宿題は、溜めてはいけない
始めは、夢にうなされた。
そのうち、起きている時も、確かに感じるようになった。
気配だ。
ここに越してきたのは、敵『ものから団』から逃げるためではない。
彼は何度も自分に言い聞かせていた。
身近な人々を敵から護ると同時に、新しい土地で新しい仲間をつのり、完成されたコマンド・チームとして正義のために戦うのだ、そう、それそれ。
時間はあると、思っていた。
『彼ら』は拓人を『変化』に改造しただけではあきたらず、他にも仲間を集めてこいというのだ。期限は確か、半年だった。いや、五ヶ月だったか? 五週間? 五日かもね、とにかく、そのくらいかな。
そのうち何とかできるだろう、そう思っていた。
それは、夏休みの宿題と同じこと。日がたてば経つほどツクツクホウシの声が耳に痛い。
そして今、彼の耳の中では、ツクツクホウシの交響楽団が、ワーグナーをフォルテッシモで演奏中だった。
とある町で初めて『ものから』の攻撃を受けたのは、二週間前。
その時は、腐ったトマトを投げつけられただけだった。
だがおととい、腐ったトマトはヤシの実にとって替っていた。
そして昨日は、なんとカッターナイフ。
植物から、鉱物へ。そして、どんな進化をとげていくのでしょう。
お、た、の、し、みっ
「な、ワケねえだろお!」
「チクショー」財布を開けて、拓人がうめく。
いつものごとく、帰り道、ところはとある高正門前、モリモトパン屋の店先。
「どしたの、タクちゃん」
「サク、ごじうえん、貸しちくりぃ」
朔太郎、右のポケットに手を突っ込む。ほどなく、ぴかぴかのコインを出して
「何買うの」と聞くから
「ビール」と答えた。
「え? どうしてさ」
「オレは、ハクチュードードー、グレてやるんだ」
「どして」
拓人、険しい目で店の方をみつめ
「……」しばし迷ったのち、だっ、と駆けこんだ。
「らっしゃあい」
「お、おばさん、ビール一本」
「5年も経ったら、またらっしゃあい」
「お、おと、父に頼まれて」
「顔にう、そ、って書いてあるよ。はい免許証か保険証みせてー」
「くー」どうも、明るいオバサン攻撃には勝てない。
「……パンプル一本」(原注……パンプルとは、この地方の駄菓子屋で売られる、原料不明の清涼飲料水である)
「はい120円ね」
得体の知れない薄緑のビンを手に提げて、拓人、すごすごとひき下がろうとした。と
「あと、二日だかんね」
拓人、びくっとしてふり返る。
あいつだ。
変化生みの親と言われ、俗に『利休博士」と呼ばれている、正体不明の男。声にはなじみがある。またの名を『変化の親玉』(そのまんまやんけ)、コードネーム『マウス』、ステージネームは『しのぶ』、京都じゃ『ナギサ』と呼ばれてた、なんてことはない。
こちらに背を向け、テレビの漫才を見てる。
いたいけな老婆のフリをして、50センチのものさしで座イスの横にある新聞を器用にたたんでいる。だが、声は低く、冷静そのものだ。
「とりあえず、あともう一人、急ぎだかんね。守れんとなると、そうさね……」
拓人、つばを飲む。ごきゅ、あたりにひびき渡るかという大音響。
「表のあの子、いい体してんじゃん。力もありそうだし。友だちかい? いいねいいね」
「やめろ」どなったつもりだったが、声がかすれていた。
「アイツは、体弱いんだ、心臓が」
「あれま、ウソっこは、なしだかんね」
「ホントだって……」
「ほとんど治ってるって、言ってなかったっけ。先週金曜くらいに」
「くをぉ」どこまでもお見通しのようだ。それにしても、アイツがここのババアだったなんて。いや、それともここんちのバア様に化けているだけか?
