第24話 正義の人
冒険者ギルドの正面に、見慣れない紋章付きの馬車が止まったのは、昼前のことだった。
「……騎士団?」
ロビーにいた冒険者の一人が、低く呟く。
扉が開き、規律正しい足音が響く。
現れたのは、若い女性騎士だった。
背筋は真っ直ぐ。
鎧は手入れが行き届き、無駄がない。
視線は鋭く、迷いがない。
「王国騎士団副官、セリア・ヴァルシュです」
はっきりとした声が、ロビーに通る。
「このギルドに、確認したい人物がいます」
空気が、ぴたりと張り付いた。
***
カウンター裏で、リリアは一瞬だけ固まった。
「……確認、とは?」
「英雄の確認です」
即答だった。
「ダンジョン消失、複数の異常沈静化。
前線記録はないのに、結果だけが残っている」
セリアは、一切声を落とさない。
「それを成した人物が、このギルドにいると聞きました」
ロビーが、ざわめく。
英雄。
その言葉を、ここで使うのは――危険だ。
グランが、一歩前に出た。
「英雄はいない」
「いない、はずがありません」
セリアは、真っ直ぐにグランを見る。
「力があるのに、使われていない。
それは、無責任です」
その言葉に、空気が一段、重くなる。
***
その時。
「すみません、ここ、通ります」
木箱を抱えたアルトが、ロビーの端から現れた。
「……?」
視線が、自然と集まる。
セリアは、アルトを一目見て、眉をひそめた。
装備なし。
魔力反応、ほぼなし。
冒険者ですらなさそうだ。
「……彼は?」
グランは、即答した。
「雑用係だ」
セリアは、わずかに目を見開いた。
「……雑用?」
その反応を見て、アルトは慌てて頭を下げる。
「あ、えっと……邪魔でしたら、後にします」
「待ってください」
セリアが、思わず声を上げた。
アルトは、立ち止まる。
「あなた、名前は?」
「アルト・レインです」
「立場は?」
「ギルド専属雑務担当です」
即答。
一切の誇張もない。
セリアは、数秒、黙ってアルトを見つめた。
「……あなたが、英雄ですか?」
直球だった。
「え?」
アルトは、本気で困った顔をした。
「……いえ?」
間。
誰も、息をしない。
「私は、掃除と整理しかしていません」
アルトは、真剣に続けた。
「危ないものを片付けて、
通りにくいところを直して……それだけです」
セリアは、拳を握りしめた。
「……それで、街が救われている」
「……?」
噛み合わない。
完全に。
***
「あなたほどの力があるなら、前線に立つべきです」
セリアは、強く言った。
「魔物災害、紛争、未解決の問題は山ほどある。
それを放置するのは――」
「……あの」
アルトは、恐る恐る口を挟んだ。
「前線って、危ないですよね?」
「当然です」
「……なら」
アルトは、少し考えてから、静かに言った。
「僕が出ると、
かえって皆さんの仕事、増えませんか?」
その場にいた全員が、固まった。
増える。
比喩ではなく、現実として。
セリアは、理解できないという顔をした。
「力があるなら、使えばいい」
「力、ですか……」
アルトは、視線を落とす。
「僕、力があるかどうか、分からないんです」
嘘ではない。
本気だ。
「ただ……」
顔を上げ、言った。
「危ないところが減るなら、
それでいいと思っています」
***
沈黙。
グランが、低く言った。
「副官殿。
この件は、ギルドの管轄だ」
「……」
「本人が望まないことを、
強制するつもりはない」
セリアは、歯を食いしばった。
正義感が強いからこそ、引けない。
だが、ここには“理屈”が通じない。
「……分かりました」
セリアは、一歩下がる。
「ですが、私は諦めません」
アルトを、まっすぐに見る。
「この力を、眠らせるべきではない」
アルトは、困ったように笑った。
「……すみません」
謝る理由が、本人にも分からないまま。
***
セリアが去った後。
ギルド内は、しばらく沈黙に包まれていた。
「……嵐、ですね」
リリアが、小さく言う。
「始まったな」
グランは、短く答えた。
“誤接触”。
それは、最も起きてほしくなかったことだ。
そして同時に。
もう一度、誰かが
**「触れようとした」**
という事実でもあった。
アルトは、木箱を抱え直し、ぽつりと呟いた。
「……仕事、後回しになっちゃいましたね」
誰も、笑えなかった。
正義の人は来た。
そして、この世界で一番厄介な種類の人間が、
アルト・レインを見つけてしまったのだった。
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