第12話 いない、という現実
ダンジョン内部の空気は、時間が経つごとに重さを増していた。
「……くそ、また崩れた!」
剣で瓦礫を押しのけながら、中堅冒険者の一人が叫ぶ。
天井の亀裂は、さっきよりも確実に広がっている。
「奥から魔力が逆流してる……このままじゃ、全体が――」
言い切る前に、低い振動が足元を揺らした。
――ゴゴ……。
嫌な音だ。
逃げ場を探すように、全員が一瞬だけ視線を走らせる。
「退路、確認!」
「だめだ、さっきの崩落で完全に塞がってる!」
取り残されたのは、五人。
全員、致命傷はないが、体力も魔力も削られている。
「……冷静に行くぞ」
リーダー格の男が、声を抑えて言った。
「崩落は段階的だ。まだ、完全には落ちてない。支えを壊さなければ――」
その時、壁の向こうで何かが動いた。
ぬらり、とした気配。
魔物だ。しかも一体ではない。
「……増えてる」
「おい、冗談だろ……」
誰かが、喉を鳴らした。
頭の片隅に、同じ考えが浮かぶ。
口には出さない。出せない。
(……あの人がいれば)
思考だけが、勝手にそこへ向かう。
***
ギルドでは、刻一刻と状況が更新されていた。
「内部で崩落拡大。取り残され五名」
「魔物反応、増加中」
報告が並ぶたび、リリアの胸が締めつけられる。
「……助け、出せないんですか?」
思わず口にすると、ミーナが小さく首を振った。
「出してる。でも、前線はこれ以上入れない」
「そんな……」
「下手に突っ込めば、二次被害が出る。中にいる人たちも、それを分かってる」
リリアは、カウンター越しにロビーを見る。
そこに、アルトはいない。
今日に限って、外回りの雑用で街の反対側だ。
「……アルトさん……」
名前を呼びそうになって、口を閉じる。
呼んだところで、どうにもならない。
それは、頭では分かっている。
それでも。
「……いない、って……」
その事実が、こんなにも重いとは思わなかった。
***
ダンジョン内部。
魔物が、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「迎撃する! 時間を稼ぐ!」
剣と魔法が、必死に振るわれる。
だが、数が多い。地形も悪い。
「……っ!」
一人が膝をついた。
「くそ……!」
リーダーが歯を食いしばる。
「……分かってる。ここで折れたら、終わりだ」
誰も口にしない。
だが、全員が思っている。
――いつもなら、後ろに“何か”があった。
――最後に、どうにかなる余地があった。
今は、それがない。
「……自分たちで、何とかするしかないな」
その言葉は、決意というより、現実確認だった。
***
夕方。
グランは、執務室で静かに立っていた。
「……アルトは、まだ戻らんのか」
「はい。外回りの倉庫整理が、想定より長引いています」
「そうか」
一瞬、迷いがよぎる。
だが、グランはそれを押し殺した。
(呼べば、終わる)
終わる。
今回の件だけじゃない。
前線に立たせれば、また同じことが起きる。
期待が膨らみ、依存が生まれ、逃げ場がなくなる。
「……耐えろ」
誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。
***
夜。
ダンジョンからの報告が、一つ入った。
「……取り残されていた五名、全員生存」
ロビーが、どよめく。
「魔物を退け、崩落の隙間を縫って脱出したとのことです」
安堵の息が、あちこちで漏れた。
だが、続く言葉に、空気が変わる。
「ただし、ダンジョン内部の不安定化は止まっていません」
危機は、去っていない。
リリアは、胸の奥で思った。
(……もし、アルトさんがいたら)
助かったかもしれない。
もっと早く、もっと安全に。
でも、それは。
(……言っちゃいけない)
“いない”という現実を、皆が初めて正面から受け止めた一日だった。
そして同時に。
――“いる”ということが、
どれほど異常だったのかを、
全員が理解し始めていた。
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