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 生身で空を飛ぶという、ショッキングな事象を体験した後。

 レイチェルは王の凱旋といわんばかりの、堂々とした足取りで謁見の間へと踏み込んだ。


 伴われて彼女の後ろを歩いていた私にか、その間に控えていた貴族達がざわめく。身に纏っているのは焦げたストッキングにロングコート、全身煤塗れという酷い身成りであるのは自分でもわかってはいるのだが、レイチェルは着替える暇どころか顔を拭う時間すら与えてくれなかったのだ。


「静まりなさい」


 列の先頭を優雅に進んでいたレイチェルの静かな声が、対した声量も無いのに響き渡った、気がした。その一言に貴族達がぴたりと口を噤む。──なんだ?レイチェル側の動きが全くわからないままであったために、その光景には違和感のみを感じることしか出来なかった。誰からともなく、貴族達がレイチェルに向かって膝を着く。波のように次々と頭を下げる大人達に、喉に何かが絡まるような、奇異な感触を覚える。

 何故レイチェルに貴族達が礼を取るのか。その意図を理解しそこねて、思わず足が止まった。

 反響していた靴音が止まった事がわかったのだろう、目の前の少女が鋭い瞳の奥に炎のようなゆらめきを灯して振り向く。


「あら、どうしましたの」


「……レイチェル。まだ、君の目的を聞いていないままだったな」


「お教えするには、まずは見て貰う方が早いかと思っておりますの」


「何を……」


 言いかけた言葉を遮る様に、レイチェルの扇がするりと風も起こさないようなしなやかな動きである一点を指した。

 その方向を辿って、視線を向けた先は段の上の玉座。ローレンツォレルの紋を纏う兵士達が隠すようにして立っている。玉座に何があるのか。レイチェルの扇がひらひらと視界の端で動くと共に、兵士達が横に逸れる。


 そうして見えたものに、思わず息を飲むことになった。


 最後に見た時には物言わぬほどにくたびれた顔をした王が着いていた玉座には、今は失血のせいでか青白い顔色の王太子が身を投げ出すようにして座っていた。

 罪人のようにその首と手足首には枷が嵌められており、それぞれにはびっしりと紙札のようなものが貼り付けられている。何らかの文様と文字が複雑に組み合わせられたデザインが書き込まれているようだが、生憎と全く見覚えが無いものだった。おそらくは、魔封じのためのものだろうが。

 だが、何故王太子がそこへ座っているのか。まだ成長途中の彼の頭に無造作に置かれたような豪奢な王冠は、サイズもその造りも煤に汚れて死に掛けたような王太子には酷くミスマッチで、どういうことかと訝しがるより先に戸惑いが浮かんでくる。

 その足元に力なく転がされているマリクとグレイスも、その空間の異様さを引き立てていた。


 どういうことだ。


 絶句する私に構いもせず、レイチェルはドレスの裾を裁いて段を登った。そして、全く躊躇う事無く王太子の座る玉座の隣の椅子へと腰を下ろす。──王妃の椅子へと。


「……そういう、事か。よく貴族達を黙らせる事が出来たな」


「あら、私を誰だと思っておりますの?」


 にんまりと赤い唇を吊り上げた少女に、やはり魔女のようだと思ったのは、墓の下に入るまでは口に出さないほうが賢明だろう。


 その時だった。王太子が急に激しく咳き込んだ。頭に単に引っ掛けていたようだった王冠が、落ちて床に叩き付けられる前に、その隣に控えていた兵士の手によって取り上げられる。

 咳の音の中に、明らかにごぽりという粘る水の音が混じっていた。暗い赤色が吐き出され、ぱたぱたと音を立てて手枷に落ちる。

 やけにおとなしいと思ったら、毒も飲まされているのか。血の気の失せた肌は失血だけが原因では無いらしい。


 哀れみは感じなかった。結局王太子は回避しようとしていた未来を迎える時期を早めただけとなったが、それも自業自得というものだ。

 毒を煽って膨大な魔力をその回復に当てる苦痛の中、王座に縛り付けられる事。或いは、何もかもを取り上げられて魔封じの部屋へと幽閉される事。

 リンダールとの戦争さえ続いていれば、或いは彼はその膨大な魔力によって英雄にでも成ったのかもしれないが。

 ──それか、他人を信用することさえ知っていれば。

 王家としての矜持を捨てずにいてくれたなら、人柱になどなってやる事は厭わなかっただろうに。


 レイチェルが他に誰を動かしたのかは、私はまだ知らないが。

 端的な結果のみで言えば、王太子(アルフレッド)は見ての通り王と成り、レイチェルは王妃の座に収まったらしい。その発端となったのが、立役者という言葉から察するにゼファー、或いはレイチェルとゼファーの二人共か。

 最初の頃、王太子の情報を集めた際にレイチェルに情報を操作された可能性がかなり大きくなった。いくつかの情報を隠匿して私の事を躍らせたのではなかろうか、この魔女は。結果だけを鑑みれば、何もかもがレイチェルに都合良く収まっているようにしか見えない。


「そんなに王妃になりたがっているようには、見えなかったが」


「気になりますの?うふふ、ではそれについては貴女が侯爵と成れた暁にでも教えて差し上げますわ──成れるならば、ですけれど」


 意味深な言葉を残して、レイチェルは扇を払った。どう見ても下がれ、というような身振りであった。

 今日はこれ以上の事を話すつもりは無いらしい。王位の簒奪に成功したからには、やる事も多いのだろう。

 だが、もう一つ聞かねばならない事はある。


「ゼファーの事をまだ聞いていない」


「本人にお聞きした方が良いのではなくて?」


 素気無い返事と共に、レイチェルはさっさと王妃の座を立ってしまう。それに合わせて伏せていた貴族達が一斉に立ち上がった。個人的な質問が許されるのはここまでと、言外に宣告されてしまった。

12/11 ver2の投稿を始めました。

この話はここで止めさせていただきます。

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