奥の人物は、情けのひとつもなさそうな声で言葉を続ける。
「考えてもごらんな。アンタはもう危ない橋を渡っとる。いつ、敵のヤツらが襲ってくるやも知れん、が、まあとりあえずは『変化』で身をかわせるからいい。としても、表のあの子、お友だちらしいね、あの子はどうなんだか。オマエさんの巻き添えくらって、ひどい目にあわんとも限らんね。いやいやいやサイアクの場合死……」
「ってこと言うんだ!」
「だってさ、ホントウのコトだかんね。だからって言っておんなじクラスになっちまったんじゃあ、ムシし続けるわけにゃ、いかんわな。そんならいっそ、あの子も巻き込んじまったほうがお互いのためじゃ、なかろうかね」
「オレが……」パンプルの緑のビンから、水滴がしたたり落ちている。
「オレが、そんでも独りでやる。って言ったら、どうするんだ」
奥から、低い忍び笑いがもれる。
「はじめに言ったはずだ、イクシマタクト。メンバーは計五名、オマエが集める。説得するでも、だまくらかすでも、方法は問わん。だが、必ず最後には五人のタグを組む。これは単なる条件ではない。必須事項だ。
オマエひとりで戦ったらどうなるか……よく分かっているだろう?
今はいい、まだ独りでも十分にパワーは出せる。だが、戦いが重なるにつれ、どうなるか」
そうなのだ。手に持ったビンと同じく、拓人の額から冷たい汗が流れおちた。
思い出したのだ。ついこの間の戦い。きわどいところだった。敵の投げたカッターナイフがコスチュームの袖をかすった。ケガはなかったが、実際ダメージを受けそうになったのは、初めてのことだった。
それに、ジャンプ力も何も、初めの頃と比べてだいぶ落ちたような気がする。いつもなら、『変化』中には全身に力がみなぎるのが分かるのに、この頃はミョーに疲れが残るのも気にはなっていた。
黙ってつっ立っている拓人に
「はいありがとねぇ」急にぱん、と手をたたいて、モリパンの明るいオバサンが声をかけた。今までオバサンは、彼の横、アイスクリームのケースによりかかって立っていたはず。だが、奥の人物が話している間、全く存在を消していた。
オバサンの声で、呪縛が解けた。拓人は押されたようによろめいて、店の外に出た。
陽射しが目に痛い。表の、日陰になったところに朔太郎はぼおっと立っていた。
「おかえり」拓人が手に提げたビンを見て
「なーんだ、パンプルのことだったのかあ」
拓人、無意識のうちにサクに一本手渡している。
「ありがと」
「お、サク」
「なに」
口を開いたまま、拓人はまだ言葉を選んでいた。
おいサク、助けてくんない? あるいは、おい、サク、いっしょに戦う気、ない? 正義のタメなんだけどさ、またあるいは、オマエとの縁もこれまでだ、あばよ。
ダメだ。どれも言えない。
第一、本当のことを言っても、信じてもらえるワケがない。このままオレといっしょにいると、危険なんだ、悪いヤツらにつけ狙われて、そのヤツらってのが……
替わりに、口から出たのはこんな言葉だった。
「パンプル、飲む?」
「あ、うん」しかし、朔太郎、ぼおっとビンを持ったまま。
ふと気がついて拓人「あた~」頭を抱えた。
「そうか、栓抜き」
店にもう一度入って開けてもらえばそれで済むのだが、いまさっきのアレでは、再び入っていく気力もない。
あの街から逃げただけでは、やはりダメだった。敵はどこまでも追いかけてくる。そして、味方すらも。
とある町を逃げ出したとしても状況は同じだろう。信頼できる仲間を集めて、敵を倒し、味方の組織を納得させるまで、拓人に安息の時はない。それをつくづく、思い知らされた。
そう考えると、アイツらだって味方の顔した新たな敵とも言える。
『ものから』だろうと、『変化衆開発プロジェクトチーム、略してヘンプロ』と呼ばれるアイツらだろうと、彼の生活をめちゃくちゃにしている点では、まるで同類だ。
「サク、オマエまさか持ってないよな」
「栓抜き? そう言えば……」
サク、がさごそとズボンのポケットに手をつっこみ
「あた」
小さな、少しサビの浮いたヤツを取り出した。
「相変わらず、四次元ポケットだよなあ」
いつもながら感心してしまう。拓人、ビンのふたを開けて、サクにも手渡す。サクは、照れたように笑っていたが、ふと
「そういや、さっき、どうしたの、何か」
「え?」
「なんかさ、言いかけて」
「あ、ああ」決めた。まずどうしても仲間にするならば、彼をおいて他にない。しばしのブランクはあったものの、気心が知れているというところでは、文句なし。
だが、どうしても言いだせない。
リミットまであと二日、それに……
敵が今すぐに現れてもおかしくないという、この時に。




