銀幕な一家だった 01
彼は夜遅く帰った。鋭く2回、それから間をおいて3回、ドアをノックする音が夜の闇に響く。彼女はドアの内側にぴたりと身を寄せ、見えない影に向かって言葉を発した。
「森は美しく暗く深い。」
ほとんどそれに続くように、外から同じく押し殺したような答え。
「……だが、約束を果たして眠りにつくまで、道はまだ遠い。」
女はドアのロックを回し、チェーンを外す。がっしりした体躯を灰色のトレンチコートと目深なソフトで包んだ男が、ひんやりと湿った外気をまとわりつかせ、そこに立っていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
二人は幾年ぶりかと言う様子で抱擁を交わす。
それを、玄関の後ろで半ばあきれて、半ば感心して眺めている三人のティーンズ。
「ママ、お腹すいちゃったあ」
大声をあげたのが、一番年長の娘、奏子高校二年生。
ママと呼びかけられた女性がふり向く。どう見てもただの主婦で、トレンチコートと久方ぶりの再会を果たしたようなロマンティストには見えないのだが、よくよく見るとコートの男も似たり寄ったり。夜霧にむせぶ世間から一歩、黄色い照明暖かな家庭内に脚を踏み入れてソフト帽を取ると、どこにでもいる普通の中年のおっさんに戻った。
「待てよ、一人足りないぞ」
それでもまだ、俳優ばりのよく響く声で、彼はあたりを見渡しながら言った。
「そうだ、ヒトシはどこだ。ジョーンズを捜しに行ったきりか? よもやエイリアンにやられたのではあるまいな」
「……つうかずっといるし」
口を尖らせながらも、中二の次男・均はニヤニヤして答える。
「あと、うちのネコ、マタキチだし」
その脇で一歳年上の長男・茂もニヤニヤしてつけ加える。
またいつもの『銀幕ショー』の始まりだ。
彼ら都筑一家は、かなりの洋画ファンであった。
元々は映画好きの両親が趣味で色々と観ていたのに子どもがつき合うようになり、そのうちに映画館でめぼしいものがかかるというと親子で出かけていくようになった。
映画の中でも特に洋画、父の明徳はサスペンスやアクションもの、母の真智子はやはりサスペンス、そしてロマンチックな恋物語、子どもらはそれなりにSFやホラーなど、時にはそれぞれの趣味に付き合いつつ、かなりの数の作品を見倒していた。
「まあいい、飯にしよう」脱いだコートを、マチコが差し出すハンガーに通して壁際のフックにかけてからアキノリ、急に素の口調にもどる。
「マチコ、ここの自慢料理は何だい」
「白いかまぼこよ」
「次はなんだい」
「赤いかまぼこよ」
「そしてその次は」
「白いかまぼこのお代わりよ」
彼はあきらめたようにため息をひとつ。
「さあみんな、ディナーの用意ができたわよ」その声に誘われるように、皆わらわらと食卓に向かう。
本当に、かまぼこメインだった。
母マチコは、映画にはめっぽう詳しい割に、料理の腕はからっきしだった。この日の主催は紅白かまぼこの盛り合わせに、トマトとレタスのサラダ、そしてワカメのみそ汁。
それでも彼らは和気あいあいと食事を楽しんでいる。高2、中3、中2という難しい年齢の子どもたちなのにびっくりするほど仲が良かった。まあ、喧嘩もよくするのだがやはり、両親が傾倒する映画の世界が、彼らを一つに結び付けているのかも知れなかった。
「カナコ、」かまぼこをいっぺんに3切れ箸につまみながら、父が尋ねる。
「お前、あのタグチくんとつき合ってんのか」
いきなりリアルに本題に入り、カナコはぐっとご飯を喉に詰まらせる。
先日、帰りが遅くなった時に家の前まで送ってもらったのを、しっかりチェックしていたらしい。洋画については恋愛でも何でもオープンに語るくせに、父は家庭ではあんがい保守的だった。
「タグチくん部活やめたんだろう? 何で休みに一緒に出歩いてんだ」
「街で偶然会ったんだって」
「あんな夜遅くにか」
「たまたま観たい映画一緒だったし、時間がぴったりだったんでついでに」
「お前、ついででオトコ友達とつき合うのか?」
何だか雲行きが怪しくなってきた。ヒトシ、やや身を堅くする。が、そこに兄が
「やばい」声を潜めて皆の顔を見渡した。
「ボス、盗聴されていました!」
そう言いながら、テーブルの下に数秒前に自分でこっそり張り付けた赤いかまぼこの切れをさっと取り上げて周りにみせてから、ヒトシがあっと思う間もなく口に放り込んでしまった。仕方なく彼も続けて
「ボス、ここにも!」
箸に挟んであったカマボコをテーブルの下から出すフリをして、父の方に掲げてみせる。
「こっちは」白かまぼこだった。「新型です」
そして、テーブルにくっついたのはイヤだなあ、と思いながらもはずみで口に放り込む。
少し堅い表情だった父も、母もついぷっと吹き出した。カナコもほっとしたように笑みを浮かべる。
「会話に気をつけろよ、オマエら。ここには敵が多い」父はつい調子を合わせてしまう。その間にカナコは大急ぎでみそ汁を飲み干し、「ごちそうさまー」茶碗と皿を流しに持っていきながらあわてて
「ダイジョーブ、ただの映画友達だし、ぜんぜんアヤシイ関係じゃないから~」
じゃ、勉強してくるー、と二階の部屋へ退場。




