第16話 崩壊は止まった、はずだった
ダンジョン周辺は、ひとまず落ち着いていた。
外周の瓦礫は片付き、通路は確保され、内部の魔力反応も安定している。
報告書の上では、「問題なし」と書いて差し支えない状況だ。
――書類の上では。
「……本当に、止まったのか?」
ダンジョン入口付近で、見張りに立っていた冒険者が低く呟いた。
空気は静かだ。
揺れもない。
魔物の気配も、薄い。
だが、妙な感覚が消えない。
何かが“終わっていない”気がする。
***
ギルドでは、最終確認のための簡易会議が行われていた。
「内部の安定化、継続中」
「外周の補強も問題なし」
「住民避難は解除」
報告が一通り終わる。
誰もが、ほっと息をつく……はずだった。
グランは、腕を組んだまま、黙っていた。
「……何か、引っかかるな」
ぽつりと漏れた言葉に、ミーナが視線を向ける。
「何が?」
「説明が、綺麗すぎる」
「……綺麗?」
「崩壊が始まり、外から触っただけで止まった。
因果関係が、分かりやすすぎる」
ミーナは、少しだけ眉をひそめた。
「それって、良いことじゃないの?」
「現場を知っている人間ほど、そう思わない」
グランは、机の上の地図を指でなぞる。
「ダンジョンは、もっと“しぶとい”。
止まる時は、もっと抵抗する」
その言葉に、室内の空気がわずかに張り詰めた。
***
一方その頃。
アルトは、ダンジョンから少し離れた資材置き場で、最後の清掃をしていた。
「……これで、一通り終わりですね」
使い終えた道具を洗い、布で拭く。
いつも通りの手順。
だが、ふと足元に、小さな違和感を覚えた。
「……?」
地面に、細いひびが入っている。
ほんの数センチ。
放っておけば、誰も気づかない程度。
「……ここ、踏まれると危ないですね」
アルトは、しゃがみ込み、周囲の砂利を整え始めた。
ひびの周囲を少し削り、負荷がかからないようにする。
いつもの“ついで作業”。
――カチ。
小さな音がした。
「……あ」
アルトは、手を止める。
削った砂利の下から、淡く光る結晶片が顔を出していた。
昨日処理したはずの、残留魔力の欠片。
「……残ってましたか」
彼は、少し困ったように眉を下げた。
「昨日、ちゃんと片付けたと思ったんですが……」
結晶片は、脈打つように微かに光っている。
だが、不安定さは感じない。
「……端っこですし、大丈夫だとは思いますけど」
そう呟いて、アルトは結晶片をそっと取り外した。
衝撃は与えていない。
力も込めていない。
ただ、“そこにあると邪魔だった”から。
***
その瞬間。
ダンジョンの最深部で、何かが“外れた”。
封じられていた圧力が、逃げ場を失い、内側で折り畳まれる。
暴発ではない。
崩壊でもない。
――収束。
魔力が、行き場を失って消えていく。
***
「……っ!?」
見張りの冒険者が、はっと顔を上げた。
「今の……何だ?」
揺れはない。
音もない。
だが、確かに“何かが終わった”感覚があった。
内部を確認していた冒険者から、通信が入る。
「……核が、消えてる」
「は?」
「正確には……“崩れた”でも“壊れた”でもない。
最初から無かったみたいな状態だ」
ギルド内に、言葉を失う沈黙が落ちた。
***
アルトは、外した結晶片を袋に入れ、ため息をついた。
「……後で、報告しておきましょう」
その表情には、後悔の色があった。
「掃除範囲、広げちゃいましたかね……」
自分の仕事が、また増えた。
それくらいの認識だった。
***
ギルドに戻ると、報告はすでに回っていた。
「ダンジョン消失……?」
「いや、“消滅”に近い」
「説明不能だ」
グランは、静かに目を閉じる。
「……やはりな」
止まったのではない。
“終わった”のだ。
しかも、誰にも気づかれない形で。
リリアが、不安そうに聞く。
「……アルトさん、何か……?」
「いや」
グランは、はっきりと否定した。
「本人は、何もしていない」
その言葉は、事実だった。
だが同時に。
最も恐ろしい事実でもあった。
崩壊は、止まった。
はずだった。
――実際には、世界の方が一段、先に進んでしまっただけだった。




