地獄から来た転校生 01
スーちゃんが、学校にやって来た。
ひと目見るなり、拓人、食ってたコロッケパンをぽろりととり落とす。
もう夏になろうとしているのに一分のスキもない、しかしちょっとばかり丈の長い学生服、きっちりとプレスされたズボン、前側にダイナミズムが残るものの、やや短く刈られてぐっと落ち着いたヘア・スタイル。
が、目の奥に宿る光は、さすが、並みではない。
まるで、自分の前にいるヤツはすべてにっくき生嶋拓人だと思っているかのよう、まるでそのものなんだけど。で、ソイツを取って喰ってやろうという気迫。おかげで、隣でヤキソバ喰ってた成駒もビビって箸を止め、近づく彼をじっと見守っている。
彼は定規で引かれた線の上を導かれたようにまっすぐ拓人の前にやってきて、そして止まった。
「お」
言葉を発する間もなく、スーちゃんの鍛え抜かれた腕が彼の胸元をつかむ、と思いきや直前でひょいっと手をひっこめる。
ついついいつものクセで身を引く拓人に、スーちゃん、低いがしかし丁寧な口調でこうのたまわった。
「あのですね」
それだけでもぶっ飛びモンだったのに、次のもかなり、おぞ気モン。
「少し、おいでいただけませんかね」
口をあんぐり開けたまま、拓人、スーちゃんの後にフラフラついて行く。気づかぬうちに、先ほど落としたコロッケパンを
ぐし
思い切り、ふんずけてしまった。
「お、イク」小声でナリが呼びとめた。
「なに? アイツ」
「ヤナヤツ」無意識のうちに応える拓人。
「ダイジョーブか? 不良?」
急にくるりとふり向いたスーちゃんに、ナリはあわてて言葉を飲み込む。
「お手間は、取らせませんので」一流レストランのボーイのごとく、インギンな口調。
しかしナリ、そのレストランにほか弁を持ち込んで喰っているトコロを見つかりでもしたかのように、二の句が継げない。
スーちゃん、かすかにあごを上げ、拓人をうながすと教室の外に出た。
廊下のつき当たりでスーちゃん、
「オマエ」
唐突に口をきる。
「何組だ」
あっけにとられたまま、拓人「なんで」
「いいから、何組なんだよ」
「ナンクミ? ああ、はいはい分かりました、何ホームかってコトね」
ふと、不思議そうに
「ってソコでメシ食ってたし、知らなかったっけ?」
「教室の番号まで見てねえ」
「じゃ、どーしてココでメシ食ってたの分かったんだよ」
スーちゃん、目線を外して何かを言いたくないように口をゆがめた。ようやく
「たまたま、見えたんだよタコ、オメエのアホヅラなんて百メートル先からでも分かるからな」
ふうん、と拓人、上目遣いに彼を見ていたが急ににんまりと笑う。
「わぁかった、そーだよなー、ヘンゲの仲間だもんなぁ、ケハイでさ」
「気持ちワリイこというんじゃねえ、タコ。なワケねえし」何故か焦っているスーちゃん。
「まーたまたまた」拓人はすっかり面白がっている。
「外から見えたって、つきあたりだし三階だし、ココ。ケハイだよなー、そーだろーなー、ダチだもんねぇ」
「るせえ、死ね」いったん出した手をイライラと引っこめるスーちゃん。
「それよか今から事務室行くんだよ、早く何ホームか吐け、この一寸法師め」
「バカ、オレ2年になってかなり伸びたぞ、それよかオレのクラスがどう関係あんだよ」
「イチイチごちゃごちゃぬかすな」とうとう黄金の両手が首にかかった。
「はよシネや、違う、教えろや」
「いう、いういういうから放せーー」
「吐けやぁ」
「ギ、ギジューゴだぁぁ」
「ギジューゴ? 25か」
「ぞーだよー」
急にぱたりと、スーちゃんは手を離した。「そか、ならいいんだ」
