第七章:人形の擬態と嫉妬の毒液
地下B3階の直通エレベーターの表示灯が鳴った。エドは冷静沈着にコントロールパネルの緊急ロックボタンを押し、エレベーターを地下へ降ろさず1階で停止させた。
「朱里、顔を拭け。僕たちのシンフォニーは一時中断だ」
エドの声には微塵の動揺もなかった。
その頃、豪華な病院ロビーでは、新宿の雪に濡れたトレンチコートを纏った佐藤刑事が立っていた。彼は受付に警察手帳を提示する。「犬神エド医師に会いたい。事務的な確認事項がある」
数分後、エドは一点の汚れもない白衣を完璧に着こなし、ロビーに現れた。傍らには、数枚のカルテを抱えたミオが、どこかぎこちない足取りで寄り添っている。
「佐藤刑事、またお会いしましたね」エドは偽りの親しみやすさを湛えて挨拶した。「こんな夜更けに、私に何かご用でしょうか?」
佐藤はミオを凝視した。「この看護師は……倉橋さん、だったか。数日前に事故に遭ったと聞いたが、顔色が悪いようだな」
ミオが佐藤を見つめ返す。その瞳は虚ろで、ネオンの光を反射するだけだ。「私は……大丈夫です……刑事さん」
再生されるテープのように抑揚のない声。エドは特定のキーワードに反応するよう、この『人形』を調教していた。
「私たちはスタッフの福利厚生を極めて重視していますから、刑事さん」エドはミオの肩を抱き寄せた。その保護者的な仕草は、佐藤の疑念を深めたが、証拠は何もなかった。
医局の休憩室
半開きになったドアの隙間から、朱里はその光景を凝視していた。壊れかけた彼女の心に、激しい嫉妬の炎が燃え上がる。エドの手がミオの肩に触れている。朱里にとって、ミオはもはや単なる実験体ではなく、夫からの「聖なる」関心を奪い合う宿敵だった。
エドが部屋に戻ると、朱里は即座に彼を問い詰めた。「なぜ警察の前であんな風に彼女に触れたの? 彼女はただの人形だって言ったじゃない!」
エドは冷徹な眼差しで朱里を射抜いた。「戦略だよ、朱里。君の原始的な感情で僕の偉大な計画を壊さないでくれ」
「戦略?」朱里はヒステリックに笑った。静まり返った部屋に甲高い笑い声が響く。彼女は白衣のポケットからメスを取り出し、自らの手のひらを切り裂いた。血が滴り落ちる。「最近、私より彼女に触れているじゃない! 彼女を私のように変えたいの? それとも、壊れすぎた私はもうお払い箱?」
エドは朱里に歩み寄り、顎を荒々しく掴み上げた。朱里が悲鳴を漏らす。「君は僕の最高傑作だ、朱里。だが忘れるな。君が足かせになるなら、君の嫉妬を司る神経など、いつでも切り刻めるということを」
二人の歪んだ関係はどん底に達していた。エドは朱里に強引に口づけ、彼女の手から流れる鉄の味が二人の唇に混ざり合った。
地下B3階 – 真夜中
佐藤刑事は、実際には立ち去っていなかった。精神的に不安定に見えた朱里を不審に思い、非常階段から密かに潜入したのだ。彼は、感情に任せて朱里が施錠を忘れたB3階の鋼鉄のドアの前に立っていた。
佐藤がゆっくりとドアを押し開ける。鼻を突くホルマリンの死臭と、生臭い血の匂いが漂ってきた。
部屋の中央、一筋の無影灯の下で、彼は生涯忘れることのできない光景を目にする。そこにいたのはエドではなく、前章で脳を分割された若い患者の上に立つ朱里だった。
朱里は「遊んで」いた。彼女はピンセットを使い、いまだ脈打つ神経を、まるで弦楽器を奏でるかのように弾いていた。
「見て、エド……ここを引くと、この子もっと大きな声で歌うわよ」朱里は暗闇に向かって囁き、佐藤の存在に気づいていない。
佐藤は震える手で拳銃を抜いた。「琴葉医師……手を上げろ!」
朱里がゆっくりと振り向く。顔面は返り血に染まり、その口元には不気味なほど深い笑みが浮かんでいた。「あら、刑事さん……良いところに来てくれたわ。今夜のシンフォニーには、新しい楽器が必要だったの」
突然、佐藤の背後の暗闇から、フルチャージされた除細動器を構えたミオが現れた。




