地獄から来た転校生 02
「佐塚崇秀くんだ。まあ、すぐに夏休み、夏休み終わったら間もなく受験だが、早く学校に慣れるようにみんなも協力してやってくれ。で、佐塚くんは千葉から少し前にこちらに来てたんだが、ずっとシゴトをしていたんで学校には……」
担任の伊丹は、実は詳しい事情はほとんど教えてもらえていなかった。
突然、校長から呼びつけられて、転入生を一人クラスに受け入れてもらえないか、と頼まれただけ。頼みと言いながらも、ほぼ命令に近かった。
彼がインターナショナル系だということも聞いてはいた、まあ他にもハーフやクウォータの生徒は数人いるにはいる。隣のクラスの見城ちあきだって、ママがフィリピーナだ。
しかし、ちあきは可愛いから全然問題ないが、コイツには何か、かなり危険な匂いがする。
それに、学校側の対応もヘンだ。こいつの個表など、書類一式を受け取ったのもつい今朝がたのこと。それに、渡した時の校長の注意も、ふるっていた。
「佐塚くんは、頭脳も明晰でスポーツも万能、礼儀正しい素晴らしい生徒だ、と思う、たぶん」
「はあ」
「だが、二つだけ気をつけてほしいことがある」校長が少し詰め寄ってきた。
「一つは、ご家庭からの要望で、彼がハーフであるという事を特に学校からは言わないでほしい、と。だから名前もサツカ・タカヒデ、だけでよい、と」
「分かりました」
「もう一つ、こちらが重要なんだが……」校長は更に近づいた。
「授業中とかね、いきなり(と、校長もいきなり身を乗り出したもんだからあわれ伊丹はびくっと飛びあがった)、窓から飛び出して行っても気にしないでほしいのだ、他の生徒には後から注意するとか適当にごまかして……」
「あのお」まだドキドキしていたが、伊丹はようやく聞いてみた。
「四階の窓からでも……ですか」
「うむ」校長は、いートコロに気がついたねえ、と言いながら彼の肩を叩いた。
「気をつけるようによく言い聞かせておくから、安心したまえ」
じゃ、頼んだよ、と廊下に追い出されてしまった。
伊丹静男、31歳、独身、小柄でやや痩せ型、知る人ぞ知るマザコンロリコン、それでも平和を愛する潜在的スカトロ趣味のこの男は、すっかり転入生に恐れをなしている。
(どうしてオレのクラスなんかに……22だって、24だって、そう25だっていいじゃねえかよ、山内センセベテランなんだし。しかも何だかややこしそうなヤツ。目つきキツイし。それに窓から飛び出すぅ? おいおいおいカンベンしてくれよ、死んじまったらオレのせいになっちまうじゃねえか、クッソー、あ、違うママに叱られる、ダイベンめ。どうしてオレってこうついてな)
「……というわけで(ほとんど説明にはなってないけど)佐塚くんから一言、自己紹介をしてもらう」
「よろしく」
わずかの間があって、みなの拍手。スーちゃんはぐるりと(一応猫かぶりバージョンで)見まわしながら、どいつもコイツもノンキそうだな、と独りおもっていた。
と、その時前の入り口から「失礼しまあす」とまた一回り以上ノンキな声が。
「すみませーん、25の山本ですが、職員室でついでにこっちにプリント持ってってやってくれ、って……あれ」スーちゃんの目の前に立った。
「なあんだ、スーちゃんじゃん」心底ぎょっとなる。
そこにちょうど終業のタイム。スティーヴンは焦りまくって彼の口を押さえにかかる。
わあっと、数人が寄ってきた。
一番前のヤツが
「あれ、サク、友だちだったんだ?」
サクが「うん」と答えるのとスーちゃんが「いんや」と答えるのと、全く同時だった。
いっとき、しん、となる。周辺にいたヤツらは、何か面白いことが始まる予感でわらわらと群がってきた。
スーちゃん、落ち着いた風を装いながら、サクの口に回した手をさりげなく彼の肩にかけ直す。
「いや、友だち、つうか、その知り合い? いや、シンセキ、そうそうイトコだった、な」
「ゔ」後ろから無理やり首を押さえられ、サク、人形芝居のようにぎこちなくうなずいた。
「へええ、そうなんだ」やけに声のデカい、いかにも体育系の男が、偶然て、あるもんだなあ、とすっかり納得している。
周りも、この、何かとデーハーな見てくれの転校生と、一斉テスト以外ではほとんど名前も聞かないような山本朔太郎との意外な関係に、すっかり沸き返っている。
「で、さ」横で聞いていた軽そうなヤツ、転入生とコミュニケーションを深めるチャンスとばかり
「どうして、スーちゃんて言うの?」軽く、一番衝かれたくない部分を衝いてきた。
「だれが?」さりげなさ校内一をめざすスティーヴン。実は、すっかり凍りついている。
「サクさんがさっき、言ったじゃん」
「だって」朔太郎がノロノロと
「スーちゃん、もともと……」
「あだ名がさ、な、サク、いっしょに小さい時遊んだよなー、あん時から」心の中で必死にサインを送る。(サク、頼む!)
「あ? うん、そう、うっとー」サクはなんとか了解したらしい。
「えっとお、」しかしコイツ、こういう時の作り話はめっぽうヘタクソ。
「そう、小さい時、えっとお、似てたもんだから」
「だれに」
「なんだっけ、あ、そう」ぱっと顔をかがやかせて
「キャンディーズのスーちゃん」
いったん、し……んと静まり返ってから、場内大爆笑。
大混乱の中、真っ赤になったスーちゃん、どうやらサクを引っぱり外へと脱出した。
やっと静かな場所まで来て、彼はふう、とため息をつく。
「まいったな」
朔太郎、心配そうにのぞきこんだ。
「スーちゃん、ボクさ、何かマズかったかなあ」
スーちゃんはいつもの殺気すらころされてしまったかのように元気なく、彼を見た。
「別に。でも、ガッコじゃミドルネームで通すつもりだったんだ、タカヒデってな。
なにかとさ、昔住んでたトコに、スティーヴンがこんな所にいるってバレたくねえんだよ」
「そっか」少し考えてサクが言った。
「なら、タカさんの方が、いいかなあ」
「今さら、いいよ、何とかなるだろう。それにしても、今どき何だよ、きゃんでーずなんて、ありかよ。何時代の話だよソレ」
「いいよ、明日からボク、そっちの教室にしょっちゅう寄ってさ、タカちゃんて呼ぶよ」
またまたスーちゃん、大きなため息をついた。
「なんかよ、もう遅い気ぃする」
「うん」下向いて、上向いて、サクが言った。
「ボクも、そう思う」
翌朝、23HRのミスター・体育会系アカギは正門近くで彼をみかけ、大声で呼びかけた。
「おーーーーーい、おっはよーーーーー、すーーさあぁぁぁん」
「おはよう、友よ」
すっかり諦めきったように落ち着いた口調で、スティーヴン・タカヒデ・サツカはそう応えた。




