第22話 非公式監査の始まり
視察団が去った翌日。
冒険者ギルドは、表面上はいつも通りだった。
掲示板は更新され、依頼は貼られ、冒険者たちは騒がしく出入りしている。
だが、空気の奥に、薄い膜のような緊張が張り付いていた。
「……特に、何もなかったですね」
カウンターで書類を整理しながら、リリアが言った。
「そうね。“何もなかった”こと自体が、異常だけど」
ミーナは、視線を落としたまま答える。
視察団からの正式な通達は、まだ届いていない。
だが、来ないということが、すでに答えだった。
***
執務室。
グランは、一通の封書を机の上に置いていた。
封は切られている。
中身は、たった一枚。
――当面、通常業務を継続されたし
――追加調査の予定なし
「……予定なし、か」
グランは、低く呟いた。
予定がない、という言葉ほど、信用ならないものはない。
その紙の裏には、さらに短い追記があった。
――非公式な情報提供に感謝する
――引き続き、慎重な判断を
署名はない。
だが、誰のものかは分かっている。
「……始まったな」
グランは、深く息を吐いた。
***
同じ頃、王都。
ユリウス・フェインは、視察団から戻った報告を受けていた。
「接触は?」
「最小限です。名前と役職のみ」
「反応は?」
「……測定不能でした」
部下の言葉に、ユリウスは小さく笑った。
「測定不能、ではない」
彼は、机に指を置く。
「“測定する気にならなかった”のだろう」
部下は、黙って頷いた。
「あの現場は、整いすぎている。
誰かが、常に“先回り”している」
「では、対応は?」
ユリウスは、少しだけ考えた。
「何もしない」
「……何も、ですか?」
「公式にはな」
彼は、ペンを取り、別の書類に目を走らせる。
「だが、記録は集める。
人の動き、依頼内容、環境の変化」
「対象本人は?」
「触れない。
刺激しない。
生活圏を乱さない」
そして、静かに続けた。
「“観測”だけだ」
***
ギルドでは、その日から小さな変化が起きていた。
「……この依頼、前より条件が細かいな」
「危険度、やけに低めに見積もってないか?」
依頼書の文面が、妙に丁寧になっている。
曖昧な表現が減り、“後処理”の項目が増えた。
「……後処理?」
アルトは、依頼書を読みながら首を傾げた。
「最近、こういうの多いですね」
「そうね……」
リリアは、曖昧に笑う。
“後処理”とは、
実質的に、アルト向けの仕事だった。
***
午後。
アルトは、いつもより遠くの倉庫まで足を伸ばしていた。
「……ここも、だいぶ散らかってますね」
古い資材、壊れかけた魔導具、使われていない結界杭。
放置されていたそれらを、一つずつ整理する。
「……これ、危ないです」
結界杭を抜き、位置を変える。
魔力の流れが、わずかに変わる。
その瞬間。
街の外れで発生していた小さな魔力異常が、消えた。
***
王都。
「……また、ですか」
報告を受けた部下が、声を落とす。
「対象は、依頼を受けていません」
「承知している」
ユリウスは、淡々と答えた。
「だが、現場の“整理”は進んでいる」
彼は、報告書に一行だけ書き加えた。
――環境要因による自然安定化(仮)
括弧付きの“仮”。
それが、彼なりの良心だった。
***
夕方。
アルトは、ギルドに戻り、手を洗いながら呟いた。
「……最近、掃除してると、
ついでに直ることが多いですね」
誰に聞かせるでもない言葉。
「街が、整ってきてる気がします」
それは、事実だった。
だが、その理由を知っている者は、ほとんどいない。
知っている者たちは、皆、同じ判断をしていた。
――記録するな。
――触れるな。
――ただ、見ていろ。
こうして。
誰にも知られない形で、
**非公式監査は、静かに始まっていた。**
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