犬と変化とヤカンと地下と 04
ようやく拓人、半開きの口のまま校長に向き直り
「で」
利休博士がうんうんとうなずいた。
「そういうこったよ」
校長が、おごそかに告げた。
「そうゆうことなのだ、しょくん」
「カネは? 資金はどこに?」あかねがあたりを見回している。
「は?」利休博士は急にコメじいのスイッチが入った。
「いかん」ぽむ、と握り手を打って「給湯室にヤカンがかけっぱなしじゃわい」
その逃げ足の速いことはやいこと。
校長はひとり、取り残されていたが悠々としている。
「ま、カネは出せない。キミたち、そんなに資金が欲しいのならばアルミ缶でも拾い給え。
生嶋くん(と急に拓人の方を向いて)キミにはリーダー講習の時に、その辺の規則を書いたものを渡しているハズだが……」
皆の目が、いっせいに拓人をみた。拓人、みるみるうちに真っ赤になる。
「ま、待てよ、キソク? 書いたの? ちょ、ヒ、ヒキョーだぞオレが書いたの苦手なの知ってて」さんざ手を振り回し
「ワナだ、こりゃあ」
黙ってスーちゃん、拓人に詰め寄る。
「お、おいスーちゃん、待て」
「あ、それから」校長はつとめてさりげないふうを装って
「スティーヴン佐塚くん、アサギ変化だったね、確か」
スーちゃん、拓人の首にかけようとしていた手をいっしゅん止め、校長に剣呑な目を向ける。
「キミは、とある高校の生徒ではない。よって、ここへの出入りはできんことになる。今日は客人としてなので問題はないが、ここも一応、学校の敷地内だからな」
「上等だ」スーちゃん、抑えた声だ。
「オレは全然惜しかないね。テメエらだけで勝手にやってな」
「ただ」部屋から出かかったスーちゃんを、校長の声が止めた。
「変化から、普通のニンゲンにもどることはできんよ。いくら変化章を捨てても。
キミたちは、見かけ上そこらの学生らとなんの変わりもないが、実のところすっかり『変化』に染まっておる。変化中程ではないが、今のその姿からでも、敏感な敵ならばかすかな気配を感じるのだ。よって、そのままでいればやがていつかは敵に嗅ぎつけられ……」
校長、ひたとスーちゃんの目をみる。
「変化章を捨て、その身のままで戦うとなると、終いには命を落とすしかないぞ。それに」
ふっと眼を離し、傾いて口を開けていたキャビネットに手をかけ、なにげにつぶやく。
「この地下室には特殊なバリアがあってな……ヤツらは手が出せん」
スーちゃんの右眉が上がった。
「じゃ、スーちゃんも入れるようしたってください」デン、すがるようにまず校長を、そしてスーちゃんを見た。が、どちらも無表情だった。
「お願いします」
「規則だからな」
「そんなぁ」そこであかね、はたと気がついた。
「待って、ユキはどうなんのよ」
「ああ……ユキくんは大丈夫だ。聖ニコラウス高校の生徒は規則の適応範囲内に入っておるからな」
「ああ、よかった」あかねはどこまでもキャッシュなオンナ。
悲喜こもごもの彼らを見渡し、校長は意を決したように言葉を発した。
「佐塚くんにも、方法がないでもない」でもない、とまた言い足そうとしてかなり我慢したようだ。
拓人、はっと校長の顔を見上げた。
「何、どんな方法なの?」
「コーチョーセンセー、教えてえな」
「せんせー」
校長、スーちゃんを真正面から見つめていた。
「キミに、ここの生徒になってもらうことだ」
地下室を、驚愕に満ちた死よりも重い沈黙が支配した。もろ純文学のせかい。
やっとのことで、スーちゃん
「オレは、ずぅぇったいにならんぞ」
「スーちゃあん」
「ダメだ」
「死んじゃうのよ」
「死んだ方がマシだ」
「おい」拓人、超マジな顔でスーちゃんの方をつかむ。
