第33話 いない世界を試算する
王都、監査局の一室。
窓は閉ざされ、机の上には資料が山積みになっている。
ユリウス・フェインは、その中央に座り、静かに報告書を読んでいた。
――対象者:一週間不在予定
――理由:私的帰省
――現地対応:制止せず
「……制止せず、か」
小さく呟く。
それが正解だと、分かっている。
だが、正解であることと、安心できることは別だ。
***
「試算結果を」
部下が、追加資料を差し出す。
――軽微な事象発生率:+12%
――小規模衝突発生率:+8%
――大規模異常:予測不能
「予測不能、の根拠は?」
「……前例がありません」
当然だ。
“いなかった前例”が、存在しない。
***
ユリウスは、椅子にもたれかかった。
「彼が何かをしている、という前提は捨てろ」
「は?」
「我々は、いまだに“能力”を探している」
指先で机を叩く。
「違う。
彼は能力ではない」
部下は、言葉を待つ。
「彼は“余白”だ」
静かな断定。
「不安定な因果の隙間を、
日常という形で埋めている」
説明になっていない。
だが、これ以上正確な表現もない。
***
「では、不在時の対策は?」
「しない」
即答。
「何も、ですか?」
「何もしないことが、最大の対策だ」
ユリウスは、目を閉じた。
「代替を置けば、
“彼が機能である”と宣言することになる」
それは、してはいけない。
彼は、機能ではない。
役職でもない。
武器でもない。
「彼は、生活だ」
それが、この国の最終結論だった。
***
一方、ギルド。
ミーナは、依頼配分表を見つめていた。
「……この一週間、危険度を上げるわけにはいかない」
「だが、露骨に減らすと勘づかれる」
グランが、低く言う。
「“通常より少し慎重”程度に抑えろ」
「……綱渡りね」
その通りだ。
だが、今までもそうしてきた。
違うのは、今回は本人がいないことだけだ。
***
裏庭。
アルトは、壊れかけた梯子を修理していた。
「……帰る前に、直しておいた方がいいですね」
ギシ、と音が鳴る。
釘を打ち直し、補強する。
「これで大丈夫です」
何も知らずに。
この梯子が、一週間の“最後の保険”になることも知らずに。
***
夜。
王都では、最終報告がまとめられていた。
――不在期間:七日
――介入:禁止
――観測のみ
ユリウスは、署名の代わりに短く記した。
――“世界は、自力で立てるか”
それは試験ではない。
確認だ。
***
同じ夜。
アルトは、荷物をまとめ終え、ふと窓の外を見た。
「……静かですね」
街は、いつも通りだ。
自分がいなくても、
きっと回る。
「一週間くらい、大丈夫ですよね」
そう、信じている。
世界は、まだ何も起きていない。
だが、初めて本気で
“いない状態”を想定した。
それは、恐怖ではない。
問いだった。
――彼がいなくても、
この世界は壊れないのか。
答えは、まだ出ていない。
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