第21話 視察という名の雑用
冒険者ギルドの朝は、いつもより少しだけ騒がしかった。
理由は単純だ。
「……国の視察団、ですか?」
カウンターの向こうで、アルトは首を傾げた。
「ええ。施設確認と、業務運営の簡易チェックだそうです」
リリアの声は、いつもより硬い。
ロビーには、見慣れない服装の人間が数人立っていた。
装飾は控えめだが、動きに無駄がない。
冒険者でも、商人でもない。
「……なんだか、偉い人たちっぽいですね」
アルトの感想は、それだけだった。
「アルト」
背後から、グランが声をかける。
「今日の雑用だ」
「はい」
「視察団の通路確保、執務室周辺の清掃、倉庫導線の整理。
あと――」
グランは、一瞬だけ言葉を区切った。
「“彼らの動線から、余計なものを遠ざける”」
「……分かりました」
アルトは、少し考えてから頷いた。
「邪魔になりそうな物は、片付けておきます」
その一言で、ミーナが目を伏せた。
“物”の定義が、ずれている。
***
視察団は、三人だった。
先頭を歩く男は、記録用の板を持ち、淡々と周囲を見ている。
質問は少なく、観察が多い。
「……清掃が行き届いていますね」
「日常業務です」
グランの返答も、必要最低限。
その後ろで、もう一人の男が、ふと足を止めた。
「……この通路、広くなっていますね」
「最近、整理しましたので」
「以前は?」
「……覚えていません」
嘘ではない。
“以前”が、存在しないのだから。
***
アルトは、その頃、倉庫の奥で棚を動かしていた。
「……ここ、通りにくいですね」
視察団が通る予定の導線から、少し外れた場所。
だが、積まれている木箱は、明らかに古い。
「倒れたら危ないですし」
棚をずらし、箱をまとめ、床を拭く。
それだけ。
――なのに。
「……空気、軽くなってないか?」
視察団の一人が、ぽつりと呟いた。
「気のせいだろ」
「いや……なんというか……」
言葉にできない違和感。
***
執務室前。
視察団の男が、グランに問いかける。
「……ギルド内に、特異な人材は?」
一瞬、空気が止まった。
「特異、とは?」
「記録に残らない成果を出す者。
測定不能、再現不可……そういう類です」
グランは、即答しなかった。
代わりに、こう言った。
「……雑用係なら、一人います」
視察団の男は、眉を動かした。
「雑用?」
「ええ。掃除と整理が得意です」
それ以上、説明はしない。
***
ちょうどその時。
「すみません、通路、少し失礼します」
アルトが、木箱を抱えて現れた。
「こちら、危ないので移動させますね」
視察団の三人が、同時にアルトを見る。
背は平均。
装備なし。
魔力反応――ほぼなし。
「……彼が?」
誰かが、思わず呟いた。
アルトは、その視線に気づき、ぺこりと頭を下げる。
「お邪魔してすみません。すぐ終わりますので」
木箱を置き、床を拭き、棚を直す。
五分もかからない。
「……これで、安全だと思います」
それだけ言って、去っていった。
沈黙。
視察団の先頭の男が、静かに記録板を閉じた。
「……名前は?」
「アルト・レインです」
「役職は?」
「ギルド専属雑務担当」
男は、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど」
それ以上、何も言わなかった。
***
その日の視察は、滞りなく終了した。
問題なし。
指摘事項なし。
改善要望なし。
完璧すぎる報告。
アルトは、帰り際に言った。
「……今日は、人が多くて、掃除しがいがありました」
誰も、笑えなかった。
その夜。
王都へ向かう馬車の中で、視察団の男が、低く言った。
「……触れていないのに、
現場が“整ってしまう”」
隣の男が、顔を強張らせる。
「報告は?」
「こう書く」
彼は、紙に一行だけ記した。
――特記事項なし
その一文が、
この視察の結論だった。
そして同時に。
**国が“距離を保つ”と決めた、最初の証拠でもあった。**
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