第13話 それでも、前線には呼ばれない
翌朝、ギルドは静かだった。
騒がしさがないわけじゃない。
むしろ逆だ。皆、声を潜めている。
ダンジョンの異変は収まっていない。
昨夜の脱出成功は奇跡に近く、状況が好転したわけでもない。
「……今日、どうするんだ?」
ロビーの隅で、冒険者たちが小声で話している。
「正直、もう一回突っ込めって言われたら無理だ」
「でも、放置したら街に影響が出るぞ」
誰もが、同じ結論に行き着く。
だが、誰も口に出さない。
***
執務室では、グランを中心に簡易会議が行われていた。
「内部の魔力濃度は上昇傾向。崩落は断続的だが、確実に広がっている」
「再突入は?」
「勧められない。今度は生還の保証がない」
報告が終わると、短い沈黙が落ちた。
そして、やはりその言葉が出る。
「……アルトを呼ぶべきじゃないのか」
誰の口から出たのか、分からない。
だが、その瞬間、全員の視線が一点に集まった。
グランは、椅子に深く腰掛けたまま、ゆっくりと息を吐いた。
「呼ばない」
昨日と同じ答え。
だが、今日のそれは、重さが違う。
「しかし、今は緊急事態だ」
「だからだ」
グランは、静かに言った。
「緊急事態だからこそ、前線には出さない」
誰かが、苛立ちを隠さずに言う。
「……彼がいれば、解決するんだろう?」
「するだろうな」
あっさりと肯定したことで、逆に空気が張り詰めた。
「だが、その“一度”が、次を生む」
グランは、机の上に指を置く。
「一度呼べば、次も呼ばれる。
次も呼べば、“それが当たり前”になる」
「……」
「それは、あいつの望みじゃない」
その一言で、反論は止まった。
***
リリアは、カウンター越しにそのやり取りを聞いていた。
(……分かってる)
頭では、理解できる。
アルトさんは、前に出ることを望んでいない。
それを守るための判断だ。
でも。
(……それでも……)
街の外では、今もダンジョンが不安定なままだ。
被害が出る可能性は、確実に残っている。
ロビーに、ざわめきが広がる。
「……呼ばれないんだな」
「ああ……」
「それでも、何か手はあるんだろ?」
視線が、グランに集まる。
「ある」
短く、はっきりとした声。
「前線は触らない。
外から、壊れないようにする」
「外から……?」
「崩落防止、退路確保、周辺の安定化。
できることは、まだある」
その指示に、冒険者たちは少しずつ頷いた。
そして、誰かが言う。
「……それ、アルト向きじゃないか?」
空気が、ぴしりと張り詰める。
グランは、少しだけ考えた後、答えた。
「……“掃除依頼”として出す」
***
その頃、アルトは街の外れで、古い倉庫の片付けをしていた。
「……思ったより、量がありましたね」
汗を拭いながら、木箱を積み直す。
そこへ、使いのギルド職員が走ってきた。
「アルトさん!」
「はい?」
「新しい依頼です。
……えっと、ダンジョン外周の、瓦礫撤去と安全確保」
「外周、ですか?」
アルトは、依頼書に目を落とす。
「中には、入らないんですよね」
「はい。外だけです」
「……それなら、大丈夫そうですね」
その返事に、職員はほっと息をついた。
アルトは、依頼書を畳み、頷く。
「分かりました。危ないものを片付けてきます」
誰も言わない。
それが、
前線に立たせないための、
ぎりぎりの選択だということを。
そして誰もが、同じことを思っていた。
――前線には出さない。
――それでも、関わってもらう。
その矛盾が、
これから何を生むのかを、
まだ誰も知らなかった。




