第20話 それでも、雑用係
朝の冒険者ギルドは、いつも通りだった。
掲示板の前で依頼を選ぶ冒険者。
受付で揉める新人。
奥の酒場スペースから聞こえる笑い声。
数日前に、ダンジョンが一つ消えたとは思えないほど、平和だ。
「……おはようございます」
その平和の中に、アルトはいつも通り現れた。
箒を肩に担ぎ、少し眠そうな顔。
特別な装備も、特別な雰囲気もない。
「おはよう、アルト」
ミーナが声をかけると、アルトは軽く会釈した。
「今日の雑用、何かありますか?」
その一言で、周囲の空気がほんのわずかに揺れる。
だが、誰も反応しない。
もう、驚く段階は過ぎていた。
「倉庫の奥、棚の入れ替え」
「裏口の石畳、欠けてるところがある」
「あと……」
ミーナは一瞬だけ言葉を選び、それから続けた。
「ダンジョン跡地周辺の、簡単な見回り」
「分かりました」
即答だった。
「ついでに、掃除してきますね」
“ついで”。
その言葉に、近くにいた冒険者が、思わず視線を逸らした。
***
ダンジョンがあった場所は、今ではただの空き地だった。
入口も、内部も、痕跡すらない。
最初から、何もなかったかのようだ。
「……不思議ですね」
アルトは、しゃがみ込み、地面を軽く払った。
「ここ、結構汚れてたはずなんですけど」
小石を拾い、草を抜き、足元を整える。
完全に“清掃”の動きだ。
「……これで、よし」
立ち上がり、満足そうに頷く。
遠くから、その様子を見ている冒険者がいた。
声はかけない。
近づかない。
ただ、邪魔をしない。
それが、暗黙の了解になっていた。
***
昼。
ギルドに戻ると、アルトは倉庫で棚の入れ替えを始めた。
「重いものは、下に……」
木箱を静かに積み直す。
配置を少し変えただけで、倉庫が驚くほど使いやすくなる。
「……あ」
棚の裏から、古い記録板が出てきた。
割れかけていて、文字も読みにくい。
「これは……廃棄ですね」
迷いなく、廃棄用の箱に入れる。
そこに何が書かれていたのか、
誰も知らないまま。
***
夕方。
グランは執務室の窓から、ロビーを見下ろしていた。
アルトが床を掃いている。
いつもと同じ光景。
(……それでいい)
英雄にする必要はない。
説明する必要もない。
ただ、ここにいてくれればいい。
その時、リリアが小さな声で言った。
「……何も、起きませんでしたね」
「ああ」
グランは、短く答えた。
「それが、今回の結末だ」
何も起きなかった。
それが、最大の成果。
***
帰り際。
アルトは、箒を片付けながら、ふと呟いた。
「……最近、大きな掃除が多いですね」
誰も答えない。
「でも、街が静かなら、いいことですよね」
その言葉に、近くにいた冒険者が、深く頷いた。
――ああ、本当にそうだ。
その日。
冒険者ギルドの業務日誌には、こうだけ書かれた。
――特記事項なし
――通常業務、問題なく終了
ダンジョン消失のことは、書かれていない。
国の判断も、監査官の結論も、どこにもない。
ただ。
一人の雑用係が、今日も仕事を終えた。
それだけが、確かな事実だった。
そしてそれこそが、
この世界が選んだ、
最も安全な結末だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




