第25話 同行しないという選択
セリアが去った後のギルドは、しばらく妙な空気に包まれていた。
騒がしくなるわけでもない。
かといって、いつも通りでもない。
誰もが、さっきのやり取りを頭の中で反芻している。
「……正義感、強そうでしたね」
倉庫で道具を整えながら、アルトがぽつりと言った。
「そうね」
ミーナは、それ以上評価しなかった。
“正しい”というのは、
この状況では一番危険な形容詞だ。
***
その日の午後。
騎士団から、正式な依頼がギルドに届いた。
――街道沿い魔物群の間引き
――騎士団主導・冒険者協力
――支援要員の派遣要請
「……来たわね」
ミーナが、紙を机に置く。
リリアが、不安そうに視線を上げた。
「支援要員、って……」
「察しの通りよ」
その名は、まだ書かれていない。
だが、意図は明白だった。
***
執務室。
グランは、腕を組んで依頼書を見ていた。
「……同行要請、か」
「断りますか?」
ミーナの問いに、グランはすぐに答えなかった。
「全面拒否は、逆に目立つ」
「……じゃあ」
「“同行しない形での協力”を提示する」
ミーナは、すぐに理解した。
前線には出さない。
だが、関与はする。
最も危うい、綱渡りだ。
***
アルトは、その説明を聞いて、少しだけ考えた。
「……戦う必要は、ないんですよね?」
「ああ」
「危ないところにも、行かない?」
「行かせない」
「……なら」
アルトは、ほっとしたように頷いた。
「準備なら、手伝えます」
その返事に、リリアは胸の奥がざわついた。
準備。
それはつまり、
彼が“戦場を整える”ということだ。
***
翌日。
街道沿いの臨時野営地では、騎士団と冒険者が集結していた。
隊列は整っているが、どこか硬い。
魔物群は、数も多く、地形も悪い。
「……本当に、来ないのか」
セリアは、周囲を見渡した。
探している人物は、いない。
「副官殿」
騎士が声をかける。
「補給線の再配置、完了しました。
……指示通り、不自然なほど、です」
「不自然?」
「はい。
通りにくかった地形が、
いつの間にか“使いやすく”なっています」
セリアは、はっとして周囲を見た。
確かに。
野営地は、無駄がない。
視界は開け、退路も確保されている。
***
その頃。
アルトは、戦場から少し離れた場所で、地面に杭を打っていた。
「……ここ、足を取られやすいですね」
ぬかるみを避け、道をずらす。
倒れやすい木を伐り、視界を確保する。
「……これで、走りやすいと思います」
それだけ。
誰にも、戦っている姿は見せていない。
***
戦闘は、想定よりもずっと楽だった。
「……魔物、分断されてるぞ!」
「退路、完璧に読めてる!」
騎士団と冒険者は、混乱することなく動けた。
負傷者も、最小限。
結果は、圧勝だった。
***
戦闘終了後。
セリアは、歯を食いしばっていた。
「……前線に出ていない」
だが、
勝因は、そこにある。
準備。
配置。
地形。
すべてが、“出来すぎている”。
「……アルト・レイン」
名前を、初めて強く意識する。
彼女は、理解し始めていた。
この男は、
“剣を振らなくても、戦場を終わらせる”。
それは、英雄よりも、
よほど扱いづらい存在だということを。
***
夕方。
アルトは、ギルドに戻り、報告を終えた。
「……皆さん、無事で良かったです」
それだけ言って、箒を手に取る。
「じゃあ、残りの掃除、やってきますね」
セリアは、その背中を見つめていた。
声をかけるべきか。
かけていいのか。
結局、何も言えなかった。
この人は、
“同行しない”という選択で、
すでにすべてを終わらせていたのだから。
正義は、届かなかった。
だが、
被害も、残らなかった。
それが、この日の結論だった。
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