犬と変化とヤカンと地下と 02
「キミがそれほど言うなら」
校長は重々しく口をきった。
「教えてあげなくもなくもなくもなくもない」そう重々しく告げてから
「さあ、どっちだ」明るく問う。教えない、かな? いや筆者が答えてどうする。
「どっちでも同じだ」拓人は冷静だった。「教えるしか、答えはないぜ校長先生」
「うーん」校長は窓際に立った。途中から入っていったあかね、てっきりテンヤ物の話だと思っていたので
「あ、校長先生、どうしてあんな高いものを学校犬に……せめて『愛犬元気』とか」
言いかけて、どうも話が違うようだと気づき、口をつぐんだ。
「タクト、何を急に」
「どうしてオレがここに転校できたか分かったんだ」びっ、と校長に指を突き出す。
「コイツら、学校ぐるみでヘンゲに関係してやがる。だからあの犬に気配が」
それにはあかねも、続いて入ってきた伝助も朔太郎もその言葉にはっとなって校長を凝視。
「学校ぐるみ、というわけではない」校長は窓際に佇んだ。
「ワタシと事務長、教員の数名は確かに関係しておるがね」
「なぜ犬に襲わせた」
「襲ったわけではない、敵の魔の手から守るためだ。緊急事態だったからね」
「魔の手……」少し思い出すように壁際の額を見上げる拓人。
「アオキが?」足が速いだけが取り柄の、拓人の次に教室でよく寝ていて焼きソバパンが大好物だが紅ショウガが苦手だというあのアオキが?
「違う、彼が持っていたバトンに細工がしてあったのだ、気づいたのは第三走者スタートの時だった」
ものから団メンバーらしい、とマークされていた体育教諭のガンテツが、急に落ち着きなくうろうろとサイドステップを踏み出したのに、隣の校長が気づいた。何かの罠をしかけたのだ。やけにバトンの扱いについてうるさく言っていた。これ、この赤いのは5組のだから、そう、5組。黄色? 知るかそんなの。あとは適当に分けといて。始まる前にそう言っていたのも思い出した。
とっさに、校長はヨシダさん召喚のホイッスルを吹いたのだった。
校長は、いかにも窓の外の、学校名物である松並木が気になる、といった風に外を見つめたまま語っていた。
「元々この学校に、私たちの拠点のひとつがあったのだよ、昔から」
「オレがこっちに越してこようとした時に」拓人の声は静かだった。
「入る高校がなくて実は弱ってた。そしたら急に、入学案内が送りつけられてきたんだ、ここの。しかもテープで」
とりあえず来てみると、一応試験はやらされたが、全部口頭での一問一答だった。
「それで合格したけど……」額を押さえ柱に寄りかかる。
「入ってみたら勉強がムズカしすぎ」
「進学校だからね、一応」あかねがさも当然のように言う。がすぐに気づいて
「そうよね、進学校にどうしてこんなパッパラパーが入ってきたか、そこから怪しむべきだったのよ」
「パッパラパーで悪かったな」傷つけられたように拓人があかねを睨む。
「ごめんね」全然謝ったイメージなし。「じゃあプップラプーにしといてあげる」
どこからか、特徴のある軽い排気音が聴こえてきた。人をくったような高い音。スーちゃんの原付に間違いない。今、たまたまこの近くの現場に(ようやく)就職できたので授業中なども時おり、この世間に大迷惑な走る草刈り機の音色が聞かれることがあった。
「スーちゃんもこの場に、呼んだ方がいいんやない?」少し音が途切れた時、デンちゃんがそう一言。
校長はおもむろにうなずいた。そして背広のポケットからホイッスルを出し、鋭く二回、息を吹き込む。音は聴こえてこなかったが、急に外で犬がひと声鋭く咆え、かなりしばらくして遠くの方で何かが激しくコケる音、誰かがどなる声、そして、だんだんと近づく喘ぎと足音が。
スーちゃんがヨシダさんに追いかけられていた。ちょうどバトンリレーの時のように。
「このクソイヌ! あっち行けっ」真新しい土建業ユニフォームに身を包んだスティーヴンが陸上選手のフォームで全速力、こちらにまっすぐ走っているのが見えてきた。そして後ろにはあのクリーム色の弾丸・ヨシダ。全速力で狩りの真っ最中。
「こっちだ」校長が呼ぶと、ヨシダさんはそのままがつん、とスティーヴンの背中に頭突きを食らわせた。押されたはずみでスーちゃん、三段跳びのように窓下の花壇を飛び越え、そのまま校長室の開け放たれた窓から中に飛び込んだ。
しばらくは、ぜいぜいという彼のあえぎしか聞こえてこなかった。
ようやく、スーちゃんがゆらっと立ち上がる。ヨシダさんはすでに消えていた。
「やあ」拓人、先ほどまでの威勢のいい啖呵はどこへやら、気弱な笑顔を彼に向けた。
「キグウだねー、オレと一緒の犬に襲われてら」
「あの、」あかねが校長に向き直って堂々と言った。
「ユキは呼んでいただかなくて構いませんから。アタシが代表してお話聞きます」




