チープ・トリッキーなヤツら
「えくすきゅーず・みー」
呼びとめられて、聖ニコラウスの織部ユキ、きっ、と(いけないイケナイ、今のアタシはおぜうさま)ふわり、とふり向く。
立っていたのは、バックパッカー。
「おぅ」ほっとしたように、彼はにっこりほほ笑んだ。
うわ、むさ。くさ。ださー。
トウモロコシの毛のようなバサバサのロン毛を、額の上に赤いバンダナで幅広に留めて、丸い銀縁のメガネはジョン・レノン風。
「ミチ、おしえてくださぁい」でも、たどたどしい日本語がどこかキュート。
「え、ワタシに……?」聞くワケ?
ふと思い出した。聖ニコラウスは、国際ボランティア推進高校としても有名。
あかね、着ている制服の胸についている、小さな、しかしけっこう目立つ銀色のピンバッヂに目を落とす。そこには赤い活字体で
『MAY Ⅰ HELP YOU?』
そこでにっこり「めいあいへるぴゅー?」
「おお、いぇーす」よく見ると、思ったより若そうなニイチャン。
背負ったリュックには、カナダの国旗ワッペンが縫い付けてある。着ているシャツにはでっかくお日様のイラスト。欧米っぽい開けっ広げな笑いを浮かべている。この絵みたいに、この人も脳天気なんだろう。こっちは金にもならないことで気をもんでいるというのに。
どうしてオレが?
口に出して言った訳ではないが、目ではありありとそう語っているスーちゃん。
拓人、ここは自信ありげに振舞わねば、と胸を張ってみる。が、やはりこのヤンキーを前にするとさすがにビビってしまう。
「ボクに考えがあるんスよ」ホントはない。でも、ナリにいくつかヒントをもらった。
聖ニコはかなりおカタい女子進学校で、由緒正しいミッション系。
「ま、遊んでるコはじゅうぶん遊んでっけどよ」ナリはニヤついていた。
ユキは、どう見ても『おカタい』系のようだが。
それと、英語の教育が盛んで、海外からおおぜいの講師を招いている。海外留学制度も充実しているらしい。
「エイゴ、か」そうなると……
「スティーヴンのオニイサンに、ちょっと手伝ってもらうとカンタンに……」
作戦はこうだ(拓人、話しながら考えた)。
海外からの留学生を装って、スーちゃんが下校途中のユキに声をかける。道を訊ね、うまいこと変化改造のダミーオフィスのひとつに連れ込み、まず珈琲でも出す。わざと服にこぼし、『更衣室』で着替えて帰るように勧める。
そのせせこましい更衣室が、実は『変化改造室』というワケ。
拓人、自分が変化した時のことをまざまざと思い出す。
ちょうどエレベータのように両開きの二重ドアが閉まると間もなく、部屋の中に白い光が満ちる。
ビリビリとしびれるような音と光に包まれ、身体中の血が沸き立つような感じがだんだんと強くなる、目の前に光の粒が舞い、飛行機のエンジン音にも似た轟きでつい膝をついてしまう。そのうちに上も下も分からなくなって、気がつくと……
少しだけ、ユキが可哀そうな気もしてきた。
しかし、もう少しでチームは完成する。ユキを迎えることができたら、伍人衆はこれまで以上に無敵の戦闘集団に生まれ変わるのだ。
ただ……拓人の心配を、代わりに伝助が口に出す。
「ユキさんてお人、男の人の誘いでホイホイついて来ますぅ?」
そこが、この計画最大のネック。そして
「どうしてオレが」この男。協力的態度ゼロ以下のこの男に、どうやって計画にのってもらうか。
やむを得ない、拓人、心を落ちつけてから笑顔を作る。
「じゃ、ちょっと作戦会議キューケー、あ、佐塚のオニイサン、ちょっと個人的にお話があるんスが……」
スティーヴン、結構この役になり切っている。
「ありがとう、ここの場所がよく分からなかったんだ」ビルの前で、さかんに感激してみせる。
さて、後はどうここに連れ込むか。ここまで犯罪に近いナンパはいくら元ヤンキーの彼でもやったことはない。あのチビは、ここに一番注意が必要だと言ってたし。
「お礼と言っては何ですが」笑顔のままでさりげなく誘う。
「コーヒーくらいはお出しできると思いますよ、中に入れば」
「残念ですが」よどみない英語で、ユキモドキが応える。
「もう帰らなくちゃ。用事があって」行きかけた時、急にふり向いた。
「ここで何をするんですか?」突然、無邪気にもそう聞いてきたから
「ぉわっ……?」スティーヴン、凍りつく。ヤバい、考えていなかった。しかし笑顔が固まっていたのはほんのコンマ数秒、すらすらと彼は答えた。
「いや、ほんのアルバイトですよ」どうして、そんなつまらないことを言ってしまったのか、続けてもっとマズイことを言ってしまった。
「あなたも、どうですか? アルバイト、と言っても簡単なリサーチのまとめなんですが」
まさか、金に困っているオレじゃあるましい、スーちゃんは口に出してしまってからはげしく後悔、が
「え」意外なことに、彼女の目の色が変わった。
「バイト? 時給ですか? いくらくらい」
「時給、ええと、二千円くらいだったか……」
にせんえん、ですか……とつぶやく彼女を、彼は信じられない思いで見守っていた。
まだ呆然としたまま、リュックを背負って彼はダミーオフィスの中に入り、他の変化ヤローどもが待つ部屋へと入っていった。
