犬と変化とヤカンと地下と 03
ようやくスティーヴンが拓人をひと絞めしてから場がやや落ちついたところで、
「さてと」校長は、偉そうにこう言った。
「せっかくこうして集まってくれたのだから、現時点で何か要望がないか、聞いておこう」
五人は顔を見合わせた。
とりあえず、日々の戦いだけで手いっぱいな彼ら、今のところ他には特に細かい要望はない、というかそんなコト思いつきもしなかった。
しかしさすがあかね、ここではっと気づき拓人にコッソリ耳打ち。
「えええ?」小声で激しく反応する拓人。「オマエが言えよ」
「タクちゃん、リーダーやし」デンもあかねに一票。スーちゃんももちろん。サクはどっちでもいい、といった陽だまり的な表情。
拓人、みんなに後ろからつつかれ、渋々前に出る。
「オレたちさぁ、何つうか、その、まあ変化になったはいいんだけど」
「よかねーけど」いつも突っ込みありがとうスーちゃん。
「ま、その、なんですよ、イロイロと、戦うのにさ、困るんですよあの」
後ろからあかねの蹴りがケツ直撃。
「てっ、何すんだよ」
「つまり、彼が言いたいのはですね」さすが中学三年の時に校内弁論大会で一位になった実績の持ち主。ちなみにあかねのテーマは「人間にとって一番大切なものとは」。結論については聞かないほうがよさそう。
「活動のためにはもっと資金がいる、ということなんです。だって、そうでしょ。アタシたちだって、ただ何となく『あ、敵だ、へんしーんボヨヨヨーン』て戦ってるワケじゃありませんし、ちゃんと敵の行動パターン調べたり、アジト捜ししたり、パソコンに情報インプットして(デンちゃんのパソコンだなんて一言も説明がなかったが)分析に使ったりしているんです。やっぱし、そーゆーことには」ちっ、と形のよい人差し指をたてる。
「それなりのモノが必要ですしね」
そこにちょうど、金色のヤカンを下げて用務員のおじさんがドアから覗いた。
「ああ」ヘンゲたちに目をやると、校長をみた。小柄で、少し曲がった背中に片手をこぶしにして当てている。
普段学校の用務を担当している、米川、通称コメじい。職員の中では、たぶん一番長くこの学校に勤務しているという話だった。しかも学校の敷地の片隅に住んでいるらしいし。拓人も最初はでかい焼却炉だと思っていたのが、実はコメじいの家だった。
しかし校長の次の一言が、彼らに「だるまさんがころんだ」以上の効果を生んだ。
「ちょうどいい、紹介しよう」コメじいの脇に立った。
「この方が、変化衆生みの親、『利休博士』だ。またの名を『変化の親玉』。彼が総責任者なのだ、キミたちの」
タクトははっとした。最後に会ったのは、サクを巻き込んだ日、あの、地下道でだった。
「聴こえたものでなあ、笛が」コメじいは皺の多い目じりを下げて校長を見上げる。
校長ははい、と重々しくうなずいてからまた彼らをみる。
「この学校では、用務員としてお働き下さっておる」
たっぷり数秒たってから、それでもあかねは軽く咳払いして続けた。
「ちょうどよかったわ。責任者の方がいらっしゃるなら一緒に聞いていただきましょう。私たちの要求を」
「何を、欲しいんだね」
「カネです」あかねがこのエゲツない表現を使うと、逆に爽やかな風がふく。それだけ自信を持って言いきっているのだ。
利休博士は、全く動じていなかったが、それでも校長の方に向いて軽くうなずいた。
いつもはシブチンで有名な校長、エヘンと一つ咳をしてから
「そういうことならば、こちらに来たまえ」
先に立って彼らをグラウンドの方に導いた。影の力は、いかにも一介の用務員ですアタシャみたいな感じで腰の後ろに手を回した格好でそんな彼らについて行った。
「やったあ」無言の喝さいが変化たちの間にあがる。
「言ってみるもんだな」「どこに行くんだろう」
「株券でも分けてくれはるんやろか」「きっとね、美術準備室よ、ほら、噂であったじゃない旧制中学時代に隠したっていう軍資金」
「おい、あかね声デカイ」そうたしなめるタクトの顔もゆるみがち。
スーちゃんも『カネ』と聞いて拓人をそれ以上どうのこうのしてやろうという気は失せたらしい。どうせ今から向かおうとしていたゲンバもすでに遅刻。またクビになるに決まっている。すでにあきらめを通り越して達観の表情で後に続く。
胸弾ませて後についてやって来たのは、どういうわけかグラウンド前方の応援席。三国一の吝嗇家として有名な校長は、グラウンドの盛り土さえ入れ渋っているため、ちょっと雨が降るとすぐ使い物にならなくなる。二日前の雨がひかず、だだっ広い運動場には人っ子ひとり見えなかった。
校長、コンクリートのスタンド席裏手を端まで歩いていくと、ちょうどスコアの影になって目立たない場所に立ち止まった。
「生嶋くん、ちょっと変化章を貸したまえ」
拓人が渡すと、校長、端をぐい、と引っ張った。ピン先のようなものが長く飛び出す。それを、一見コンクリートの割れ目にしか見えないところに刺し入れて半周ほど右にひねると、いきなり壁の一部がぐらりと動いた。
あっけにとられる五人を後目に、利休博士と校長、ひょいと入り口をくぐった。
「さ、早く」
狭い階段がまっすぐ地下へと続いている。そこに下がる電球は、工事現場でよく見る、あの赤いヤツだ。湿って冷たい地の底の匂いが彼らの足もとに這いあがってきた。
五十か六十、いや百段近く降りていっただろうか。やっとのことでたどりついた先に、陰気な灰色のドア。校長は重々しくノブに手をかけ、皆の方をふり向いてうなずいてから、ドアを開けて中に踏み込んだ。
入り口の電気をつけると、ほこり臭くひんやりとしてはいたものの、意外と普通の部屋っぽい、十畳程度の空間があった。隅にはグレイのロッカーが並び、真ん中には白い折りたたみテーブルが二つ、そこをパイプ椅子が数個、囲んでいた。
ロッカーはいくつかだらしなく口を開け、紙屑やら、ジュースの缶やら雑誌やらが散らばっている。そして、どこもかしこもうっすらと埃に覆われていた。
五人とも部屋の入り口に固まっていた、動きは完全止まっている。




