第17話 事故
その日のギルドは、妙に静かだった。
騒ぎがないわけではない。
むしろ逆で、誰もが「どう騒げばいいのか分からない」状態だった。
「……ダンジョンが、消えた」
その報告は、朝一番に回ってきた。
崩落でもない。
暴走でもない。
討伐でもない。
“存在していた痕跡ごと、消えた”。
報告書にそう書いた職員は、途中で何度も書き直したらしい。
言葉が追いつかなかったのだ。
***
執務室では、グランとミーナが向かい合っていた。
「被害は?」
「ゼロ。負傷者もなし。周辺の地形も安定」
「……原因は?」
「不明。完全に」
ミーナは、紙束を机に置いた。
「魔導院からも問い合わせが来てる。
“自然消失は理論上ありえない”って」
「だろうな」
グランは、短く答えた。
「で、結論は?」
「“事故”として処理するしかない」
ミーナは、少しだけ視線を落とした。
「……アルトの名前は?」
「一切出ていない」
それを聞いて、ミーナは小さく息を吐いた。
「なら、今はそれでいい」
***
その頃。
アルトは、いつも通り倉庫の掃除をしていた。
棚を拭き、道具を整え、床を磨く。
外がどれだけ騒がしくても、ここは変わらない。
「……あ」
雑巾を絞りながら、ふと手を止める。
昨日のことが、少しだけ引っかかっていた。
結晶片。
あの小さな残り物。
「……やっぱり、ちゃんと報告した方がいいですよね」
独り言。
自分の仕事が増えるかもしれない。
注意を受けるかもしれない。
それでも、黙っているのは性に合わない。
***
報告を聞いたグランは、しばらく黙っていた。
「……結晶片を?」
「はい。外周の地面に残っていて……邪魔だったので」
「……それだけか」
「はい」
アルトは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「掃除範囲を、少し広げてしまいました。
問題があったなら、すみません」
グランは、視線を逸らした。
――問題があった、どころじゃない。
だが、それを口にするわけにはいかない。
「……いや」
低く、はっきりとした声。
「問題はない。
処理は、適切だった」
「そうですか……」
アルトは、ほっとしたように息を吐いた。
「なら、良かったです」
その反応が、余計に重い。
***
同じ頃。
王都では、一通の報告書が机に置かれていた。
――小規模ダンジョン、消失
――原因不明
――被害なし
それを読んでいた男が、静かに笑った。
「……なるほど」
ユリウス・フェイン。
王国監査官。
戦闘能力はない。
だが、異常を見る目は鋭い。
「討伐でも、暴走でもない。
それで被害ゼロ……?」
彼は、報告書を閉じ、ペンを回す。
「英雄の仕業、という話ではなさそうだ」
そして、続けた。
「だが――」
独り言のように、低く。
「計算に入れてはいけない“例外”が、現場にいた可能性は高い」
名は、まだ知らない。
だが、確信はした。
***
夕方。
アルトは、ギルドの裏口から帰路についた。
「……今日は、いつもより静かですね」
誰にともなく、そう呟く。
街は平和だ。
何も壊れていない。
誰も困っていない。
それが、何よりだと思った。
――少し、仕事は増えたけれど。
アルトにとって、今回の出来事は。
「掃除をやりすぎたかもしれない事故」。
ただ、それだけだった。
だが世界は、この日を境に結論を出していた。
**“あれは、事故として扱ってはいけない”**
本人だけが、そのことに気づかないまま。




