第26話 接触ルール
騎士団が引き上げてから、三日が経った。
街は平穏だった。
魔物の動きは鈍く、街道も静か。
あの戦闘があったとは思えないほど、何事もない。
「……落ち着きましたね」
ギルドのロビーを掃きながら、アルトが言った。
いつもの感想。
だが、その言葉に即座に頷く者はいなかった。
***
執務室では、重たい沈黙が流れていた。
グラン、ミーナ、そして――見慣れない男。
簡素な服装。
装飾なし。
だが、立ち居振る舞いには、明確な“国の人間”の気配がある。
「非公式、という前提で話します」
男は、低く言った。
「王国監査官代理です。
名前は……今は不要でしょう」
ミーナは、内心で舌打ちした。
(本人じゃない、か)
だが、来たという事実が重い。
「結論から言います」
監査官代理は、紙を一枚置いた。
――対象者アルト・レインに関する
――接触および業務関与ルール(暫定)
「……ルール?」
グランが、低く問い返す。
「ええ。“保護”ではありません。“管理”でもない」
男は、淡々と続けた。
「“事故防止”です」
その言葉に、空気が凍った。
***
「第一。
対象者を、前線・交戦区域に立ち入らせない」
「第二。
本人の意思に反する役割変更を行わない」
「第三。
能力測定・再現実験を禁止する」
淡々と読み上げられる条項。
どれも、もっともらしい。
だが、その前提が異常だ。
「第四」
男は、一拍置いた。
「対象者の“日常業務”を、意図的に妨げない」
ミーナが、思わず眉をひそめた。
「……掃除や整理も、ですか?」
「はい」
即答だった。
「それが、最も安全だからです」
誰も、反論できなかった。
***
「……理由を聞いても?」
グランが、静かに言った。
「公式には、答えられません」
だが、男は続けた。
「非公式なら、一つだけ」
視線を落とし、言葉を選ぶ。
「“触ろうとした瞬間に、
現場の前提が崩れる”事例が、
すでに複数、確認されています」
セリアの顔が、脳裏をよぎる。
彼女は、まだ理解していない。
だが、兆しは見えていた。
「……つまり」
ミーナが、低く言う。
「この人は、“動かさない方がいい”存在?」
「いいえ」
男は、首を横に振った。
「“動いてもらう前提で考えてはいけない”存在です」
***
会議が終わり、男が去った後。
執務室には、重たい沈黙だけが残った。
「……正式に、触るなって言われたな」
ミーナが、乾いた声で言う。
「国が、だ」
グランは、ゆっくりと息を吐いた。
「これで、余計な連中は抑えられる」
「……セリアは?」
「抑えきれないだろう」
だが、それも承知の上だ。
***
同じ頃。
アルトは、裏庭で壊れた柵を直していた。
「……最近、ここ、壊れやすいですね」
木材を削り、釘を打つ。
ただそれだけ。
「まあ、人の出入りが多いですし」
柵が直り、道が整う。
その瞬間、
街の外で発生しかけていた小規模な衝突が、
なぜか回避された。
理由は、誰にも分からない。
***
作業を終えたアルトは、手を拭きながら言った。
「……あの、最近」
リリアが、顔を上げる。
「はい?」
「やけに、
“やらなくていいこと”が増えてませんか?」
その言葉に、リリアは一瞬、言葉を失った。
「……そう、ですか?」
「はい」
アルトは、少し困ったように笑う。
「前なら、もっと色々、任されてた気がして」
それは、事実だった。
だが。
「……今の方が、安全なんですよ」
リリアは、そう答えるしかなかった。
「そうですか」
アルトは、納得したように頷く。
「じゃあ、いいですね」
***
その夜。
王都では、最終確認の文書がまとめられていた。
――接触ルール、全ギルド共有
――対象者本人への通知は不要
――日常を維持することを最優先とする
署名はない。
だが、全員が分かっている。
これは、
**“国としての敗北宣言”**だということを。
アルト・レインを、
理解しようとすることを諦めた。
そして同時に。
彼が、
“普通に働ける世界”を守ると、
本気で決めたのだった。
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