うるわしきもの、汝の名は金
変化解除からひと月が過ぎ、ついに12月に突入。
彼らはごく普通に、暮らしていた。
拓人は、スティーヴンに殺されていなかった。逃げるのが本当に上手だったから。
スティーヴンは、決してあきらめたわけではないが、それよりももっと現実的な問題に立ち向かっている。生活費を稼ぐため、バイトに精出す日々だった。
朔太郎は相変わらず、みすず先生の毒にも薬にもならない個人授業を受けていた。
伝助は、バンドの活動に打ちこんでいた。
はたから見れば、何の変哲もないそれなりの青春の日々だった。
あかねがこんなにニコニコしていることは、ここ近年かなり珍しいことだったかも知れない。
活き活きしていることはあった、楽しげにしていることももちろん。しかし……
ここまで幸せそうな笑みを浮かべていたのは、一体いつ以来なのだろう。
ユキはそんな妹を、目にわずかな恐怖の色を添えて、じっと見つめていた。
あかねは、机右側に電卓を据え、目の前にはピンクの預金通帳を開き、左上には日記帳を兼ねたメモ帳を開いて据え付け、先ほどからずっと通帳と日記帳に左の人さし指をさまよわせ、鉛筆を持ったままの右手で計算を繰り返している。
「去年の6月、ええと23日が第一回として、これはアタシの分だからこれね、1124円、そんで次が……」
ヘンプロから渡された通帳には、細かい項目と金額とがずらりと並んでいた。
彼らが伍人衆変化として『就労』した分を『影の力』は全て賃金として払ってくれると宣言、解除処理が済んで半月ほどしてからのこと、面談ということで一人ひとりが校長室に呼ばれ、その際にこの通帳を各変化一冊ずつ渡されたのだった。
ユキとあかねは残念ながら『サクラ変化』としては一人前の働きとしてしか認められていなかったが、それでもミーティングなどで二人が参加した場合にはきっちり二人分の経費として支払われているらしかった。
そしてあかねは、自分でもキチンとがめつく残していた記録とそれとのつき合わせ作業を行っていたのだった。
もう一つ残念なことに、この通帳は銀行側との取引の都合で、来春3月末までは現金の引き降しができないのだそうだ。今は12月に入ったばかりなので、とりあえず、あかねは貰った通帳の明細に間違いはないかを入念にチェックしている最中だった。毎日。
「ねえあかね」横で眺めていたユキ、彼女の手が電卓から離れた一瞬を狙って声をかける。
「計算、合っていそうなの?」
「今のところはね、二人分合計で112,523円。アタシが約6万でユキが5万ちょい。アンタが一回出られなかった分はちゃんと調整したし(はいはい、と気の無い返事のユキ)。
ただ去年の8月、ひとつだけ経費扱いされてない所がある」
ほらここ、と見せようとしたのを軽く避けて、さりげなく聞いてみる。
「そんなことより、センター試験の準備はいいの」
あかねは鼻を鳴らした。「ママみたいな事言うね、イヤな人だ」
「ここんとこ、ずっとそればっかやってるからさ」
「見張ってるの? どうせアンタはいいよね、専門学校の特待生入試、合格したんでしょ」
「まだ月末まで確定じゃないよ」
「受かったも同然よ、余裕だよね」
「何ならアタシがチェックしようか」
ユキが心配して手を出そうとすると、まるで親鳥がヒナをかばうように、通帳の上に伏せて上目で彼女をみた。
「めりー・くりすまーす」脅すような口調だった。目はもちろん笑っていない。
「アンタみたいな大雑把には任せられない」
ユキは大きくため息をつく。「半分はアタシのお金なんだからね」
「まあ、大まかに半分は、ね」
また電卓に指を這わせ、通帳と日記とに交互に目を走らせるあかねをしり目に、ユキはぼんやりと物思いにふける。
やはり、みんなに一度、集まってもらう方がいいんだろうか。
変化解除の後の、あの一件。駐車場で起こったこと。
確かに、光ったような気がしたのだ。一瞬。
スーちゃんも言ってた、アパートで光をみたような気がした、と。
でも彼はその後笑いながら「なワケねえよ、終わってるんだし」と言ってた。それでもガラクタだなんて言いながらも持って歩いていたのは、やはり何かが気になっていたのではないのだろうか。
まだ終わっていない、そんな胸騒ぎがいつまでも残っていた。




