第六話:人形の狂奏曲と散らばる足跡
無機質な脳神経外科の廊下を、倉橋ミオは引きずるような、それでいてリズムを刻む足取りで歩いていた。ナース服に身を包んではいるが、その顔からは「生」の光が消え失せている。かつての鋭く繊細だった瞳は、今や凍りついた沼のように淀んでいた。
エドの支配下で、ミオは「人形の看護師」へと成り果てていた。問い返すことも、疑うこともない。ただ最低限の医療指示を遂行するだけの存在。化学的に記憶を消去された彼女は、二度と証言することのない物言わぬ目撃者となった。
「見て、エド」
遠くからミオを見つめながら、朱里が低く囁いた。「彼女、とても穏やかだわ。もう良心の声に悩まされることもない。……なんだか、少し羨ましいくらい」
エドは朱里の肩を抱き寄せ、病院の廊下の真ん中で彼女に寄り添った。「羨むことはないよ、朱里。君が彼女を創り変えたんだ。君は彼女の精神を彫り直した芸術家なのだから」
朱里の手はもう震えていなかった。彼女は冷徹な眼差しで自らの役割を受け入れ始めていた。エドの影として、狂気に染まっていく自分を誇っているかのように。
新宿警察署 2階
佐藤刑事は、この半年間に報告された行方不明者たちの写真が並ぶホワイトボードを凝視していた。すべてに共通のパターンがある。最後に目撃されたのは新宿中央公園周辺、つまり医療施設が密集する地区の近くだ。
「死体も出なけりゃ、身代金の要求もない」
冷え切ったブラックコーヒーを啜りながら、佐藤が呟いた。「まるで煙のように、街の空気に溶けて消えちまったみたいだ」
部下の一人が新しい報告書を携えて入ってきた。「佐藤さん、新たな共通点が見つかりました。不明者のうち3人が、失踪の数週間前に東京医科大学病院を受診しています。しかも、担当したのはすべて同じ脳神経外科のチームです」
佐藤は目を細めた。「チームの責任者は誰だ?」
「犬神エド。新宿が誇る、天才外科医です」
地下B3手術室 深夜
その夜、新たな「患者」が運び込まれていた。エドは今回、朱里に主導権を預けていた。
「今日は、君の腕を見せてほしい、朱里」エドは観察用の椅子に座り、まるで冷酷な実験を見守るかのように告げた。「意識を保ったまま、脳の機能を分離させる。人格が物理的にどう変化していくのか、非常に興味深い」
手術室には、医療器具が鳴らす不快な音だけが響いていた。朱里は精密な、それでいて常軌を逸した手つきで作業を進めていく。彼女の瞳には、もはや慈悲の欠片もなかった。
「エド、見て。これが人間の深淵なのね」
朱里は心酔した表情でエドを見つめた。「これで、ずっとあなたと一緒にいられるかしら?」
エドは満足げに微笑み、背後から彼女を包み込んだ。「もちろんだ。この場所で、僕たちはすべてを支配しているのだから」
だが、その不穏な静寂を破るように、B3直通エレベーターの表示灯が突如として点灯した。
高い権限を持つ者、あるいは招かれざる何者かが、地下へと向かっていた。




