第27話 分からないまま、守られている
最近、アルトは「暇だ」と感じることが増えていた。
「……今日は、これだけですか?」
掲示板の前で、依頼書を数えながら首を傾げる。
雑用枠に貼られている紙は、三枚だけ。
――倉庫の整理
――裏路地の清掃
――古い掲示板の撤去
以前なら、倍はあった。
「少なくて、助かりますね」
そう言いながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
***
作業は、どれも簡単だった。
倉庫はすでに整っている。
裏路地には、危ない物は残っていない。
掲示板も、外すだけで済んだ。
「……誰か、先にやってくれてたんでしょうか」
独り言が、自然と口をつく。
完璧すぎる。
まるで、アルトが来る前提で、
“ちょうどいい状態”にされているようだった。
***
昼。
ギルドの休憩スペースで、アルトは湯気の立つスープを飲んでいた。
「……あの」
隣に座ったのは、若い冒険者だった。
「最近、危ない仕事、減ってません?」
「そうですね」
アルトは、素直に頷く。
「掃除する側としては、助かります」
冒険者は、苦笑した。
「いや……俺たちの話です」
「……?」
「前なら、もっと無茶な依頼、来てたんですよ。
なのに最近は、準備も整ってるし、
退路も確保されてて……」
言葉を濁す。
「……正直、怖いくらい楽です」
アルトは、少し考えてから言った。
「皆さんが、上手くやってるからじゃないですか?」
冒険者は、何も言えなくなった。
***
執務室では、別の会話が交わされていた。
「……露骨だな」
ミーナが、依頼配分表を見ながら言う。
「危険案件、全部、回避されてる」
「回避じゃない」
グランは、静かに訂正した。
「“起きる前に消されている”」
誰が、とは言わない。
言えない。
「アルトには?」
「気づいていない」
「……でしょうね」
ミーナは、深く息を吐いた。
「守られてる、って自覚がない」
「それが、一番安全だ」
***
夕方。
アルトは、いつもより早く仕事が終わり、ギルドの裏口に立っていた。
「……今日は、随分早いですね」
まだ、日が高い。
時間が余ると、考えてしまう。
「……僕、必要なくなったわけじゃないですよね」
誰に聞くでもない言葉。
ちょうどそこへ、リリアが通りかかった。
「アルトさん?」
「あ、いえ……」
アルトは、慌てて首を振る。
「最近、仕事が減ってる気がして。
ちょっと、気になっただけです」
リリアは、一瞬だけ言葉に詰まった。
だが、すぐに微笑む。
「減ってるんじゃありません」
「?」
「“問題が減ってる”んです」
それは、嘘ではない。
ただし、理由は言えない。
「……そうなら、いいですね」
アルトは、安心したように笑った。
***
その夜。
王都では、短い報告が回っていた。
――対象者の業務量、やや減少
――生活リズム、安定
――心理的変化、特記事項なし
ユリウス・フェインは、その紙を読み、静かに頷いた。
「……理想的だ」
近づかない。
期待しない。
役割を与えない。
「彼が“普通”でいられる限り、
世界は壊れない」
***
翌朝。
アルトは、少し早く目が覚めた。
「……今日は、何を掃除しましょうか」
それだけを考える。
自分が守られていることも。
守られている理由も。
何一つ、知らないまま。
だが、その無知こそが、
今の世界にとって、
最も価値のある状態だった。
分からないまま、守られている。
それが、
アルト・レインの日常になりつつあった。
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