第15話 通れるようにしただけです
翌朝。
ダンジョン前には、久しぶりに人が集まっていた。
完全封鎖されていた入口は開放され、慎重に選ばれた冒険者たちが、再突入の準備を進めている。
空気は張り詰めているが、昨日までの絶望的な重さはない。
「……本当に、落ち着いてるな」
「外から触っただけ、なんだよな?」
誰もが分かっている。
昨日と今日の違いを生んだのは、たった一人の“掃除”だ。
だが、その本人は――。
***
「では、今日はこちらをお願いします」
ギルドのカウンターで、リリアが差し出した依頼書には、こう書かれていた。
――ダンジョン周辺の清掃
――資材置き場の整理
――通路確保後の安全確認
「……外ばかりですね」
アルトは少し不思議そうに言った。
「はい。中は、もう冒険者の皆さんが対応されるので」
「そうですか。なら、安心ですね」
その言葉に、リリアは小さく息を呑んだ。
――安心。
この人が言うと、意味が違って聞こえる。
***
ダンジョン内部では、探索が再開されていた。
「……罠、反応なし」
「魔力の流れ、安定してる」
昨日までの不安定さが嘘のようだ。
崩落の兆候も、ほとんど見られない。
「……なんでだ?」
リーダー格の冒険者が、低く呟く。
「核に近づいてるはずなのに……」
通常なら、ここからが一番危険なはずだ。
だが、ダンジョンは“素直”だった。
***
一方、外。
アルトは資材置き場で、崩れかけた棚を直していた。
「……この角度だと、倒れやすいですね」
木材を少し削り、位置をずらす。
それだけで、棚は安定した。
その瞬間。
ダンジョン内部で、誰かが声を上げた。
「……揺れ、止まった?」
「いや……完全に、消えたぞ」
偶然。
だが、あまりにも都合のいい偶然。
***
探索が進み、冒険者たちはダンジョン最深部近くに到達していた。
そこには、歪んだ結晶の集合体――ダンジョン核があるはずだった。
「……おい」
先頭の冒険者が、立ち止まる。
「……核が、静かすぎないか?」
本来なら、暴走寸前の魔力が渦巻いている。
だが今は、微かな脈動だけ。
まるで、眠っているかのようだ。
***
外周の作業を終えたアルトは、地面に落ちていた小さな結晶片を拾い上げていた。
「……これ、残ってましたか」
昨日砕いた結晶の欠片だ。
魔力はほとんど残っていない。
「端っこだから、大丈夫だとは思いますけど……」
アルトは、念のため、その結晶を他の瓦礫と一緒に処理した。
――カチ。
小さな音。
それだけだった。
***
その瞬間。
ダンジョン内部で、魔力の流れが完全に整った。
「……っ!」
「今のは……」
冒険者たちが、息を呑む。
不安定だった核が、完全に沈静化している。
崩落の兆候は消え、空間が“安定”した。
「……止まったな」
「……ああ」
誰も歓声を上げなかった。
理由は、全員が同じことを思っていたからだ。
(……中、何もしてないぞ)
***
夕方。
ギルドに、最終報告が入る。
「ダンジョン内部、安定化を確認」
「崩落・魔力暴走の兆候なし」
「探索再開可能」
報告書を読んだグランは、しばらく黙っていた。
「……原因は?」
「不明です」
即答だった。
「外周作業の影響、という可能性は……?」
「因果関係は説明できません」
グランは、ゆっくりと書類を閉じた。
「……そうか」
それで十分だった。
***
アルトは、道具を返却しながら、申し訳なさそうに言った。
「すみません。通路、少し広げすぎましたか?」
その場にいた全員が、一瞬、言葉を失った。
「……いえ」
グランが、静かに答える。
「最善だ」
アルトは、ほっとしたように笑った。
「それなら、良かったです。通れるようにしただけなので」
誰も否定できなかった。
なぜなら。
その“だけ”で、
街一つが救われてしまったのだから。
本人の知らないところで。
確実に、
世界は一つ、結論に近づいていた。
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