が出来上がったのに』

 その声にワタさんたちも振り返り、ルビは威嚇の姿勢を取った。

 道を妨げる者、ゼロム。

 相変わらず外見に似合わない陽気な口調である。ゼロムは私の胸元を見ると、舌打ちをしながら悔しそうに口を歪めた。

「そっか……これが守ってくれたんだ」

 ジャージのホックに結ばれてある、魔法のお守り。

 私の世界で栞と言う名のそれは、ジャンバラヤの青年、ペパルさんから貰った物だった。持っていれば、どこまで読んだのか分からなくなることも、どこから読み続ければいいのか迷うこともないと言う。私はまたしても寸でのところで読者でいれたらしい。

 ゼロムは私の肩に乗っている藤原さんを見て、くっくと笑った。

『おや、おや。みすぼらしい鳥だと思ったら、裏切り者の藤原君じゃないか』

『俺は、端からお前の仲間なんかじゃない!』

『裏切り者は決まってそう言うんだよ』

 食ってかかりそうになっていた藤原さんを私は止めた。梟一匹の力では到底かなう訳がない。

『こうなったら力ずくで邪魔するとするか』

 ゼロムはそう言って、スーツの袖を腕まくりし始めた。どうやら本気でやるつもりらしい。にやりと笑みを見せながら、既にファイティングポーズを取っている。

『畑山! こんな奴、一気にやっつけちゃいなさいよ!』

「やっちつけちゃいなさいよって、そんな簡単に出来るわけじゃないですか。相手はどんな力を持ってるのか分からないんですよ」

『つべこべ言うんじゃない! 確かゼロムは攻撃力も防御力も全然大したことないはずよ!』

 だったら私のパンチでもダメージを与えられるかもしれない。私は意を決し、渾身のグーを繰り出した。しかしベシッと言う音と共に、私の左の頬に衝撃が走る。

「ちょっとワタさん、どうなってるんですか!」

 ゼロムは私のグーを簡単に避け、代わりに容赦ないパーをお見舞いしたのである。ワタさんの適当な発言のおかげで、私の頬に真っ赤な紅葉が見事に貼り付いてしまった。

『あらぁ? 可笑しいわねぇ』

 しかしワタさんは、私が送る冷たい視線など物ともせず、紅葉を眺めながら面白そうにけらけら笑っている。そしてすぐさま責任転換するように、

『それにしても女に手を上げるなんて、本当に最低の男ね』

 とゼロムに軽蔑の眼差しを向けた。しかし相手は口の端を上げて笑うだけである。

『この世界での読者は男でも女でも関係ない。つまり、誰であろうと容赦はしないと言うことだ』

 ゼロムが一歩踏み出そうとした時、私の肩から藤原さんが勢い良く飛び出した。そして大空へ舞い上がったかと思うと、そのままゼロムの頭めがけて急降下した。それは私たちが目で追えないほどの、素早い動きである。

 最初こそゼロムはその速さに苦戦していたが、動きのパターンを読んだかのように、梟の足を掴んだ。

「藤原さん!」

『裏切り者の分際で生意気だねぇ』

 獲物を捕まえたゼロムは憎々しげに藤原さんを眺めると、もう片方の手でその首を締め始めた。藤原さんは必死に抵抗しているが、梟と人との力の差は歴然だ。

『ちょっと、畑山。あの梟、ヤバイんじゃない?』

 ヤバイどころか、今にも死にそうになっている。そんな悠長にしてられない。ゼロムは手に力を込めてくっくと不気味に笑っていた。

『君には相応しい最後だ』

(この野郎)

 気づけば私は怒りからゼロム目がけて突進していた。学生時代アメフト部に所属していたわけではないが、私のタックルは思いの他ゼロムの腰辺りに確実なダメージを与え、チャクの木までぶっ飛ばした。その拍子にゼロムの手が緩み、藤原さんは三途の川を見る前に、無事魔の手から逃れることが出来たのである。

『助かったぜ』

 藤原さんは、げほげほ咳きこみながら私の肩に留ると、卑怯者の顔を睨んだ。

『ふん。なかなかやるじゃないか』

 ゼロムはダメージを与えられたことが悔しいのか、先ほどよりも怒りの空気を発しながら、その身を起こした。

(これは今度こそ、本当にやばいのかもしれない)

 かと言って、運動不足の人間に、それを迎え撃つ方法はない。私たちが成す術もなく待ち構えていると、遠くの方でひゅうと音がした。

『ぐえっ』

 ゼロムが蛙のような声を上げたと同時に、その頭上に何かが落ちて来たのである。それは枝からチャクの実が落ちて来た音だった。

 きっとタックルをお見舞いした衝撃のせいだろう。そして休む間もなく次々にチャクの実が落ちて来る。ゼロムは一人輪唱をするように、ぐえっぐえっと声を漏らしながら頭をへこませていった。

『あらー。見事にひしゃげたもんだわね』

 ワタさんは、ぺしゃんこになったゼロムの頭を見ながら感心していた。

『お、お、おのれ……』

 ゼロムは頭がへこんでしまっても、ふらふらの足取りになりながら反撃をしようと窺っている。

(敵ながら恐るべし)

 と思っていたら、ゼロムの体の輪郭が急にぼやけて見えた。錯覚かと目を擦ってみたが、違うらしい。おまけに真っ黒なスーツも少しずつ色褪せて来ているように見える。

『ちょ、どうなってんの?』

 ルビがその光景を眺めながら呟いた。

『きっと、ゼロムは本独自が創ったキャラクターであるが故に、きちんと帽子の中までイメージされてなかったんでしょう。だから、張りぼてのように壊れてしまった。そしてキャラクターとしての体裁が保てなくなった途端、その命が消え始めたんです』

 ゼロムの体は、徐々に色が無くなり輪郭だけとなった。そしてそれはただの線となり、点となり、終いには跡形もなく消えてしまった。

「やっつけた……」

 嫌な奴だったが、これで邪魔する者はいなくなった。あとはチャクの実を持って帰り、ケルーラさんに魔法の種を貰うだけだ。水をかけるのか、はたまた何か特別な物をあげるのか。どんな方法でも構わないが、種を芽吹かせれば、きっとオラクルの言葉通り魔法使いになることが出来るだろう。そしてようやく自分がいた元の世界に戻れるのだ。呪文を使って帰ろうか。いや、せっかくだから箒に跨って帰るのがいいのかもしれない。

『それにしても、あんたって無茶な梟ねぇ』

『あいつにお返ししてやろうと必死だったからさ』

 私が妄想を繰り広げる中、いつの間にか影と梟の間で戦友としての絆が生まれていたらしい。ワタさんはその勇気ある心意気を感じ、藤原さんを仲間だと認めたようだった。ルビは『みんなで手分けして持って帰りましょう』と言いながら、その辺に転がっていたチャクの実に駆け寄った。私は胸が高鳴るのを抑え、ルビの言葉に頷いてチャクの実を両手に抱えた。



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