「オマエはマシだろうが、他のヤツらはどうなるんだ。オマエがまずやられる、伍人衆のパワーが落ちる、で、次にやられるのは誰だ? オレ? それはしょーがねーよ、で、次は? あかね? サク? デン? それとも……」
「黙れ」押し殺した声。スーちゃん、肩にかかった手を振り払い、拓人を睨みつける。
何か言いかけたが、いったん口をつぐんだ。そしてコワイ顔したままゆっくりと校長の方にふり返り、そして言った。
「分かったよ、なりゃあいいんだろなりゃ」ばこっ、思い切り壁を蹴飛ばした。
「ヘンゲの次は、またガクセーかよクソったれぇぇ」ひとしきり、悪罵雑言のありったけをついている。
「たーだーし」校長の声に、彼はぴたりと口を閉ざした。
「編入試験はちゃんと、受けてもらうからな」
ベニヤ板に蹴りがめり込んだ状態のまま、スーちゃん、ゆらりと目をあげた。
「明日朝九時から、第二会議室だ。南棟二階美術準備室隣。持ち物は、筆記用具、印鑑、スリッパ。分かったね、佐塚くん」
じゃ、と校長が立ち去った後、しばしの沈黙。
まず、あかねがひとりごちた。
「きみたち、アルミ缶でも拾いたまえ、ですって?」
デンちゃん、ふう、とため息ひとつ。
「まあ、こんなコトにでもなるだろ思いましたケド……スーちゃん、災難やね」
さっきから黙って立っていた朔太郎、相変わらずぼおっと立っている。
わざわざ書いたのは、読んで下さっているみなさんに
「あ、そーいやサクちゃんはどーしたの? 地の裂け目にでも落ちてしまったの?」
などと余計な心配をおかけしないため。
サクちゃんは無事ですんで、ご安心を。
あかねは物騒な口調で繰り返す。
「アルミ缶、ですってぇ?」
「ま、こうして基地が手に入っただけでもさ」
拓人、努めて明るくふるまっている。が、声の震えは隠しようもない。
「ほら、ソージすりゃけっこーイケるよ、この部屋。ないすだよ、ねえ、あ、あれテレビかな、そーだよすげージャン、こんでさ、あとみんなでイロイロ持ち寄って……」
朔太郎が、いきなり拓人に向かって声をかけた。
「ホントーに、試験受けるの?」
「ああ、受けてやるさ」その声に拓人、ひゃっと飛びあがる。いつの間にか、音もなく忍び寄ったスーちゃんが、彼のすぐ背面をとっていた。
「受けてやるさ、スーガクでもコクゴでも何でも」
大理石の彫刻のごとく、彼の笑いは冷たく凍っていた。
「リカでもエーゴでも何でもやってやるただその前にひとつ」
ぐわぶあぁぁぁぁっ
「コイツをコッテンパンにぶちのめしてからどぅわぁぁぁぁっっ」
間一髪で身をかわす拓人、血相変えて追うスティーヴン、目の前にあった折りたたみイスの破片を掴むと、ブーメランの要領で拓人の頭めがけてぶん投げた。
それは、彼の頭上、キャビネットの角にがぃん、とぶち当たった。辛うじて支え合って立っていた棚がぐらりと傾き、扉が開く。中に詰まっていたボーダイな量の紙切れやら文具やら何やらがどっと彼らに降りかかった。
「くぉろしてやるぅ」
スーちゃんが拓人にのしかかった。
半分かた空になったキャビネが二人の上に倒れかかり、上に乗った段ボール箱やら資料やらが散乱する。連鎖反応で、周りのロッカーや棚が次々と倒れる。もうもうとたちこめる埃であたりは煙幕をはったように視界が濁った。
あかね、デン、サクの三人はほうほうのていで部屋の入り口まで下がったが、二人はまだ、がれきの中でぽかすかやっている。
いや、正しくは、ぽかすかやっているのはスーちゃん、やられているのは拓人だった。
「ワレワレは今、災害現場に来ております」マイクを持ったマネをして、報道レポーターの口調でデン。
もったいぶった言い方で、隣の朔太郎解説委員に問いかける。
「どうでしょう、ヤマモトさん、このような状況を何と形容すれば……」
「はい」朔太郎、淡々と受けて
「まさに、人災ですね」