変化改造室長の原磯博士が立ち上がって迎える。
「どうですか、佐塚くん、お連れさんは」
「帰った」
脇に控えていた拓人が同じように立ち上がる。
「やっぱ、ダメだった?」彼の姿をみて、ぷぷっと吹き出した。
「そんなカッコウまでしたのにね」
「るせえ、タコ」
「まあまあまあまあ」伝助、スーちゃんのリュックを受け取ってやりながら
「ダメならダメで、次のお人を決めればいいワケですし」
「誰がダメだった、なんて言った?」
そこでスーちゃん、メガネを外してニヤリと笑う。
「明日、出直して来るとさ」
「えええっ」頼んでおいた拓人が一番びっくりしている。
「すごいわ、スーちゃん」伝助が素直に感心して、スーちゃんはやや自慢げに胸をそらす。
「ここでバイトをやりたいんだと。明日十時に、自分から飛び込んで来やがる。バカなオンナだ」
今まで黙って聞いていたサクが、ぽつりとつぶやいた。
「それ本当に、ユキちゃんだったのかなあ」
「あの制服で、あの写真の人物じゃなかったらそのリュックを丸ごと食ってやる」
なおも、ごちゃごちゃと打合せが続いている中、
「おい」スティーヴン、拓人を脇に呼んだ。
「何でしょう」
スーちゃんは声をひそめた。「アレ、確かなんだろうな」
「アレ、って」
「あのオンナが入ったら、オレが抜けられる、ってのは」
拓人、目を尖らせた。「ボクが信用できないって言うんスか」
「できないね」スーちゃんの目もこわい。
「まあ」拓人、ふっと横顔を向ける。照明のせいもあるのか、どこか疲れてみえた。
「明日になれば、全部カイケツしますよ、明日になれば」
そして、『明日』はやって来た。
鼻歌まじりに、あかね、ユキの部屋に入ってくる。
「ね、アンタの学生証ちょっと貸してくんない?」
「どして」ユキ、読んでいたマンガを置いて眉を寄せる。
「昨日お願いしたのは、もう済んだでしょ?」
近頃メグミとカオリが妙にしつこく絡んでくるのでどうしよう、もう学校を辞めたいと言っていたユキの代わりに、昨日はあかねが聖ニコに登校してくれた。
あのオンナどもの件はもう解決したから、とあかねに報告を受けてすっかり安堵していたのに。何か聞かれかけたのだが、それよりもあかねは上機嫌の方が勝っていたらしく、結局突っ込んだ話はほとんど聞けていなかった。
「昨日の件は済んだけどさ」あかねは、ユキのベッドサイドにあったぬいぐるみの鼻をつついてちょっかいを出したり、どこか落ちつきがない。
「今日はね、別の用事よ」
「何? 図書館? 映画?」
「ちがうよ、ボランティア」
ユキ、ますます眉をひそめる。
嘘だ。あかねが『ボランティア』だなんて、たとえ世紀が二ついっぺんに変わっても考えられない。しかもこの顔つきは、何か絶対にカネ絡み。
「正直に言って」
「仕方なくだよ、頼まれて。どーおしても人手が足りなくて、ってつい」
話を聞いているうちに、ユキには珍しく大声をあげた。
「どうして、そんなバイト引き受けちゃったのよ!」
「だってえ」いつもとは反対だ。
「時給二千円だよ、にせんえん」
「にしても……」ユキは言葉を詰まらせた。
「『アタシ』だったのよ、昨日は、なんで」
あかね、なぜユキがそんなに怒っているのか、よく分からない。
「だって……いいじゃん、どっちだって。どうせアタシが行くんだし、儲かるし、それに名前借りるんだから少しは」
ユキがいきなり立ち上がったので、あかねは言葉を呑みこんだ。
「いい、分かった。『アタシ』が受けた仕事だから、アタシが行きます。場所教えて」
「でも、待ってよ、それじゃ」
「お金? ぜーんぶアンタにやるわよ、マネージャーだしね」
「そういうつもりじゃないってば!」
「助けてもらったお礼もあるしね」
「アタシが行くよ、アンタじゃあ」
「アタシじゃ、何?」
ユキ、静かな声に怒りをひたひたにたぎらせ
「昨日のコトは、本当に感謝している。ありがたいと思うわ。でも、やっぱりやるべきじゃあなかった。結局、根本的には何の解決にもならないもの。これからは自分の役は自分でやる、決めた。だから安心して」
「何そんなに怒ってんのよ」
「自分に腹が立ってんの。アンタこそ何心配してんの? たかがバイトじゃん。何時からなの? さ、早く場所教えてよ」
ユキが出て行った後、あかね、自分の部屋に戻ったはいいが
「でもなあ」爪を噛みかみ、部屋の中を行ったり来たり。
気になって気になって気になって。
そう言えば、昨日『シタバキ』から聞いた件の事実関係も、まだ確かめてなかったし。もう、バイトのことで舞いあがっていたから。
それにしても、ユキったら。
日頃おとなしいだけに、プッツンきた時の彼女は、あかねでさえも恐ろしく感じる。
「でも、なぁ」
あんなタンカを切って出て行ったものの、ユキにはバイトの経験すらない。
しばらく迷った末に、ついに、ガマンできなくなってあかねは外に飛び出した。
「そう、たかがバイトだもん、様子見に行くだけだよ、いいよね」
何度もそう、言い聞かせる。
しかし、チャリをこぐ足はフル回転だった。