えほえほ、むせながら拓人「だから、なんだよ」
スーちゃん、いきなりにっこりとほほ笑んだ。拓人には一度も見せたことのないような、いたいけな聖歌隊のボーイ・ソプラノみたいな、無邪気な笑顔。
「おれ23。テメエと離れてラッキーだったよ」
そうしてさっさと引き返して行こうとしたので拓人声をとがらせた。
「もしかして、それ聞きにきただけ?」
「そ」
遠ざかるスーちゃんに怒りの一声を浴びせようと拓人、一歩踏み出した。が、彼がくるりとこちらを向いた方が早かった。
「それから」
片手で痛む喉を押さえたまま、拓人弱々しく
「なに」
「ガッコーの中でだけど」
「ああ」
「口きいてくるんじゃねえ、いいな」なんだよ、ソリャ、言ってやるとヤツは数歩こちらに戻ってきた。
「オレはだな、オメエの顔みてるだけでムカつくんだ、キンキョージタイならともかく」
「きんきゅう、じたいだろ」
「るっせ。オメエに教わりたかねえ。とにかくその、ジタイとならともかくそれ以外のへーワなガッコーセーカツで、オレの前にウロチョロすんじゃねえ、分かったな」
拓人、むっとしてやり返す。
「だーれがオマエなんかの前でウロつくんだよ、スーちゃんの方こそ……」
「ガッコじゃ」スーちゃんがいつの間にか、迫っていた。低い声で
「その呼び方はよせ」
「なんでだよ」
スティーヴンは黙って通知を取り出す。受け取った拓人、一応目を通すが、困ったように
「この『佐塚』は分かる、で、その後のこれ、何?」
「オレの名前だ」
「何て読む」
スーちゃんは怒ったように
「タ、カ、ヒ、デ」
「え? なんで、スティーヴン、つうのは?」
「ありゃ、ファースト・ネームつうヤツだ」
「じゃ」拓人は今一つ、つかみ切っていない顔。
「正式には、タカヒデ・サツカ、スティーヴン?」それから何となくつけ加えて「メンタイコ?」
「オメエほんと頭悪りいな……とにかく、ガッコじゃなれなれしくスーちゃんなんて呼ぶなよ」
「佐塚くんこそ……ちぇ、何かチョーシくるうなー。まあいいや、キミの方こそオレの前にフラフラ出てこないでほしいね。勝手にガクセーセーカツえんぢょいしろよ」
「言われなくても、そうするね」
そうは言い合ったものの、何となくお互い引っこみがつかなくなって、拓人とスーちゃん
「……そんで」同時に言って、思わず顔を見合わせる。
「何だっつうんだよ」
「す、佐塚くんから先に言い給え」
「ちぇ、気取りやがってタコ。オレが言いたいのはだな、ルール、う、何つうんだ」
「規約を作っておきゃいい、ってコトか」
「そ、ソイツだ。まず、ガッコの中でヘンゲの話はするな、キンキョー、くそ、キンキュージタイの時は、別。でアソコの基地にはいつ集まるんだ」
「定例は月木の放課後、入る時は、よくよくのことが無い限り図書館の奥にある隠し扉から、非常時はグラウンドスタンド席裏から」
「あ、そ。ま、それ以外はオレとオメエはほぼ、あかの他人だから。じゃ」
言いたいことだけ言うと、彼はまた向きを変えた。
「待てよ」やっとのことで、拓人、呼びとめた。
「さっきのコロッケサンド、ベンショーしろ」
「は?」すでに廊下の向うの方に立つスティーヴン、いやタカヒデ、首をかしげる。
拓人は声を張り上げた。
「さっき、オレが食ってたヤツ。落として、踏んじまったヤツだよ」
「落とした?」無邪気に聞き直すタカヒデ。「だれが」
「まあ……オレが」
「踏んだのは」
「オレ」
「じゃあ」タカヒデはしごくまっとうなご意見を述べた。
「自分で買い給え、生嶋くん」
だが佐塚くん……ちょいとばかり油断をしていた。




